第37話

 高校に入って初めての夏休み。世の中的には友達とどこかに遊びに行ったり、部活に打ち込んだりする時期らしい。


 俺はといえば、Atoyot名義での仕事を抑えめにしていたところを夏休み期間だけフルタイムにしたので一気に舞い込んできた。


 そこに加えてトヨトミP名義のvHolic向けの作曲も、撫子からの注文でメンバー一人当たり五曲、全部で二十五曲を作れと言われたのでてんてこ舞いだ。


 先に公開した二曲の評判は上々。陽キャ集団にまで届いたアイリスのラップの再生回数は公開から一週間も立たずに五百万回再生を叩き出した。


 楽曲のサブスクも解禁され、印税という形でじわじわと俺の取り分も入ってくると撫子から通知もあった。


 結局サクラちゃんへの投げ銭に変わるのだから、プラットフォーマーに手数料を抜かれるくらいなら直接貢ぎたいくらいだが、これもサクラちゃんの実績を上げるための経費だと割り切って今日も上限赤スパを投げる。 


 喉の調子も戻ってきたのか、歌は控えつつも配信の後に少しだけ話す時間を取れるようになってきたので、コメントはせずに投げることが多い。


『無言赤スパニキきtらあああ』


『石油王今日もお疲れ様です!』


 サクラちゃんよりも早くコメント欄が俺の赤スパに反応する。


「わ! 無言ニキ! ありがと!」


 サクラちゃんがいつものようにお礼を言ってくれたその時、外からドンドンと爆音が鳴り響き出し、ヘッドホンを取って音の出どころを確認する。


 外から聞こえるようだし、今日と明日は花火大会の日なので、その音だろう。


 サクラちゃんの配信にも少し遅れて花火の音が乗り出した。スタジオにちょくちょく顔を出しているみたいだし、意外と近くに住んでいるのは納得できる。


『何の音?』


『花火?』


『花火大会 今日 検索』


「わわ! ちょちょ! 皆ぁ、検索しちゃだめだよぉ」


 ダメと言われたら検索したくなるのが世の常。


 検索エンジンに打ち込むと、確かに住んでいる街の花火大会の情報が出てきた。


『東京?』


『大阪じゃね』


『特定! 福岡!』


 コメント欄の住所予測はてんでバラバラ。花火シーズンなのが幸いしたようであっちもこっちも花火大会らしい。


 俺も適当に予測が分散するようにありもしない地名をいくつかコメントしておく。


 結局、サクラちゃんの住所は定まらないまま配信を終えた。


 ◆


「はうぅ……危なかったです……」


 配信後、二人で通話を始めるなりサクラちゃんは小動物のような声を出す。


「まさか花火大会とは思いませんでしたね」


「アハハ……私も花火大会があるなんてすっかり忘れてました。引きこもり生活は良くないですね。そういえば広臣さんは誰とも行かなかったんですね」


「仮に花火大会の約束があったとしてもサクラちゃんの配信を優先しますから!」


「あ……あはは……もっとリアル優先でもいいんですよ?」


「そうはいきませんよ! サクラちゃんの配信はリアルタイムで見たいんです!」


「フフ。ありがとうございます。あ! 忘れないうちに明日の配信枠も取っちゃわないとでした」


 サクラちゃんが作業に入り、手持ち無沙汰になって携帯を見る。すると、丁度浅野さんから連絡が来たところだった。


『広臣君! 花火大会に行こうよ! 今日やってたやつ、明日もあるんだってさ!』


 ごった返す人、人、人。蒸し暑い夏の夜。想像するだけで嫌気がさすイベントへのお誘いがきてしまった。


 何と返したものかと悩んでいると、サクラちゃんも枠取り作業を終えて戻ってきた。


「ふぅ……明日の夜も配信です。楽しみですね」


「あ……そうですね」


「何かありました? 広臣さん」


 サクラちゃんは敏感に俺の声から何かを感じ取ったらしい。


「あ……いや……大したことでは……」


「その誤魔化し方、気になりますねぇ」


 vHolicの他の面々と変わらない野次馬根性。逃げ切れないだろうし、どうせ浅野さんから話も行くだろうから観念することにした。


「浅野さんから誘われたんです。明日も花火大会やるらしいですね」


「あ、そうなんですね。コメントでも住所の推測とかされちゃってましたし、配信は止めておいたほうがいいかもしれませんね。広臣さんも花火大会に行かれたらどうですか?」


「いやぁ……人も多いですし、暑いしであんまり好きじゃないんですよね」


「フフ。根っからの引きこもりさんなんですね」


「サクラちゃんも似たようなもんじゃないですか?」


 サクラちゃんは大きな笑い声を出す。


「ハハハ! そうかもしれないですね。確かに。うん、そうですね」


 サクラちゃんも花火大会の音が届く距離に住んでいる。都合さえ付けば配信もしづらい時間だし誘ってみる価値はあるのではないかと唐突に思いついた。サクラちゃんが来てくれるなら暑かろうと人混みがすごかろうとどこへでも行けそうだ。


「あ……その……もし……もしサクラちゃんが良かったら、一緒に行きませんか? あ! さ、三人でも! 浅野さんと俺とサクラちゃんで」


「あっ……うーん……そうですねぇ……」


 勇気を出してサクラちゃんを誘ってみるも、サクラちゃんは良い反応を示さない。


「嫌……ですか?」


「いえいえ! 私も行きたいですよ! 何なら二人で……でも、彩芽に悪いですからね」


「浅野さんに……悪い?」


「広臣さんを先に誘ったのは彩芽ですし、彩芽も二人で行きたいと思ってるんじゃないでしょうか」


「ふっ、二人でですか?」


「なぜ二人で? 二人で、というのはつまりデートですね。女子高生が同級生の男子と二人でデートをしたがる理由。一体何があるんでしょう?」


 俺の疑問を先回りするようにサクラちゃんが次々と回答を用意してくれる。


「理由……暇だから? 一人で行きたくないけど他に誘える人もいないから……とか?」


「ま、そうかもしれないですし、そうじゃないかもしれないですね。とにかく、明日は私は配信をお休みしてお部屋でぐーたらする予定です。広臣さん、早く彩芽に返信してあげてくださいね。それでは」


 サクラちゃんは言いたいことを言うとさっさと通話を終了してしまった。


 配信もないなら明日の夜はサクラちゃんの過去配信のアーカイブを見ながら作曲作業をするくらいしかやることがない。


 つまり暇だ。別に浅野さんに誘われて嬉しいから行くのではなく、暇だから、たまたま予定が空いてたから行くのだ、と自分に無理やり理由付けをする。


『花火大会、行くか。丁度暇になったんだ』


 浅野さんからすぐに返事が来る。


『どうせ毎日暇なくせに〜』


『そういう見方もあるよな』


『解釈次第では広臣君は多忙だね。じゃあ明日はうちの前に集合でいいかな? 家の場所覚えてる?』


『覚えてるよ。夕方くらいに行けばいいか?』


『うん! 待ってるね! ちなみに浴衣だよん』


 浅野さんの部屋にあるベッドの上に無造作に広げられた浴衣の写真が送られてくる。白地に青と紫が差し色で入っていて、五条アイリスを意識していそうな配色だ。


 それを着た浅野さんを想像すると、めちゃくちゃ可愛いのだろうとは思う。一方で、ふとした瞬間に、なぜ俺が横にいるのだろうと思ったりもする。


「まぁ……暇なだけだよなぁ……」


 浅野さんの友人達は今頃リゾートバイトを満喫しているのだろうし、浅野さんも暇を持て余しているのだろう。


 明日の花火大会の立て付けはそんな風だと理解すると、特に緊張することもなく布団に入るとすぐに眠りにつけた。

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