第36話

 浅野さんも俺も何とか補習を回避できる点数を獲得。あと数日で自由な夏休みだとウキウキしているのは目の前でSNSへ投稿するために踊っている陽キャ達も俺のような陰キャも変わらないみたいだ。


 無防備なパンチラも見慣れてしまうとただの布。最初はドキドキしていたが、恥ずかしがる姿が大事だったのだと悟るくらいには無為な時間を過ごしている。


 とはいえ真夏のこの頃、エアコンが教室よりもキンキンに効いた多目的ルームの一等地を我が物顔で使えるだけでも、スクールカースト上位の四人にひっついている価値はある。


「広臣君も一緒にやろうよぉ!」


 浅野さんがバタバタとその場で足踏みをしながら、動画撮影に俺を巻き込もうと手招きしてくる。


「い……いや……大丈夫……」


「ま、そうだよね。そこで見ててね!」


 この流れで俺がノリノリで参加したら皆がどんな顔をするのか気になるが、流石にそんな勇気はないので浅野さんとその友人達の四人がわきゃわきゃと動画撮影をしている様子を遠巻きに眺める。


「彩芽! 次これにしようよ!」


 中村さんが携帯から繋いだ小型スピーカーから曲を流す。イントロが流れた瞬間、浅野さんがぎょっとした顔をする。何度聞いたか分からないそのイントロは、俺が五条アイリスに提供したものだった。


 公開されてしばらくはアイリスの可愛らしい声と微妙に音程を外したラップの中毒性が高いとバズっていたが、そうは言ってもオタク界隈で賑わっただけでここにいる人達が知っているはずはない。


「こっ……これ、なんで知ってるんだ?」


「え? 普通にSNSで流行ってるじゃん」


 四人で俺の方を宇宙人を見るような目で見てくる。


 浅野さんはそこから一歩下がって周りに見えないように満更でもなさそうな顔をしているので流行っていること自体は知っていたのだろう。


「そ、そうなのか? あんまりそういうの見ないからな……」


 陽キャと陰キャでは使うSNSが違う。ユーザの質の違いにより情報の分断が起きていることを実感する。


「この子、声可愛いよね。ぶいちゅーばー……とかは良くわかんないけどさ」


 浅野さんはまた満更でもなさそうな顔でウンウンと頷いている。自分が褒められていることと同じだから尚更嬉しいのだろう。


 俺もvHolicの客層を増やすためにオタクだけに特化せずある程度一般人向けの曲に狙ってしていたので、それも成功したと分かってほくそ笑む。


 そんな事を一切知らない三人はスピーカーからアイリスの曲を流し、何やら振り付けを覚え始めた。当然、元のMVに振り付けなんて入っていない。


 誰か有名人が投稿したものの真似なのだろうけど、知らなかった新しい世界が目の前で繰り広げられていて、新鮮な気持ちだ。


「ちょっと、彩芽ぇ。腕が逆だってば」


「あれ? アハハ……これ難しいねぇ」


 素人が簡単に真似できるくらいのものなので難易度は高くなさそうだが、浅野さんは振り付けに苦戦している。


 歌も踊りも苦手なのにこれから歌って踊れるバーチャルアイドルなんて務まるのかと若干心配になってくる。


 それでも、本人は笑顔で取り組んでいるので楽しんでいるのは伝わってくるし、せめて歌だけは助けてあげたい、と思わせる。


「豊田君、彩芽のこと見過ぎじゃない? 彼女が可愛いからって真剣な目で見すぎだよ」


 浅野さんは中村さんと堀尾さんに踊りを教わっている。だから、手持ち無沙汰になって隣に座り話しかけてきたこの人は生駒さんだ。多分。未だに三人の顔と名前が一致しない。


「いっ……いや、どうだろうな。そんな真剣な顔してたか?」


「してたよ。すっごい真剣な顔で『あぁ、なんて可愛いんだマイハニー』みたいな」


 キャピキャピと振り付けを教わっている浅野さんは確かに可愛い。ここに俺が座っているのが場違いなくらいだ。


「広臣くーん、生駒ちゃーん、ナナナナ何してる〜」


 浅野さんが手を下に向けてクネクネしながら近づいてくる。


「なっ……なんだ?」


「なんだこいつぅ〜だよ! 広臣君!」


「いや誰も分かんねぇよ……」


 三人もぽかんとしているので多分伝わっていないのだろう。浅野さんは菊乃や撫子の影響でやたらと古いネタをチョイスしがちだ。


「今ね、豊田君が彩芽の事、すっごい目で見てたよ。真剣そのものって感じだったね」


「わわ! なんですと!?」


 浅野さんは自分のネタが伝わらなかった事の誤魔化しのためか、やけにオーバーなリアクションをする。そのリアクションにツッコミを入れるように予鈴が多目的ルームに鳴り響く。


「そろそろ私達は邪魔しないようにしないとだね。二人でアツい時間を過ごしてね」


 三人はいつものように浅野さんを置いて先に教室へ戻る。他の人もゾロゾロと教室に戻ったので、予鈴がなり終わる頃にはさっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。


「んーっ……広臣君、もう夏休みだねぇ。何か予定あるの?」


 慣れない踊りで疲れた身体をほぐすように伸びをしながら浅野さんが聞いてくる。


「いや……特に予定はないな」


「おぉ! じゃあ私とたくさん遊べるね」


「そのために空けてるわけじゃないんだけどな」


「広臣君の場合、空けてるじゃなくて、空いてるの間違いじゃないかニャ?」


「それは言うなよ……」


 学校に友人もいないので誰から誘われるわけもない。そんな悲しい現実を突きつけられる。


「でも、浅野さんも配信があるからそんなに暇じゃないだろ」


「あはは……撫子がくれたスケジュールを見たら詰め詰めで目玉が飛び出そうだったよ。ま、リゾートで住み込みのバイトするよりは割がいいからさ」


「そういえば三人で行くんだってな」


「そうなんだよぉ! はぁ……二人に分裂できないかなぁ……誰か私の代わりにアイリスをやって欲しいよ」


 生駒さんだか堀尾さんがこの夏休みに行くという話をしていた気がする。浅野さんは親が厳しいという理由で断っていた。実際は配信があるからそれどころではないのだろうけど。


「そんなにしんどいなら辞めればいいんじゃないか?」


「あはは……それはできないかな。配信は配信で楽しいんだ。だからさ、広臣君の予定を埋めるのに私が協力してあげようってわけさ!」


「やけに上から目線だな。そんな人と埋める予定はないぞ」


「えぇ……じゃあさ」


 そう言って浅野さんは俺の手を掴み、上目遣いで見てくる。


「私と……私と一緒に夏休みを過ごして、素敵な思い出をたくさん作ろ?」


 断られるとは微塵も思っていない様子で顔を傾けながらのウィンク。


「お……おう。あ……空けとく。空けとくよ」


 鉄板が目の前に来たかのように顔が熱くなり、モゴモゴと返事をしてしまう。


「えぇ? 何々? 聞こえないなぁ」


 俺の腕を大縄跳びのように揺らしながら、確実に聞き取れていたであろう返事をもう一度催促してくる。


「空けとくよ。ま、ガチで毎日、漏れなく、全日程暇だからな。好きなだけ詰め込んでくれ」


「あ……ま、毎日は大丈夫かなぁ……アハハハ……」


 浅野さんは本当に俺の予定がなにもないとは思っていなかったようだ。陽キャには理解しがたかったのか、苦笑いしながら多目的ルームから出ていった。

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