第29話
いよいよサクラちゃんとのデートの日になった。既に時刻は深夜十二時を回っている。例によって配信後に時間を取ってもらうスタイルだ。
デートとはいえ、待ち合わせ場所として指示されたのはインターネット空間。リアルではない。
デート用の機材だと言われていたものはVRゴーグルだった。サクラちゃんの意図がなんとなく読めた。ゲームか何かで遊ぼうということなのだろう。
まずはいつものように通話から始まるようなので、接続して待機する。
「わ……こんばんは。広臣さん」
「こっ……こんばんは」
「フフッ。なんだかいつもより固いですよ。緊張してるんですか?」
「いやまぁ……それなりに」
「別に変なことはしませんから安心してください。ただのデートなんですから」
「一緒に何かゲームでもするんですか?」
「まぁ……遠からず近からずですね。とにかくそっちへ行くのでVRゴーグルをつけて待っていてください」
「はぁ……」
要点を得ないままサクラちゃんの指示通りにVRゴーグルをつける。
電源を立ち上げてしばらく待つと、右側から何か音がし始めた。
「広臣さん、お待たせしました」
横を向くとサクラちゃんがいた。後ろで手を組み、前かがみになって覗き込むように見上げてくる。驚いたのはいつもの絵ではなく3Dモデルだったこと。配信で見たことがないモデルだ。
和装にピンク色の髪を束ねたポニーテール。裾や髪の毛が細かく揺れているので作り込みの凄まじさが伝わる。
「こっ……これ……未公開のやつですよね?」
「えぇ。お披露目前に広臣さんにだけお見せしようかと思って」
「あっ……ありがとうございます!」
これだけでデート終了と言われても納得はしてしまう。それくらいに出来の良いモデルだし、それをいの一番に見せてもらえた事の喜びは大きい。
「きょ……今日はこれで何をするんですか?」
「えぇとですねぇ……色々としたいことが溜まってまして……前にASMR配信の練習に付き合っていただくって話もありましたし……きょっ、今日はこのまま添い寝デートなんてどうでしょうか!?」
「そ、添い寝……」
「はい! 今日はこんな感じで――」
そう言ってサクラちゃんは左側に回り込んでくる。
「二人で、たくさんゆっくりしましょうね」
心臓がバクンと高鳴る。今までで一番と言っていいほどに、サクラちゃんを独り占め出来ていることを実感する。
「広臣さん、ベッドに横になってくれますか?」
「はっ、はい」
言われた通りにベッドに横になる。風景も切り替わって一人部屋のような場所に移っていて、仮想世界の方でもベッドで横になっているように錯覚する。
「ふぅ……失礼しますね」
左から声がしたのでそちらを向いたのだが誰もいない。
「あ……マイクが反対でした。広臣さん、反対側ですよ」
右を向くと、サクラちゃんが腕を枕にして横になっていた。
「これで準備完了です。横になっていると眠くなりますか?」
「あ……いや、緊張してて」
「フフ。私もです。ちょっと静かにしててくださいね。シーッ、ですよ」
人差し指を口に当ててウィンクをすると、ガサガサとマイクを動かし始めた。
呼吸音だけが聞こえる空間で、サクラちゃんが近づいてくる。サクラちゃんの胸の辺りで抱きしめられる形になる。感覚は無いけれど、見上げたらサクラちゃんの顔があるので視覚だけでも十分に満足だ。
やがて、ドクンドクンと音がし始めた。
「ど……どうですか? 聞こえますか?」
サクラちゃんが少し不安そうにつぶやく。
「こっ……これは、心音?」
「そうですよ。ちょっと早いですよね。私も緊張してて。現実だとマイクと抱き合ってるだけなんですけどね」
サクラちゃんの冗談も流してしまう程に心音に集中する。前にセントレアの心音を聞いた時よりもペースが更に早い。
「確かに早いですね」
「そうなんです……止まらなくて……」
「心臓が止まったら大問題ですよ」
「フフッ、そうですね」
雑談をしながらもドクンドクンと脈打っていた心臓はドクドクとテンポを上げる。
数分間、無言でその音を聞いていると徐々に眠気が襲ってきた。うとうとしていたところにサクラちゃんの声が割り込んで来る。
「そっ、そろそろ恥ずかしくなってきたので離していいですか?」
「あ……ど、どうぞ」
「すみません……」
心臓の音は聞こえなくなるが、マイクと顔がかなり近いところにいるみたいで鼻から息が出入りする音が聞こえる。
相変わらずサクラちゃんは俺の横で寝転がってこちらを見てくる。
「広臣さん、ここでなら……私の事、好きに触ってもらっていいですよ」
「すっ、好きにですか!?」
「そのための3Dですから。頭、撫でてくださいよ」
そう言ってサクラちゃんは頭を俺の方に近づける。当然だが頭に顔を近づけても匂いはしないし感触もない。
それでも没入感から、すぐ目の前にサクラちゃんがいると錯覚している。
「ふぅ……本当は現実でもこうやって触れ合ったりしてみたいんですけどね」
サクラちゃんが残念そうに呟く。
「げっ、現実でも……ですか」
流石にそれは刺激が強すぎるし、何ならもうアウトな気がする。実質性行為だ。生唾を飲んで堪える。
さすがに添い寝は出来ないけれど、スタジオで顔を合わせるくらいは出来るはずだ。それをしないという事は何か出来ない理由があるはず。
「お、俺はいつでも!」
「フフッ。そう焦らないでください」
「焦っては無いですけど……何か理由があるんですか?」
「りっ、理由ですか?」
サクラちゃんは理由まで突っ込まれると思っていなかったのか、やけに焦った声を出す。
言いづらい事もあるだろうし「やっぱりいい」と言いかけたところでサクラちゃんが被せるように言う。
「現実の私に会って、広臣さんに失望されるのが怖いんです。だから、ここが一番落ち着くんですよ。素が出せるんです」
会って失望するというのはどういうことなのかと頭をフル回転させる。
例えば、年齢だったり、容姿に自信がない、とかだろうか。
「そっ、それなら……俺もここで十分ですよ。サクラちゃんと二人で話せるだけでありがたい事なのに。でも俺は気にしないですよ。別に何歳でも、どんな人でも。みっ、見た目だって人それぞれですし……」
「え……アハハハ! すみません、そういう意味じゃないですよ。正真正銘高校生ですし、それに、見た目だって悪くないんですから。可愛い方だと思いますよ? 私って」
情報を小出しにされると尚更現実の姿に興味が湧いてくる。
「そ、それは安心しました……」
「私の事、可愛くないオバサンだと思ってたんですか? 広臣さんったら失礼ですね」
「ご、ごめんなさい……」
「フフッ、許します。これからもたくさん私の事を考えてくださいね」
いいようにサクラちゃんのペースに巻き込まれていることは否めないが、これ以上踏み込んでも良い事は無い。
「ふわぁ……広臣さん、そろそろ眠たくないですか?」
「あ……そうですね。そろそろ止めますか?」
「いえ、今日はこのまま……このまま寝てみませんか?」
「このまま……良いですよ」
「フフ。ありがとうございます。いつもよりぐっすりと眠れそうです。それじゃ、おやすみなさい」
サクラちゃんはそう言ってすぐに目を閉じる。ものの五分で小動物のような可愛い寝息を立て始めた。
余程疲れていたのだろう。配信の後に俺と話す時間を取ってくれているのだから無理もない。ただでさえ忙しい合間を縫ってのこの会話なのだから。
邪魔をしないように息を殺してサクラちゃんの寝息を堪能しているうちに、俺も気づけば眠りについていた。
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