第28話
広臣君と気まずくなったと思ったが、次の日学校では普通に話すことができた。
そのままの流れでまた遊びに行きたかったのだけど、事務処理が追いつかないということで私は撫子に呼び出されてスタジオの机に積まれた書類の山と格闘している。勿論、菊乃も一緒だ。
広臣君は三曲目を作るために家に帰った。まだセントレアの一曲目の情報解禁の話すら進んでいないくらいなのに、すごいスピードだと驚いた。
次は二島クラベル用の曲。撫子は菊乃ほどじゃないけど歌もうまいし、難なくこなせるのだろう。たまに自分の不出来っぷりが嫌になることがある。その次は――
「彩芽、本当にすみません。こういうのは彩芽にはやらせるつもりは無かったんですけど……」
撫子が申し訳無さそうに謝ってくるので、我に返る。
「う……ううん! いいんだよ! 撫子と菊乃には普段からやってもらってるんだしさ」
「じゃ、これからは三人でやるか。人手が増えるのは有り難いな」
「あ……私は非常事態のヘルプで……」
「ヒッヒ! そう言うなよ。遅くまで仕事して、一緒に風呂入って寝ようぜ」
菊乃の目がガチだ。性的嗜好がどちらを向いているのかわからないけれど、多分女同士だとしても女子高生に提案すると逮捕されそうな内容だ。
「菊乃、口を動かす暇があったら手を動かしてください。あ、それとそろそろ四人になりますよ」
菊乃と同時に撫子を見る。
「なっ……それって……」
「残念ですが期待の内容ではないですよ。新しいメンバーが加入するんです」
「まじかよ! そういうのは早く言えよなぁ」
「そ、そうだよぉ! 私達にとっても重要なことじゃんか!」
口々に撫子を非難するが、彼女はまったく意に介さない。
「それがですね……合流はもう少し先になりそうなんです。ファミレスのバイトのシフトを入れすぎたらしくて」
「何だよそれ。冗談だろ?」
「えぇ。半分は冗談ですよ。バイトをしているのは本当で、シフト地獄なのも本当。どうも前の事務所との契約が残っているせいで移籍発表ができないらしくて。合流はそれからでもいいかなって思ってます」
「前の事務所って……結局誰だよ? 早く教えろよぉ」
「フフ。秘密です。会ってみてのお楽しみですね」
「カーッ! これだからエリート様はよぉ!」
二人はお喋りに夢中だ。これじゃいつまで経っても終わらない。
「菊乃、撫子。手が止まってるよ」
「私は止めてませんよ。ほら! 彩芽の顔を見ながらブラインドタッチで仕事できるんです!」
撫子が虚ろな目で私を見ながらキーボードを素早く叩く。
「いや……なんか怖いよ……」
「フフッ。そうですか? 菊乃、私怖がられちゃいました」
「私も怖いと思ってるぞ」
「えぇ!? そうだったんですか!?」
「だから二人共さぁ……菊乃は喋ると手が止まるんだから話しかけちゃだめだよ」
「お、彩芽が怒ったぞ。彼氏とのデートを邪魔されちまったもんな」
「かっ……彼氏!? 広臣君はそんなんじゃないって」
「ほぉ……昨日、私の仕事部屋でエロい事しようとしてたろ?」
「しっ、してないって! あれは菊乃が広臣君を誘惑してたからじゃんか!」
「私が広臣を誘惑したらなんで彩芽がエロい事で対抗しようとするんだ?」
「そっ……それはだねぇ……」
自分でも改めて考えたことのなかった「なぜか?」を考える。
入学当初、色んな男子が声をかけてきたけど誰にもときめかなかった。
皆が教室でワイワイと話しているときも、ずっと隣の席に一人で座ってサクラの動画を見ている。良く言えば自分の世界がある、悪く言えば陰キャ。
それでもサクラの言う通り、ずっと歩道橋から彼の歌を聞いていると心地良くなるしや彼の不器用な優しさが伝わってくるようだった。
皆はすぐに私を好きになったというが、私はそんなすぐに人を好きになれない。広臣君はどうなのだろうか。あの感じだとサクラにガチ恋していて私なんて見向きもされていないだろうけど。それならそれでいい。
だから、気になるだけ。あくまで気になっているだけだ。
「いやぁ……わっかんないなぁ……」
「何がわかんないんだよ?」
「へっ!?」
心の声が漏れていたらしい。撫子と菊乃がニヤニヤしながら私を見てくる。
「いつでも私達に打ち明けてくださいね! 高校生の甘酸っぱい青春の味! たまりませんっ!」
撫子もとっくに手を止めて野次馬根性を丸出しにしている。
「なんかあっても二人には相談しないよ。喪女と百合女じゃんか」
「なっ……」
「あ、彩芽!?」
二人が絶句して私を見てくる。少し物言いがきつかった自覚はあるけれど、人の気持ちをダシにしようなんて方がどうかしている。怒っていることをアピールするために唇を突き出して書類とにらめっこを再開する。
「いやぁ……ま、可愛い女は好きだし男と縁もないから百合喪女だよな。撫子も私達のてぇてぇな同人誌集めてるし、ずっとこんな格好だから百合喪女だな」
「ちょっ……菊乃! それは言わない約束じゃないですか!」
「サクラとアイリスが指を絡ませあって……あれは永久保存版だよな」
「えぇ……あの作者さんに、次は私とセントレアで描いてもらいたいですね」
分かってはいたことだけど、二人はメンタルが鋼のように強い。撫子の会社員時代のエピソードを聞くほどに社会人として働くことが怖くなるし、菊乃のアイドル時代の話を聞くと、そっちはそっちで修羅の道。
そんな世界で戦っていた二人はアンチからの心無い言葉も笑って受け流す。だから、私のちょっとした言葉なんてなんでもないように雑談の一部に組み込まれてしまう。
「二人共! 手が止まってるよ!」
「お……おぉ。そうだったな。撫子、これが終わったら飯行こうぜ。彩芽と三人でさ」
「彩芽は大丈夫ですか?」
「あ、うん! 家族には連絡しとくよ」
「はい。じゃあお肉にしますか。熟成肉」
私と菊乃は「肉!」とだけ呟くと、無言で仕事にけりをつけるため集中し始めた。
三時間もすると書類の山はすべて処理済みになった。肉の魔力は凄い。
「あ、そういえば前回三人で行ったらあのブロック肉は注文出来ませんでしたね」
撫子がポツリと思い出したように呟く。
その店に行くのは今日で三回目。一度目は四人で注文したブロック肉ステーキが美味しかった。二度目は三人で行ったのだが、人数制限のルールがあり頼めなかったのだ。
「誰か知り合いでも呼ぶか? そんなすぐ来るやついないだろ」
「うーん……あ! 豊田さんなんてどうですか? 格安で曲を作ってもらっているわけですし奢りましょうよ。彩芽、連絡できますか?」
「あー……うん。了解」
無料で肉が食べられると言っても、広臣君の家の感じからして別にそれはアドバンテージにはならないだろう。
格安で引き受けてくれているのも余裕があるからなのかもしれない。
とはいえ、折角の機会なのでメッセージを送ってみる。
『やっほ! 皆でお肉食べに行くんだけど一緒にどうだい?』
暇人なのかすぐに返事が来る。
『いいぞ。スタジオに行けばいいのか?』
『うん! 待ってます!』
なんだかんだで広臣君は頼んだら断らない。トヨトミPが女性だと思われることも、格安で曲を作ってくれることも、突発的な呼び出しも。
悪いなと思いつつも、彼の優しさにもう少し甘えさせて貰うことにしつつ、菊乃と撫子に指で丸のサインを見せて四人になったことを伝えた。
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