第23話

「はぁ……どうすんだこれ……」


 金曜の夜、浅野さんから翌日のデートの念押しメッセージが来てしまった。


 なんと返したものか悩みあぐねた結果、未読無視を続けること数時間。


 そろそろサクラちゃんとの通話の時間だ。なんだかんだで自分の作業が忙しかったのと、サクラちゃんも長時間配信をしていたこともあり数日間が空いた。


 パソコンを立ち上げてヘッドセットをつけると、丁度サクラちゃんからメッセージが来ていた。


『こんばんは。久しぶりにお話しましょう!』


 いつものように通話をかけると、サクラちゃんはすぐに応答した。


「わぁ……広臣さん、こんばんは」


 作業中もアーカイブを垂れ流しにしていたので、新鮮味はないが落ち着く声だ。


「こっ、こんばんは」


「ふふっ、どうしたんですか?」


 耳で感じた幸福感が声にまで伝わっていたようだ。サクラちゃんは敏感にそれを感じ取り笑っている。


「い……いや……久しぶりだなって思っただけです」


「そうですね。あぁ……ここのところ配信ばかりで疲れちゃいましたよ。皆と話しながらゲームするのも楽しいんですけどね。やっぱり気を張るので。この時間はゆーっくり出来るので幸せですよぉ」


 思いっきり伸びをしたようで、マイク越しにギィと椅子の軋む音がする。


「はは……」


「あ! あの、別に広臣さんを適当に扱ってるってわけじゃないですからね!」


 サクラちゃんが慌てて弁解してくる。そんなことは思ってないのだが、変に気を使うタイプみたいだ。


「分かってますよ」


「あ……良かったです。それで、今日は何をされてたんですか?」


「ずっと曲の打ち込みですよ。最近毎日あのスタジオに行ってる気がします。家でもできるんですけどね。なんとなく」


「ふふ。お疲れさまです。そういえば私、明日久々にスタジオに顔を出そうかと思っているんです。広臣さんもいらっしゃるんですか?」


「あっ、明日!? いや……明日は……」


 明日は浅野さんとのデート。時間にもよるが多分行けないだろう。


 このまま未読無視を続けて明日のデートをすっぽかしたところで、サクラちゃんか菊乃か撫子から告発されて浅野さんにバレてしまう。


「明日、何かあるんですか?」


「えぇと……その……」


「何か、あるんですか?」


 言い淀んでいると、サクラちゃんの圧が強まるのをを感じる。


「あ……浅野さんにデートに誘われて……」


 マイク越しに超音波のような悲鳴が聞こえる。


「あ……彩芽と……ですか」


「いっ、いやいや! あの、あれですよ! ただ遊びに行くだけ! それだけです! なにもないですからね!」


「ふぅん……私より彩芽を優先するんですかぁ……へぇ……」


「そっ……それは……」


「ふふっ、冗談ですよ。せっかく広臣さんに会えると思っていたのに残念です。明日はどこに行くか決まっているんですか?」


「どうなんでしょうね……まだ何も聞いてないです」


「広臣さん!」


 サクラちゃんがいきなり叫ぶので驚いてボリュームを下げる。


「ど、どうしたんですか?」


「広臣さん。それは聞いてないんじゃなくて、広臣さんに考えてほしいのかもしれないですよ」


「おっ、俺にですか?」


「そうですそうです! 今から明日の予定を考えたら、返事してあげてくださいね」


「あはは……筒抜けなんですね」


「当然です。親友ですからね」


 サクラちゃんと浅野さんの間では秘密はないのだろう。返事がないのを不安に思ってサクラちゃんに相談した浅野さんを思うとなんとも申し訳ない気持ちになる。


「いやぁ……でも考えるって……こういうの初めてなんですけど……」


「じゃあ一緒に考えましょうか。私が手伝います! 経験はありませんが、彩芽の趣味は心得てますよ」


「分かりました。浅野さんって何が好きなんですか?」


「んー……何でもですね」


「何でもですか……」


 全く参考にならない答えが返った来たので言葉に詰まる。


「冗談ですよ。動物とか、公園でお花を見たりとか好きだったと思います」


「意外ですね。もっとはしゃげる場所が好きなんだと思ってました」


「あぁ見えて根は暗い方ですからね」


「そんな風には見えないですけどね。陽キャって感じなので」


「上に綺麗な花が咲いてると根っこなんて見えなくなるんですよ」


「なんですかそれ……」


 唐突な例えに驚くも、サクラちゃんは「フフッ」と濁す。


「仕方ないので、明日のスケジュールは私が考えて事前に広臣さんにお送りしておきますね。頑張ってください!」


「あ……はい」


 一体何をどう頑張るというのか。頑張った結果どうなりたいのかも分からずに返事をする。


「うぅ……それにしても彩芽が羨ましいです」


「何でですか?」


「そっ……それはその……」


 サクラちゃんは何かを言い淀む。そのまま待っていると、意を決したように大きく息を吸った。


「わっ……私も広臣さんとデートがしたいです!」


「えぇ!?」


「い……嫌でしたか?」


「いっ、いえいえ! すごく嬉しいですけど……」


 そんなことがあるのかとまだフワフワとした感覚だ。それでも引っかかることがある。


「けど?」


 サクラちゃんが不安そうな声で聞いてくる。


「けど……会ったこともないですし……」


「フフ。大丈夫ですよ。私が考えておきますから。あ、明日の彩芽とのデートプランもバッチリ考えますから。任せてください」


 何もしなくてもあれもこれもしてくれるそうなので有り難いと言えば有り難いのだけど、さすがにサクラちゃんの前では格好つけたくなる。


「い、いやいや! 浅野さんとのデートはお任せしますけど、サクラちゃんとの方はしっかり考えますよ!」


「う……嬉しいですけど、彩芽の前ではそんな事言っちゃダメですからね」


 サクラちゃんとのデート。いよいよ本人に会えるのだろうか。一つ上の先輩らしいがどんな人なのだろう。vHolicの人は美人揃いなのでサクラちゃんもそうなのだろうか。頑なに姿を見せようとしないのは何か自信のない要素があるからなのかもしれない。


 そんな妄想が膨らみ前のめりになりすぎて、サクラちゃんも引き気味だったと気づくのは寝る前になってからのことだった。

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