第24話

 浅野さんとのデート当日。約束した駅の前の広場に行くと、まだかまだかと駅の改札を見ている女の子が一人。


 浅野さんだとすぐに分かったのは、その仕草と圧倒的な輝きのせいだろう。ベルトでキュッと絞られているデニムワンピースが駅前で一番似合う人といえば浅野さん、くらいには似合っている。


 気軽に話すようになったので忘れていたが、よくよく考えたら学校でトップクラスの人気を誇る美少女陽キャ女子なのだから、目立つのも当然だった。


「おぉい! こっちだよぉ!」


 まだ話しかけるには微妙に距離のあるところから浅野さんが呼びかけてくる。


 周囲の人もチラチラとこちらを見てくるので駆け足で浅野さんに近寄る。


「そんなに呼ばなくても分かってるよ」


「あはは……そういえば今日は広臣君プランだよね? 楽しみだなぁ」


 浅野さんは目を輝かせて聞いてくる。実際はサクラちゃんが考えたプランだ。送られてきたものは分刻みのスケジュールになっていたのだが、さすがにやりすぎだと思い箇条書きで浅野さんには送った。


「ま……まぁな。とりあえず公園行くか」


「うん! 花のお祭りやってるんだなんて粋だよねぇ。私が花を見るのが好きってよく知ってたね。言ったことあるっけ?」


「あ……あるんじゃないか?」


「ふぅん……そうだったかなぁ……」


 訝しる浅野さんに合図して公園へ向かって歩き出す。トコトコとついてきた浅野さんは真横に来ると俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。


「ちょ……動きづらいだろ」


「動きやすかったら良いってことかな?」


 浅野さんがニヤニヤしながら上目遣いで見てくる。


「そっ……そういうことじゃないだろ」


「恥ずかしがり屋だなぁ」


「恥ずかしがるも何も、単に遊んでるクラスメイトとそんなにくっついたりしないだろ」


 人目が気になるので少し強めに言うと浅野さんは「手強いなぁ」と呟いてサッと俺から離れてくれた。相変わらず人との距離感がバグっている人だと思う。


 ◆


 大通りに繋がっている公園の中は色とりどりの花が植えられていた。中央の大きな花壇ではドット絵のようにイベントの頃が花で表現されている。


「うわぁ……すごいね」


「ここまでとは思わなかったな……」


 二人して想像以上のスケールに飲み込まれる。


 パシャリ、と音がしたので隣を向くと浅野さんがインカメラで俺達を撮っていた。


「花を撮れよ……」


「どっちもだよ。花だけ撮るなら一人で来るもん」


 ニシシと笑って浅野さんは最寄りの花壇に向かって駆け出す。一人であちこち見回った後、お気に入りの花が見つかったのかしゃがんで観察を始めたので、隣に行ってしゃがむ。


「綺麗だねぇ」


「そうだな」


「それだけ!? もっとこう、心から湧き出すような感想はないの!?」


「浅野さんも『綺麗だねぇ』しか言ってなかったろ」


「わっ、私は一周回ってそれしかないんだよぉ」


 浅野さんの扱い方も慣れてきた。人には無茶振りをするくせに自分に返ってくるとしどろもどろになる。浅野さんのペースに巻き込まれたら負けだ。


「ま、でも見た目だけじゃわかんないこともあるんだよな。上は綺麗でも根っこが腐ってるかもしれないし」


「うわぁ……すっごく斜めから見るタイプの陰キャみたいなこと言ってるよ……」


 サクラちゃんの受け売りを言うと、浅野さんはジト目で俺を見てくる。やはり根っこまで陽キャにしか見えない。


「陰キャで悪かったな」


「わっ、悪いとは思ってないよ! むしろ……」


「むしろ?」


 むしろ、に続く適切な言葉を探しているのか、浅野さんは上を向く。


 言葉の探索が終わると、俺の方を向いてニッコリと笑った。


「安心……する、かな。うん。安心だね」


「何だよ安心って」


「安全? ま、何でもいいじゃん。でもさっきの話はそうかもね。ここに植えられている花は見てくれが良ければそれでいいし、誰も見えない根っこの事なんて気にかけない。そこを気にする広臣君は優しい……いや、ひねくれてるのかな?」


「やっぱり馬鹿にしてるんだな」


「そっ、そんなことないよぉ! ほらほら、行くよ!」


 背中を軽く叩いて浅野さんが先に立ち上がる。


 後追いで立ち上がると、浅野さんの顔は公園の中央に注がれていた。取り立てて凄い訳ではないが、このイベントにおいては他のところに比べるとやけに人口密度が高くなっている。


「なんだあれ」


「なんだろうね。行ってみようか!」


 浅野さんは迷わず俺の手を握り、公園の中央に速歩きで向かう。


「お……ピアノだね」


 近づくに連れて人だかりの正体も分かってきた。ストリートピアノが置かれていて、そこに人が集まっている。


 賑やかし程度に人が座るも本格的に誰かが演奏する訳でもないので半ば置物と化していた。


「広臣君、どう?」


 浅野さんが「行って来い」という目で俺を見てくる。


「どうって……」


「いやぁ、やっぱりこう……なんだろう。折角のデートだし私にいいところを見せて欲しいなって」


「ピアノを弾いてるのがいいところなのか? そんなのスタジオにあるやつでいくらでも弾いてやるよ」


「私のためだけの演奏会も嬉しいねぇ」


 浅野さんは尚も俺に行ってこいと目で訴えかけてくる。思ったよりもすぐに花に飽きたらしい。


「はぁ……ちょっとだけだぞ」


「うん! ありがと!」


 花が霞むほどの笑顔を向けてくるので、あまりの可愛さにたじろぎつつピアノに向かう。


 椅子は空いていたので高さを調節して座り、適当に音を鳴らす。


 周囲にはあまり人もいないので気楽にやれそうだ。有名な曲でも弾いておけばいいだろう。


 嫌嫌ではあったが、弾いていると楽しくなって我を忘れてしまう。


 五分かそこらで適当に曲を繋ぎながら弾いたはず。


 我に返ってあたりを見渡すと、最初の数倍の人だかりができていた。


 恥ずかしくなり、慌てて浅野さんの元へ戻る。


「良かったよ! 流石だねぇ。うん。良かった良かった」


「いや……まぁ」


 周囲の目が気になるので浅野さんの手を引いてピアノを後にする。


「おう、豊田ぁ。目立てて良かったなぁ」


「いっ……」


 あまり耳に心地よくない声と共に背後から突き飛ばされる。そこにいたのは柴田とその取り巻き。これほど花畑に似つかわしくない人がいるだろうか。無料なので迷い込んだのだとしたら仕方はないけれど。


 柴田達はピアノを弾いていた俺にしか気づいていなかったようで、隣にいる浅野さんを見て目を丸くする。


「あっ……浅野!?」


「そうだよ」


 浅野さんは不愉快そうに柴田達を見る。


「なんでそこまで広臣君に絡むのかな?」


「たまたま見かけたから声をかけただけだろ。下手くそなピアノでイキってたしな」


「へっ……下手くそ!?」


 浅野さんが素っ頓狂な声を上げる。別に好きに言わせておけばいいのに。


 握りこぶしを作った浅野さんは振り下ろすでもなく、ただただ口角をピクピクと動かす。


「君達、広臣君の事を知らなさすぎるよ。なんたって、あのトヨトミPなんだよ!?」


「ちょっ……」


 勢い余ってと言うのが適切だろう。浅野さんは俺がトヨトミPだと柴田達に宣言した。


 当の柴田達はポカンとした後、大笑いする。


「ハハハハ! トヨトミPは女だって最近噂になってるんだぞ。それでなくてもこんな陰キャ野郎がそんな事出来るわけないだろ」


「そ……それは……」


 浅野さんは口をパクパクとさせている。俺がトヨトミPであるかを証明したいのだろうけど、当たり障りのないを言っても信じないだろうし、かといって決定的な事を言えないという葛藤に苛まれていそうだ。


「も……もういいだろ。浅野さん、行こう」


「あ……うん」


 この場から離れたい一心で浅野さんの手を引き柴田達から離れる。追いかけてはこなさそうなので公園の外れにあるベンチに腰掛けた。


「ふぅ……あったまくるなぁ! 何であんなに広臣君に上から来るんだろうね!」


「まぁ……もう慣れたよ。それより勢い余って身バレするのは勘弁してくれよ。せめて自分の事は言わないようにな」


「アハハ……ほんとね、勢いだったよ。カッとなっちゃってさぁ。広臣君、あそこまで言われてよく怒らないね」


「そりゃ……今はそういう時間じゃないしな」


「お……おぉ。つまり私のために? これは胸キュンポイント高いですぞ……」


 浅野さんはホヒホヒと気味の悪い呼吸音を出しながら明後日の方向を見る。単に喧嘩をするような場所でもタイミングでも無かったという意味なのだが。そもそもそんなことするつもりもないけれど。


「いやまぁ……それよりこれからどうする?」


「あの人達いるならこの辺ウロウロしづらいね。どこか移動――」


「広臣ぃ。見てたけどさ、アンタ情けないわねぇ。彼女の前でくらいカッコつけなさいよ」


 いきなり背後から割り込んできた、デリカシーのない話し方とキンキンと甲高い声。この瞬間、柴田よりも会いたくなかった人だ。


「なっ……母さん!?」


「そうよ。お母さんよ。可愛い彼女ね。紹介しなさいよ」


 豊田彰子。俺の母親はベンチの前に回り込むと、浅野さんを見てニヤリと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る