第19話
また作業が深夜まで続いてしまい、眠たい目をこすりながら学校へ行く。
席に座ると、隣の席の浅野さんは先に来て朝寝をしていた。机に突伏するなんて陽キャにあるまじき姿だと思いながら挨拶をする。
「おはよう」
浅野さんは寝ていたはずなのに、首をグルンと勢い良く回して俺の方を向く。かなり驚いた表情だ。
「いっ……今、おはようって言った?」
「言ったぞ。なんだよ」
「いやぁ……広臣君から話しかけてくれるなんて初めてだからさ。嬉しくなっちゃった訳」
机の鼓動を聞くように顔の左側面をべったりと机につけたまま浅野さんがニッコリと笑う。何故かその顔を見て俺の顔が熱くなってきた。
「なっ、なんだよそれ……」
「照れない照れない」
いつものようにいたずらっぽくニシシと笑うと、「あ!」と声を上げて浅野さんが上体を起こすと、そのまま身体をこちらに向けて足を組む。
短いスカートが更にめくれてほぼ太ももが顕になっているので、不意に昨日の浅野さん胸を思い出して目をそらしてしまう。
「広臣君、昨日どうだったの?」
「きっ、昨日!? なっ、何がだ?」
完全に浅野さんの胸の記憶に意識を取られていたので、声をうわずらせながら聞き返す。
「さっ、サクラとの話だよぉ……」
同じイメージが頭に出てきたのか、顔を赤くして手を横にぶんぶんと振る。その後、俺にしか聞こえないくらいの小声で付け加える。
「あっ、あの件……昨日の……その……アレは……内緒ね」
「あ……いや……うん。大丈夫」
サクラちゃんとの話を聞きたかったのだろうけど、二人して昨日のことを思い出して押し黙る。今更照れるくらいなのに浅野さんはなんであんなことをしたのかと聞きたくもなるが、先生が教室に入ってきたのでそこで会話は途切れてしまった。
◆
昼休憩の開始を告げるチャイムが鳴った。
「広臣君、今日ってお昼どうする? 一緒に食べる?」
授業の終わる前から教科書をきれいに閉じて並べていた浅野さんが授業終了直後に尋ねてきた。
「あ……いや……任せるけど……友達はいいのか?」
チラリと教室の後ろを見ると、いつも浅野さんが話している陽キャ集団がチラチラと俺たちを遠巻きに眺めていた。
「うーん……あ! そういえば撫子から聞いたんだけど、広臣君って女の子になりたいんだよね? 折角だし勉強のために皆と話してみない?」
浅野さんは至って真面目な顔でそう言う。
「お、女の子になりたい?」
「あれれ? 違うの?」
二人でポカンとした顔で見つめ合う。
もしかするとトヨトミPの女性匂わせ計画のことを言っているのかもしれないと勘付く。
「あ……あぁ。なりたいってか……まぁなりきりたいって感じだな」
「一緒じゃん! ってことで、皆で食べよっか」
「み……みんな?」
恐る恐る浅野さんの友達の陽キャ女子集団を見ると、浅野さんもその輪に駆け寄っていき、その輪の中から俺を手招きしてきた。
◆
「さて……改めまして、豊田広臣君です!」
「ど……どうもぉ……」
少し風の強い校舎の屋上。数日前に浅野さんと二人で食べた部室棟ではなく、人の集まる教室棟の屋上だ。
いくつかのグループが適度に距離を取っている中の一つ。うちのグループの特徴は男女比が歪なこと。男一人に対して女子四人だ。
全員はクラスは同じなのだけど、浅野さん以外は話したことはない。
順番に生駒さん、堀尾さん、中村さんと自己紹介されたので、一応名前くらいは覚えておかないといけなさそうだ。揃いも揃って校則ギリギリの茶髪に巻き髪なので、個体識別できるのはもう少し先だろうけど。
「それでさぁ彩芽、彼氏を紹介してくれる感じなの?」
生駒さんだか堀尾さんが浅野さんに尋ねる。
「かっ、彼氏!?」
「そ。豊田君と付き合ってるんじゃないの? 最近仲良いしさ」
「あ……アハハ……どうでしょう……」
何故か浅野さんは気まずそうにこちらを見てくる。別に何か俺達の間にあるわけじゃないし、「そんなことはない」と事実を言ってくれればいいのだが。
「じゃあ豊田君に聞いちゃおうかな。どうなの? 彩芽と付き合ってるわけ?」
「い……いや……付き合って――」
「付き合ってるよ。うん、そうだね。付き合ってる」
俺が否定しようとしたその時、浅野さんが割って入ってきた。
「なっ……」
女子三人は早速口を割らせたとばかりに歓声を上げて囃し立てる。他のグループが何事かと見てくるのも一切構わない様子だ。
「やっぱりね! 最近やけに付き合い悪いし、昨日のカラオケ中もソワソワしてるしなんかあると思ってたんだよね」
「やっぱ彩芽モテるよねぇ。豊田君って話したことないけど、いい人なんだろうね」
「あれだけモテる彩芽が選んだってことだしねぇ……」
三人は何故か俺を見てきて口々にそう言う。
「いっ、いや……まぁ……あはは……」
浅野さんのような誤魔化し方になるが、他に言い逃げ方も無いし、ここで否定すると浅野さんが嘘をついたことになり三人との関係にヒビが入るかもしれない。ここはピエロに徹するしかないと腹をくくる。
「どっちから告白したの? やっぱり豊田君?」
「二人っていつから付き合ってるの?」
「デートってどこ行ったの? てかもうヤッた?」
三人は俺のほうが与し易いと踏んだのか一気に質問攻めにしてくる。
「ま……まぁ、色々とね」
適当にはぐらかしている間もずっと浅野さんは俯きながらニヤニヤして大福パンを食べている。
だが、何となくトヨトミP女性匂わせ計画のやり方が分かってきた。
とりあえずリアクションを大きく、待って待ってと連呼して、恋バナを多めにする。こんな感じでSNSの投稿を増やせばいいのだろうと思いながら、今日の投稿を考えるのであった。
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