第12話

「えぇ。あっ、そろそろ今日は止めましょうか。また明日も話せますし」


「そうですね。おやすみなさい」


「はい。作曲、ファイト! ですよ」


 私の提案で通話を終えて切断する。広臣君との通話終了。初日から話しすぎてしまった。


 でもこれまでは歩道橋から眺めるだけでほとんど話せなかったのだから、少しくらいオーバーしてもいいだろう。


 明日も学校だし夜は配信もある。そろそろ寝ないとだ。


 思わず「好き」なんて言ってしまったけれど変な意味には捉えられていないだろうか。興奮も冷めやらないうちに布団に入り、やってしまったとベッドの上でのたうち回る。


 頭まで布団を被り、どんな顔で明日から会えばいいのか考えていると、次第に眠くなってきた。


 ◆


 作曲が思いの外捗ってしまい、寝不足のまま教室に飛び込む。


 始業時刻は過ぎているが、先生がまだ来ていないので教室の中では皆あちこちで立ち話をしている。


 浅野さんも教室の後ろの方で女子の陽キャ仲間とたむろしていた。


 昨日は長いこと一緒だったし色々なことがあったので忘れかけていたが、彼女と僕はそもそも住む世界が違うのだった。


 存在感を殺して陽キャ集団の隣を通過し、自分の席へ辿り着く。


 椅子に座って一息つくと、イヤホンを誰かがむしり取ってきた。


「おはよ。広臣君」


 振り返ると浅野さんが一人で席に戻ってきていた。


「あ……お、おはよ」


 チラリと後ろの陽キャ集団を見ると、彼女達は相変わらず教室の後ろではしゃいでいた。浅野さんは彼女達との交流より俺への挨拶を優先したことは特に気にしていない様子で話を続ける。


「そういえば昨日はどうだったの? サクラと長いこと話してたみたいだねぇ」


 ニヤニヤを隠さずに浅野さんは俺の反応を楽しむように尋ねてくる。


「いっ、いいだろ!」


「駄目なんて言ってないけどね〜。ちょっと嫉妬しちゃうなぁ」


 浅野さんは明らかに俺をからかうモードに入っている。


 昨日作った曲を聞かせてみようとイヤホンを片方渡したところで先生が入ってきた。


「もしかしてもう曲できたの? ワイヤレスだしこのまま流してよ」


 浅野さんは謎に察しが良い。ニシシと笑って隣にある自席に座るとイヤホンを左耳につけて頬杖で隠している。


 携帯に転送していたデモを再生する。ワイヤレスイヤホンの片割れは俺の右耳についている。


 先生が前に立ってぐるりと教室を見渡すと一気に静まり返る。もちろん、音漏れはしないくらいの音量なので、再生を始めてもバレないはずだ。


 画面上の再生ボタンをタッチすると、右側からゆったりとしたバイオリンの音が流れる。深夜テンションで作ったパートなので粗いが昼間だと出てこないような乱高下の激しいフレーズだ。


「うおお! コレヤバッ!」


 空いている左耳から浅野さんの声が聞こえる。


 教室は静まり返っているので、当然浅野さんの声は響き渡り、皆が一斉に浅野さんの方を向く。


「浅野ぉ? 何がヤバいんだ? それと耳のやつ、取れよ」


「あ……アハハハ。す、すみません」


 浅野さんは苦笑いしながらイヤホンを俺に差し戻してくる。


 今それをされると俺まで巻き込まれてしまうことを浅野さんがわかっていないはずがない。


 先生は俺の右耳にもなにかがついていることを見つけた。


「お、豊田と半分分けしてたのか。先生の時は有線だったんだが……時代は変わったんだなぁ」


「あ……アハハハ。先生にもそんな時代があったんですね」


 浅野さんはどうにかしてこの場を丸く収めようと返事をするが、何を言ってもプラスになる状況ではない。


「二人共、後で反省文な。じゃ、授業始めるぞ」


 先生は黒板の方を向くと何事もなかったかのように板書を始める。


 恨めしい目で浅野さんを見ると、ウィンクで返してきた。目を細めて非難の意を伝えても浅野さんはおどけて笑うだけだ。


 先生の目を盗み、浅野さんはまた俺の机からイヤホンを片方もっていき、左耳につける。


 懲りない人だと思いながらも、昨日の睡眠時間を削って作ったデモを何度もループして聞かせると、浅野さんは授業中ずっと、先生にバレないようにノリノリになっていた。


 ◆


 放課後、自席でしっかりと原稿用紙二枚分の反省文をしたためる。


「彩芽ぇ。カラオケ行くっしょ?」


 隣で反省文を書いていた浅野さんに陽キャ友達が絡みに来た。


「もち! これももう書き終わったから職員室寄るね」


 浅野さんはバタバタと鞄に荷物を詰め込み立ち上がる。


「広臣君、また明日ね」


「あ……うん」


 浅野さんはにこやかだが、他の人達は「なぜこいつがいるんだ」くらいの雰囲気で俺を見てくる。


 やっぱり、浅野さんと俺ではそもそも住む世界が違うのだったと改めて思い出す。


 朝に友人との話を打ち切ってまで俺の方に来てくれたのはたまたまだったのだろう。


 でも、夜になればサクラちゃんと話せるのでそれで帳消しだ。


 少し寂しい気持ちにになりながら浅野さんたちを見送る。


 机に向き直ると、書きかけの反省文が残っていた。ノルマ二枚に対してまだ一枚も埋まりきっていない。


 ほぼ同時に書き始めたのにほぼ倍のペースで心にもない反省を浅野さんは書き連ねたということだ。


 アイリスの曲の作詞は浅野さんにお願いすればいいだろう。きっと素晴らしい反省文を書いてくれるはずだ。


 ◆


 まるで気持ちのこもっていない反省の言葉を絞り出して帰路につく。


 校門のあたりにやけに背の高い人がいた。


 目立つのは背の高さだけではなく、人目を引くルックスも相まっているだろう。


 そんな人が俺を見るなり「広臣ぃ!」と叫ぶのだから、下校中の周囲の人は何事かとざわつく。


 菊乃であることはだいぶ前から気づいていたが、悪目立ちすることが目に見えていたので知らぬ存ぜぬで押し通るつもりだった。


 だが、絡まれてしまった以上はそうもいかないらしい。浅野さんでも迎えに来たのだろうか。


「きっ……菊乃……さん?」


「おう。待たせんなよ。ほら、行くぞ」


 菊乃は俺の手を引いてどこかに連れて行こうとしてくる。


「ちょ……ど、どこに行くんですか?」


「あぁ? 聞いてねぇのかよ? スタジオだよ。彩芽に伝言頼んでたんだけどなぁ。AtoYotのアカウントにDM送ったのに返事ねぇしよぉ」


「こっ、声が大きいですって!」


 周りの人はチラチラとこちらを見ながら通り過ぎている。そんなところでAtoYotの名前を出されると何があるか分からない。


「おぉ。悪ぃな。じゃ、行くぞ。作曲家の先生殿」


 本当にスタジオに連れて行かれるだけなのだろうか。仮にスタジオだったとして、そこで何をするのかも聞いていない。


 不安しかないのだが、菊乃に引っ張られるままスタジオに向かうことになったのだった。

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