第11話
帰宅後、すぐに部屋に戻りPCの電源をオンにする。まだディスコードの通知は何も来ていない。
時間もあるのでSNSの巡回をすることにした。
一番フォロワーが多いのはトヨトミPのアカウントで五十万人。まともな人からの曲の感想もあれば、変な人からのリプライもちょくちょく混ざる。有名税と思って割り切ってはいるが、中々罵詈雑言に慣れるというのは難しい。
Atoyotのアカウントは五万人。仕事の告知くらいなので反応も凪状態。
そして一番フォロワーが少ないアカウントは駅前で弾き語りをする名無しの歌うたいの五百人。ピタッと時が止まったようなタイムラインを開くと、いつもでは見もしないダイレクトメッセージの通知が出ていた。
首を傾げながら開くと、一番上にある未開封のメッセージは九十九サクラから。驚いて何度見てもIDも同じだし、公式マークもついているので本物だ。
『彩芽から聞いちゃいました〜。今日から毎日お話できるらしいです! 早速お待ちしていますね!』
そんなメッセージに続いて貼られていたのは何かのURL。フィッシング詐欺ならこのまま個人情報を抜かれかねないが、そんなことはお構いなしにリンクをクリックする。
すると、ディスコードが立ち上がり、九十九サクラがリストに追加された。ステータスはオンラインになっている。
その画面を見て深呼吸を数回。すぐに送るのは恥ずかしいので少し時間を置いてメッセージを送ろうとしていると、向こうからメッセージが即座に飛んできた。
『広臣さん、こんばんは!』
喜びと驚きで返事を打てずにいると、更に追撃が来る。
『早速お話ししましょうか。楽しみです!』
いきなり通話が来たので、腹を括って出ることにする。
「も……もしもし」
「フフッ。電話じゃないんですから。あ、今画面を映しますね」
ビデオ通話の画面に映っているのは九十九サクラ。瞬きもするし、呼吸に伴って僅かに左右に揺れている。
一番ベーシックな衣装の制服姿。ピンク色のポニーテールは今日も細かく揺れている。
「ほ、本物だ……」
「それはこっちこそですよ。トヨトミP、AtoYot。それにあの名もなき歌うたい。私からすれば広臣さんこそあの本物の人かって感じですから」
透き通った声はいつも配信で聞いているサクラちゃんの声そのものだ。
「いや……そんな大した事してないですよ……」
「フフ、そんなことないですよ。いつも歩道橋の上から見てるんです。良い声をしてますよね」
「あ……ありがとうございます。俺も見てますよ、配信」
「そうなんですか!? 嬉しいです!」
サクラちゃんの声のトーンが一段上がり、目が笑って細くなる。
「そういえば……サクラちゃんって高校生ってきいたんですけど本当なんですか? もしかして、浅野さんと同じ高校だったりします?」
浅野さんと同じという事は、つまり俺と同じ高校という事。そんなまさかな事があり得るのかと思いながら尋ねると、サクラちゃんは押し黙ってしまった。
横にゆらゆらと揺れていたが、少しして口を開く。
「えぇと……秘密です。でも、高校生というのは正解ですよ。彩芽の一つ上なんです」
「あ、そうだったんですね。普段はあのスタジオから配信をしてるんですか?」
「いえ、私は自宅からなんです。スタジオにはたまに顔を出すのでもしかするとお会いする事もあるかもしれませんね」
サクラちゃんと普通に話せて、あのスタジオのリビングで一緒にテレビを見たりご飯を食べたりする。そんな事があり得るだなんて昨日までは思いもしなかった。
◆
一日一時間という事だったが、好きなゲームの話なんかをしていたらあっという間に二時間が経っていた。
「あ! こんなに長い時間お話しちゃいましたね」
サクラちゃんが口に手を当てて笑いながらそう言う。
「お、俺は全然! 何時間でも!」
「でも、作曲もしてもらわないとですし、睡眠も大事ですよ!」
「あ……そうですね」
「広臣さん、作曲の件を引き受けて下さってありがとうございます。私、広臣さんが好きなんですよ」
「すっ……好き!?」
「あっ……えぇと……ちがっ、あ、あれです! 広臣さんの曲が、ですよ。明日は曲の事とか聞きたいです! トヨトミPとかもよく聞いてるんですよ!」
「え……あ、ありがとうございます」
あたふたとしているので何か変な感じはするのだが、会った事もない人をいきなり好きになる訳がないだろう。
「フフ、最初はアイリスの曲でしたっけ? 楽しみにしてますね。あ、でも私の曲に一番気合を入れてくださいね。約束ですよ?」
「もっ、もちろん! 何ならサクラちゃんの――」
サクラちゃんの曲だけたくさん書きたいが多分それはサクラちゃんが望んでいない事だろうと思い言い淀む。
サクラちゃんはあくまでvHolic全体の事を考えている。そのために俺とも話をしてくれている。
そんな事を思い出してしまうと、ふと空しい気持ちに襲われる。
「広臣さん? どうしたんですか?」
「いや……サクラちゃんは本当に良いんですか? 忙しいだろうに、毎日俺と話すだなんて」
サクラちゃんはまた少しの間黙る。だが、またニコッと目を細めて笑う。
「そんな事気にしてたんですか? 私はずっと歩道橋から見てたんです。話してみたかったけれど、話しかけられなかった。だから私もこの時間は望んでたんですよ。彩芽には感謝しないとですね」
「そっ、そうなんですか!?」
「えぇ。あっ、そろそろ今日は止めましょうか。また明日も話せますし」
サクラちゃんの提案で今日の通話は終わりを迎える。通話時間を見ると二時間越え。初日からハイペースだ。
「そうですね。おやすみなさい」
「はい。作曲、ファイト! ですよ」
最後に可愛く応援をすると、サクラちゃんはブツっと通話を切った。
本当にサクラちゃん本人と一対一で話せてしまった。明日学校で浅野さんに何てお礼を言えばいいのだろう。
既に日付は回っているが、浅野さんには「お礼の気持ちは作曲で」なんて言われそうなので、一フレーズでもと五条アイリスのための曲を書き始めるのだった。
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