第8話
「よろしく……ってもなぁ……」
菊乃が頭を抱えながらテレビをつけ、ソファに腰掛ける。俺も帰って良いのか分からず、少し離れてソファに座る。
菊乃が見始めたのは民法のチャンネルではなく、五条アイリスの配信チャンネルだ。
既に枠が抑えられていて、五分後には配信が始まる手筈が整っている。
今頃、何番かわからないが、スタジオの使用中のランプが灯っていることだろう。
「浅野さんって……本当に五条アイリスなんですね」
「それを言うならお前も本当にAtoYotなのかよ」
「菊乃さんも本当に七尺セントレアなんですか? 配信だともっと清楚な話し方ですし……」
「あぁ? 私が清楚じゃないって言うのかよ」
菊乃は飲み干したコーラの瓶を逆さに持って鈍器のように握りこちらへ向けてくる。その動作で既に清楚とはかけ離れているのだけど、それを言うと本当に叩かれそうだ。
「ま……まぁまぁ。そういえば皆さんおいくつなんですか? 浅野さんとはだいぶ離れてるので……ひっ!」
コーラの瓶が目の前をかすめていく。壁に当たったが奇跡的に割れずにそのまま床に落ちた。
菊乃は既に鈍器代わりにするのも飽きたのかテーブルに立てているので別の物だろう。
飛んできた方向を見ると、撫子が殺人鬼と遜色ない目で俺を睨みつけていた。
「ヒッヒッ……お、おまえ、やめとけって。地雷だぞ……」
菊乃は七尺セントアにそっくりな引き笑いで、腹を抱えて笑っている。
「あ、すみません。今のは二島クラベルに対しての質問でした? 中の人に聞くことじゃないですよね? ご存知だと思いますけど、クラベルは十八です」
「ちなみに撫子は十八歳と九十七ヶ月だぞ」
「菊乃! それは言わない約束じゃないですか!」
「ヒッヒッ……そのうちいい人が現れるって。焦る方が良くないぞ」
何となくだが、菊乃と撫子では撫子のほうが年上そうだ。そして、撫子はかなり歳を気にしている。二十六か七くらいなので結婚なんかを焦ったりする歳なのかもしれない。
「なんか……すみません……」
「謝んなって! それより彩芽とはどうなんだよ。若い者同士有り余るリビドーをぶつけ合ってんのか!?」
菊乃はまた清楚とはかけ離れた下品なジェスチャーを見せる。今度は俺をいじる方に切り替えたらしい。
「なっ……そ、そんなことしてないですって! ただ席が隣なだけで……」
「本当にそれだけなのかぁ? 彩芽はちょくちょく名前を出してたけどなぁ。『広臣君ちゅっちゅっ』てな」
「ほ、本当ですか!?」
「冗談に決まってるだろ。これだから童貞は困るんだわ」
プロレスを仕掛けてきているのは分かるのだけれど、菊乃とは初対面なのでいきなりハードないじりをしてきたと面食らう。
別に浅野さんが好きというわけではないが、好意を向けられて嫌がる人は少ないだろうし、俺もそうだ。なので少しは上げて下げられた感じにはなった。
「菊乃、高校生相手にそういうのはやめましょうね」
撫子がソファの背もたれ側にやってきて背後から菊乃をたしなめる。
「あんだよぉ……瓶を投げつけたやつが何を言っても説得力に欠けるんだよなぁ」
「あっ……あれは……ちょっとタイムリーで……今日も占い師の人に婚期はまだ先だと言われて凹んでたんです……すみません……」
菊乃はまた引き笑いで大きな笑い声を上げる。
「ま、高校生には縁遠い話だわな……お、始まるぞ」
そうこうしているとアイリスの配信が始まった。
「皆ぁ! 会いたかったぞぉお! 遅くなってごめんねぇ!」
コメントが一気に加速していく。待機時点で数千人いた視聴者もあっという間に一万人を超えた。
五条アイリスのウリはトーク力。何の配信をしていてもラジオ感覚で流し見もできるのが幅広い支持を受けている。
「やっぱりすごい人気ですね……」
「そうだよなぁ……サクラ、アイリスは別格。私達は不人気キャラだよ」
菊乃の声に嫉妬や羨望は欠片も感じない。ただ淡々と事実を受け入れているだけの言い方だ。
「そんなことないと思いますけどね。俺はよく見てますよ」
「ありがてぇなぁ……ま、一人一人を大事にっていうのと沢山の人に見てほしいっていうのは両立しづらいしな。今くらいが丁度いいのかもな」
「会社目線で見れば、顧客単価が高いのはセントレアですよ。お金だけの問題ではないですけどね」
撫子が菊乃の頭をなでながらそう言う。七尺セントレアにはコアなファンが多いということなのだろう。
「会社って……四人だけの事務所なんでしたっけ?」
「そうだぞ。撫子が社長。私は平社員。あとの二人は高校生だからマネージメントだけしてるって感じだな」
「意外としっかりしてるんですね……」
「意外とは余計だろ」
ヒッヒッと菊乃が笑う。それよりも何か大事なことを聞いた気がする。
撫子は社長で菊乃は社員。あとの二人は五条アイリスこと浅野さんと、九十九サクラ。
そして、その二人は高校生。
つまり、九十九サクラの中の人は高校生。
「ええぇ!? サクラちゃんって高校生なんですか!?」
「きっ……菊乃!」
撫子が慌てて菊乃の頭を叩く。
菊乃もつい言ってしまったとばかりに舌を出して誤魔化そうとしたが、俺の興味はサクラちゃんの中の人にうつっていった。
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