第5話

 浅野さんに「信じさせろ」と言われて連れてこられたのはお高めなファミレス。これだけで浅野さんへの信用が更に高まりそうになる。


「さぁ! 何でも頼んでくれたまえ!」


「あ……うん」


 昼飯をそれなりに食べているので、光り輝くハンバーグもステーキもあまりそそられず、浅野さんのテンションについていけない反応をしてしまう。


 浅野さんは向かいの席で爆速でメニューをめくり、次から次へと目星をつけている。


「ねぇねぇ、決まった? 決まった?」


 待ちきれない、といった様子でメニューの上から顔を覗かせて聞いてくる。


「あ……うん」


 浅野さんはニッコリと笑うと手を上げて店員を呼び出した。


 視界の端にすら入っていなさそうな呼び出しボタンを押すと、浅野さんは気まずそうにこちらを見てくる。


「あ……アハハ。そっちなんだね」


「お腹が空きすぎて食い物しか目に入らなくなったんだな」


「いやはや……お恥ずかしい……このことは『コレ』でお願いします」


 浅野さんはコレと言いながら片目を瞑り、人差し指を立てて自分の口に添える。そんなぶりっ子としか思えないあざとい仕草もいちいち可愛らしく見えてくるので性格と声の与える印象はとても大事だと再認識させられる。


 店員が来たところで浅野さんは欲望の限りのメニューを頼んだ。俺はテーブルの隙間に置けそうな縦長なパフェだけを注文した。


「でさぁ、広臣君っていくつ顔があるわけ?」


「顔は一つだろ」


「そういうことじゃなくてさぁ」


 浅野さんは自分の問いへの回答をはぐらかされたからか、頬を膨らませて抗議の意を示してくる。 


 聞きたかったのは、俺がいくつの名義で活動をしているのか、ということなのだろう。


「分かってるって。でも浅野さんが知ってる範囲と同じだよ。ボカロPとアイドルへの楽曲提供、それと高校生」


 後は恥ずかしくて言えないが、駅前で弾き語るシンガーソングライターもある。


「ふぅん……」


 浅野さんは何か気に食わないようで、眉間にシワを寄せてこちらを見てくる。


「なっ……なんだ?」


「彩芽(あやめ)」


「だからなんだって」


「彩芽がわたしの名前。私は広臣君のことを広臣君って呼ぶのに、私が浅野さんは無いでしょ」


「それだって……知らないうちに……」


 入学して早々の席替えで隣になった浅野さんは、ほぼ友達のいない俺にもちょくちょく絡んできた。陽キャはいきなり人を下の名前で呼ぶので苦手なのだが、気づけば浅野さんに広臣と呼ばれるのが普通になっていて忘れていた。


「彩芽だよ。はい、どうぞ」


「あっ……あ……」


「ん?」


「あ……あさの……さん」


 浅野さんは俺が負けたと分かるやいなやニヤリと笑う。


「ふふん。まぁいきなりだしね。私は広臣君と仲良くしたいんだ。曲のこともあるけど、それ以外にも、ね」


 意味深な発言に心臓がバクンとはねる。このまま浅野さんのペースに巻き込まれたくないので、話を変えることにした。


「そ……そういえば、俺が作曲業をしてるってどうやって調べたんだ?」


「探偵に頼んだんだ」


 浅野さんはなんてことないように言ってのける。


「たっ……探偵!?」


「そうだよ。その……かっ……か……彼氏が浮気してるって設定で……」


 そう言うと浅野さんは顔を真っ赤にして俯く。嘘とはいえ、彼氏の浮気調査だといって探偵事務所にいくのはそれなりに恥ずかしかったのだろう。


「それで、その彼氏は浮気してたのか?」


「うん! レコード会社の担当の人と、楽器屋の受付の人、カフェのお姉さんだね」


「いや、それ……ほとんど知らない人だぞ」


 会話をしただけで浮気認定されたらたまらない。


 その三人の中で俺のことを個体認識しているのは精々レコード会社の担当の人くらいだろう。楽器屋の人もカフェの人も俺はもう顔すら出てこないのだから。


「ま、冗談はさておき、レコード会社の人から芋づる式に正体が分かったって訳。名前もわかりやすかったからね」


 担当の人が見ているのは俺が楽曲提供をしている女性アイドル全般。そこに加えて俺の名前、曲の特徴をみていくと豊田広臣、AtoYot、トヨトミPの三人が繋がったということらしい。


「なるほどな。ちなみに……駅前でやってるのは知ってるのか?」


「弾き語り? もちろん。サクラは弾き語りをしてる時の顔が一番好きだって言ってたよ」


「なっ……さ、サクラちゃんが見てた……ムググ……」


「ちょ、声大きいって」


 誰も見向きもしないと思っていた俺の弾き語りをサクラちゃんが見てくれていたらしい。


 感激と驚きで声のボリューム調整が効かなくなったところで、浅野さんが俺の口を塞いできた。


 浅野さんはテーブルから身を乗り出し、結構な力で抑えてくるので押し返すのに精いっぱいだ。


 そんな事をしていると、注文したハンバーグとパフェが運ばれてきた。


 ソバージュというのか、焼きそばみたいにクルクルな髪の毛を後ろでまとめている店員のお姉さんは俺と浅野さんを交互に見ると、俺の前にジュージューと鉄板が音を立てているハンバーグを、浅野さんの前に可愛らしいフルーツパフェを、少し乱暴に置いて去っていく。


 去り際に「リア充が」と聞こえた気がしたが、俺と浅野さんはそういう関係ではない。


「感じ悪! 別に高校生がイチャイチャしてても良いじゃんねぇ」


 浅野さんは店員の態度に一瞬だけムカッとしたようだが、すぐにヘラヘラと笑いながらハンバーグに視線を固定して、自分の方に引き寄せていく。


「ま、可愛い私にはパフェが似合うと思ってくれたみたいだし、許してもいいかな」


 パフェをこちらに差し出すと、浅野さんはニシシと笑って、ハンバーグにフォークを突き刺した。

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