第4話
放課後のチャイムと同時に浅野さんが隣の席から身を乗り出し、小声で話しかけてきた。
「広臣君、すぐに行きたいんだけどいいかな?」
「あ……うん。大丈夫」
「うし! 帰ろう帰ろう!」
浅野さんは机の上にあった筆箱なんかを雑にリュックの中へ放り込んでいく。
経験則から言うと、雑に放り込んだ筆箱の中ではシャープペンは分解されるしボールペンのキャップが外れてインクはぐちゃぐちゃになる。
老婆心からそんな指摘をしたいのだが、浅野さんはそそくさと俺の鞄も一緒に持って教室から「皆! おつかれ!」と走り去ってしまった。
残されたクラスメイトからの「あいつは何故浅野さんとあんなに仲良しなんだ」と言いたげな目線に耐えながら教室の出口に向かう。
だが、あと一歩のところで出口をガッチリと塞がれる。
「おう。豊田ぁ。どこに行くんだ?」
威圧的な風貌と声。柴田(しばた)だ。下の名前は知らない。
何故なら、クラスは何個も離れているくらいに遠い場所にあるのに、俺にやたらと絡んでくるからだ。
入学早々にロックオンされてから、無視し続けているものの、たまに逃げ切れずに財布から少しだけお金を渡している。印税がたんまり入ってくるので痛くも痒くもないし、怪我をするより金で解決できるならそれで良い。俺の腕や指の健康は金では買えないのだから。
「あ……どこって……えぇと……帰ろうかと」
そう返事をすると、取り巻きの一人が声を上げる。
「あぁ!? 俺達に通行料も払わずに帰ろうってのか!?」
「い……いや……通行料って……ここ公共の場所だし……グッ……」
穏便に逃げようとしたのだが、柴田に胸ぐらを掴まれる。
身長差はさほど無いので足が浮くようなみっともない格好にはならない。
喉のあたりに少し手が当たってしまった。声に影響が出そうでキッとにらみつける。
「あ? 何なんだよ?」
「い……いや……なんでも……ない……です」
「ギャハハ! そうだよなぁ! それで、通行料はどうすんだ?」
「はっ……払うけど……鞄がないんだって」
「鞄ならここだよ?」
柴田の方向から、柴田が出しているとは思えないほど可愛らしい声が聞こえる。浅野さんの声だ。
柴田も驚いて俺の胸ぐらから手を離す。
「あっ……浅野?」
「通行料とか言ってたけど何の話かな? 私も払ってないんだけど」
「い……いやいや! 冗談だよ! 豊田とは遊んでただけだって」
「ふぅん。そっか。広臣君、帰ろうよ!」
浅野さんの前では穏便に済ませたいのか、誰も俺に手を出してこない。
浅野さんが俺の手を掴んで引っ張ってくれる。
手を繋いでいると気づいたのは、校門を出たあとだった。
「あ……ごめんね。私、手汗凄かったよね。ちょっと怖くてさ」
先に気づいたのは浅野さん。照れ隠しなのか、少し顔を赤らめながら笑い手を離す。
「あ……いや……その……ありがとう。助けてくれて」
「どう!? 私って格好良かった? 正義の味方みたいだったかな?」
俺の礼に対して、間髪入れずに冗談とも本気とも取れないトーンで尋ねてくるのでやや驚きつつも頷く。
「あ……そ、そうだね。本当なら俺の方が助ける役回りになるはずなのにな」
「フフ。そうなってくれたら嬉しいな。とりあえず行こっか」
浅野さんは柔らかくはにかむと俺を先導するように学校から続く道を行く。
「どこに行くんだ?」
「んーとね……ひ、み、つ、で、す」
軽やかな一歩に一音を当てはめながら浅野さんが答える。
普段の通学路とは違う方向なことと、行先もわからないので少し不安に思う。
「あ、大丈夫だよ! 変なところにはつれてかないから! ね?」
俺の顔を見て何かを察したように浅野さんが慌ててフォローを入れてくる。
「いや、まぁ……信用はしてるけど……そんなに話したこともなかったしな」
「うーん……それもそうだね。じゃあちょっと自己紹介も兼ねてファミレスでも行く?」
「あ……うん。いいぞ」
ニパァと浅野さんの顔が輝く。よほど腹が減っていたみたいだ。
「やったぁ! お腹空いてたんだよねぇ!」
「昼ご飯あれだけだもんなぁ」
浅野さんの昼飯はパンとおにぎりを数口かじっただけ。
不意に俺が加えたパンを浅野さんが反対側からかじってきたことを思い出す。
あれは何がしたかったのかわからないが、あまり異性と触れ合う機会のない俺にとってはそれなりに記憶に残る行為だった。
「ん? どしたの? あ! ちょっとまっててね」
浅野さんは相変わらず一人でバタバタと俺を覗き込んできたり、携帯を取り出したりと思いついたことをしている。
スマホを両手で持ち、何か文字を入力しているのは分かるが、どこで何をしているのかまではわからない。
浅野さんはすぐに打ち終えると俺に画面を見せてくる。
「じゃーん! 見て見て! 本物の証拠!」
そこにあるのはSNSの投稿画面。アカウントは五条アイリスのものだ。
『今日少し忙しいので配信遅れる〜ごめんね〜』
浅野さんは俺に送信するところを見せつけるように画面上の投稿ボタンを押す。すぐに投稿に成功した旨の通知が画面に表示された。
「ほっ……本物なのは疑ってなかったよ」
「本当にぃ? どうせものまねしてるだけの痛い女だと思ってたんじゃないのぉ?」
浅野さんが俺をジト目で見てくる。
「い……一ミリくらい……疑ってた、かも」
「ほらぁ! やっぱり見せといてよかったぁ! でも、これでちゃんと信用してくれたかな?」
一応俺のスマホでもSNSを開く。アイリスは当然フォローしているので、タイムラインにすぐに同じ投稿が流れてきた。
「いやもう……信じるしかないよな」
「ありがと。じゃ、次は私に広臣君の事を信じさせてね」
浅野さんは俺の言葉を聞くとニッコリと笑ってそう言った。
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