第3話

※※※






 美希が戻ってきてから一カ月程が経ち、すっかりと今の生活にも慣れてきた。

 家に帰れば笑顔の美希が俺を出迎え、一緒に夕食を取って夜は美希を抱きしめて眠る。そんな、幸せな毎日。


 俺は右手に持った小さな箱を目前で掲げると、それを見つめて微笑んだ。

 今日は、美希と付き合って十年目の記念日。高校の同級生だった俺達は、俺の一目惚れから交際をスタートさせると、時々小さな喧嘩をしながらも順調に関係を築き上げてきた。

 そう——あの日、突然美希が俺の元から消えてしまった日までは。


 イチゴの乗ったショートケーキを嬉しそうに食べる美希の姿を想像すると、ケーキの入った箱を持って自宅へと急ぐ。

 ——すると、家に近付くにつれて徐々に騒がしくなってきた周りに気が付き、嫌な予感がした俺は、自宅へと向かって一気に駆け出した。


 目の前に見えてきた自宅へと続く角を曲がると、そこにはたくさんの人集ひとだかりと二台の消防車が止まっている。さらに奥へと続く道の先へと視線を移すと、驚きに身を固めた俺は右手に持っていた箱を落とした。


 愕然と立ち尽くす俺の視界に映っているのは、俺の住む木造アパートが勢いよく燃え上がっている光景だった。




 ———!!!




「……美希っ!!!」



 群がる人集ひとだかりを押し退けると、俺は家の中へ入ろうと必死に前へと足を進める。



「……っ君! 危ないから、下がって!!」


「美希が……っ! ……っ美希がまだ、中にいるんだ!!!」



 制止を振り切ると、急いで階段を駆け上がって自分の部屋へと向かう。



(美希っ……、美希……っ!! 無事でいてくれ……っ!!!)



 燃え盛る炎の中、なんとか自分の部屋まで辿り着いた俺は、呼吸もままならない程の煙の中で必死に美希の姿を探す。



「美希っ!!! ……っ、美希!!! 」


「京、ちゃん……」



 微かに聞こえてきた声に目を凝らすと、そこには、泣きながらうずくまっている美希の姿があった。

 俺はすぐさま美希の元へと駆け寄ると、その小さな身体を優しく抱きしめた。



「美希……っ。もう、大丈夫だよ」


「京ちゃん……」



 涙を流しながら、震える小さな手で俺を抱きしめ返した美希。



 美希が俺の元へ戻ってきた日——美希は、俺にこう告げた。



『この家から出たら、私は消えてしまう』



 腕の中にいる美希をキツく抱きしめると、俺はその耳元に向けて優しく口を開いた。



「……大丈夫。もう、美希を一人にはさせないから」



 抱きしめている身体をほんの少しだけ離すと、俺は美希の唇にそっと優しくキスを落とした。



「……愛してるよ、美希——」



 そう告げると、俺は目の前の美希を見つめて優しく微笑んだ。




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