恋慕

第1話

※※※




 ある日突然、


 死んだ愛する人が生き返ったとしたら——



※※※






 それはある日、突然の事だった。


 今日もいつものように仕事を定時に終わらせた俺は、アパートの鍵を開けて誰もいない家の中へと入った。

 玄関に飾られた写真に、そっと指で触れる。



「ただいま、美希」



 ポツリと小さく呟やけば、そんな俺に向けて写真の中の美希が笑顔を見せる。



 ——俺たちは一年前、結婚するはずだった。


 結婚式を一週間後に控えた俺に知らせが届いたのは、そろそろ仕事を切り上げて会社を出ようとしていた時だった。今しがたしまったばかりの携帯が鳴り出し、俺は鞄から携帯を取り出すと画面を見た。

 そこには、知らない番号が。


 誰かと思いながらも、俺は画面に触れると携帯を耳にあてた。



「はい」


『—————』



 電話口からの知らせに、携帯を持つ俺の右手は小刻みに震え始め、ついに力をなくしたその手は握っていた携帯を離した。床へと向かって滑り落ちた携帯は、薄暗い部屋の中でカシャーンと無機質な音を上げる。

 


 美希が——交通事故で、亡くなったとの知らせだった。



 それは、あまりにも突然の出来事だった。


 あの日から——。

 俺は美希のいなくなったつまらない人生を、ただ生きる為だけに淡々と過ごしていた。今日もそう。それは変わらないはずだった。


 テーブルに鞄を置き、ジャケットを脱ぐとハンガーに掛けようと寝室の扉を開く。




 ———!!




 寝室の前で突っ立ったままの俺の手元から、ゆっくりとジャケットが滑り落ちてゆく——。


 俺は、目の前の光景にただただ驚愕した。



「おかえり。……京ちゃん」



 ベッドに腰掛けた美希が、俺に向けて優しく微笑む。

 俺は震える身体でゆっくりと近付きながら、カラカラになった喉から小さな声を絞り出した。



「美、希……? 本当に……っ、美希なのか……?」


「……うん。京ちゃんに会いに来たよ」



 そう言って俺に微笑みかける美希。


 どんなに会いたいと、毎日願った事か——。

 俺は震える指先で目の前の美希の頬にそっと触れると、まるでその存在を確かめるかのようにキツく抱き寄せ、その身体にすがり付いた。



「美希……っ! 美希……っ、会いたかったよ……美希っ!」


「私も……。会いたかったよ、京ちゃん」



 そう言って、俺を優しく抱きしめ返してくれる美希。

 これは一体どういう事なんだとか、疑問はたくさんあるけれど……。そんな事、どうだっていい。

 腕の中にある確かな存在に、俺はただ、喜んだ。



 ——美希がいる、それだけでいいんだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る