朝の一幕

 

 グレイから婚約を破棄しようと提案された翌日。


 昨日の内にお父さまへ婚約を破棄する提案を受けたことの報告は送っています。早ければ今日の内に返事が届くと思うのですが……


「あら?」


 私に割り振られた学生寮の一室で朝の支度をしていると、ドアを叩く音が聞こえた。おそらく私が寮生活をする上で一緒について来たメイドのレアによるものだろう。


「お嬢様、中へ入ってもよろしいでしょうか?」

「入って良いわよ」


 予想通りレアの声だった。誰なのか判断出来たのですぐに私は入室の許可を出した。


「失礼します」

「何かあったのかしら、レア。いつもより早い時間だけど」


 部屋に入ってきたレアにさっそく声を掛ける。

 メイドであるレアは学園がある日は毎朝、私の支度を手伝いにくる。それはここへレアが居る理由ではあるのだけど、基本的にいつも同じ時間に部屋にやって来る。

 そのため、少しではあるけれど、早く来た、という事は何かしらの理由があるという事になるはず。


「あ、はい。それなのですが、当主様からのことづけが一件」


 当主から、という事は、昨日お父さまへ送った報告の返答が早朝にレアのところへ届いたという事ね。


「それと、それに関係して……」

「何かしら?」


 何故かレアが言葉を言い淀んだため、その先を促すように問いかける。


「それが、あの……」

「すまないが時間が無いので、入らせてもらいますよ」

「は、え?」


 レアが言い淀んでいる内に部屋の外で待機していたのだろう、人物が部屋の中に入ってきた。

 その人物は、最近は見ていなかったものの見知っている人物だった。


「えっと、お父さまの秘書がどうしてここに?」

「昨日の報告について、そうレアが言っていましたよね? それに関係しての事です」


 たしかにレアが『それに関係して』とは言っていた。ただ、その先の事を一切言わなかったので、すぐに目の前の光景が一致しなかった。


「ああそう。とりあえず、貴方がここに来たという事は、貴方が昨日私が送った報告についての返答を伝えてくれるという事で良いのかしら?」

「はい。それも含めて、いくつか質問があるのでお答えいただきたい」

「質問? まあ、いいけど……」


 送った報告の返答を聞くだけだと思っていたのに、それについて質問されるなんてどうやら面倒なことになっているみたいね。

 

 お父さまの執事であるコルトは質問の準備として鞄の中から立ったままでも使える書版を取り出した。


 質問に対する私の答えを書きとるものなのだろうけど、いつもとは違い少し手間のかかることをしているような気がする。いつも通りであれば、聞き取っただけで、そのまま直接お父さまや情報を管理している人たちに言伝で渡していたような記憶がある。だけど今回は違うようだ。


「昨日の報告についてですが、グレイ様から婚約破棄の提案をされたというのは本当のことですか?」

「? ええ、そうよ」


 根本的な部分から疑われていることに少し疑問を持ちながらもそう答える。


「理由はお嬢さまが、グレイさまが複数の女性を侍らせていることを注意したという部分もですか?」

「うん、そうよ」


 昨日の状況をほぼそのまま報告書に記載したのだけど、その内容自体が疑われているようね。まあ、婚約者が居る男性が他の女性を複数侍らせている、という状況は見ていなければ理解できないのはわかるけど。


「そうですか。……普段から、似たようなことをしているのでしょうか?」

「そうねぇ、頻繁とは言わないけど、数日に一回くらいかしら。グレイはあれでいて見た目だけは良いから、他の女が寄って来るみたいなのよ」


 昨日のことは初めてではない。ああやって、婚約を破棄するといった話を出されたのは初めてではあるけれど、注意自体は割としている。


「……わかりました。お嬢さまからの報告についての質問はこれで終わり……いえ、もうし訳ありません。もう1つありました。サシアさまとグレイさまを会わせる、というのは何処から来たのでしょうか。理由が理解できないとご当主が嘆いていましたが」

「えぇ、書いた通りなんだけど。一々注意してきてウザイ私よりも大人しくて従順そうに見えるサシアの方が良いって言うから、いっそのことサシアと会わせてその幻想を壊してあげようと思って、ね?」


 私の言葉を聞いて、コルトは呆れたようにため息を吐いた。


「最後の一言を省かないでください。その部分が無いと、どうして会わせようとしたのか、理由がさっぱりわかりませんでした」

「え、あ、あれ? 書いていなかったかしら? ごめんなさい、無意識の内に端折っていたのかも。でも、貴方だってある程度の理由は察することはできたのでしょう?」

「まあ、そうですね。ですが、確証を得ることは出来ませんでしたから」


 コルトはそう言いながら書版に今の事を書き込んでいた。少しの間、書版に視線を落としていたコルトが視線を再度私の方へ向ける。


「では、こちらが本命の質問なのですが、昨日、お嬢様の報告から少ししたところで、グレイさまの家から書面が届きました」


 あの時、グレイも報告しておくと言っていたから、それに関するものでしょう。ただ、他家に送る書面をこれほど早く送ることはあまりないので、緊急性が高い内容だったのかもしれません。何やら嫌な予感がしますね。


「内容を掻い摘んで言うと、『息子であるグレイがそちらの娘であるレインから不当な扱いを受け、日ごろから多くの者の前で恥をさらされている、と報告を受けた。それについて直接会って話がしたい。ただ、こちらとしては息子の主張に確証がある訳でもない。しかし、息子の意見を尊重し、グレイとレインの婚約を破棄する方向で話を進めたい所存である』といったところです」

「そう」


 予想通り、というか、ここまでわかり易いことをするなんて、昔からうわべを取り繕うことしか出来ない人なのよね、グレイって。

 こんな嘘というか、自分にとって都合の良いところだけを報告している事なんて調べればすぐにわかるようなものでしょうに。


「先ほどした質問と似たようなものになってしまいますがこれについての回答を求めます」

「求めます、って。まあ、グレイ視点から見ればそうなのかもしれないわね。ただ、さきに答えたように私はグレイが他の女性を侍らせていることを指摘したり、不適切な行動を注意したりしているだけです」

「恥をさらされている、という部分については?」

「それはグレイの自業自得と言うか、私が注意したことに対して大声で反論や言い訳をしているから変に目立っているだけですね。それを私の所為にして、婚約破棄に繋げようとしているだけでしょう」


 もしかしたら、普段から本当に私の所為だと思っているのかもしれませんけれど。


 本当に毎回毎回、勢いや声の大きさで誤魔化そうとしているのが丸わかりなのですよ。まあ、誤魔化そうとしているということは、自分の行動が良くないことだと認識しているということでもあるのですが。一向に直そうとしない時点で自覚していないのと同義でしょうけど。


「……なるほど、とりあえずおよその状況は把握しました。それで、これは既に決定していたことですが、私とあちらの方の家の者が今日から数日間、学園内でお二人の動向を陰ながら確認しますので、私たちのことは気にせず、普段通りの生活をしてください」

「え、あ、はい。わかりました」


 確かに当人同士の主張を鵜呑みにすることは出来ないからそうするのもわからなくはない。ただ、この事って私に言っていいことなのかしら、ちょっと疑問ね。

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