監視終了

 

 朝の一幕を終えた後、学生寮を出ました。


 学生寮は学園の敷地内にあるため、学園の校舎までの移動にはそれほど時間はかかりません。えぇ、それほどかからないのです。問題は校舎の中。


 長い歴史を持つこの学園は、時の流れとともに貴族の数が増えた際や学園長の威厳の誇示などによって校舎の増築を繰り返し、とても広い物となっています。

 校舎の端から端までの移動など、講義の間の時間では到底辿り着けないくらいには距離があります。まあ、そのような移動を求めるような講義は存在しませんので問題はないですし、実際に使われている教室など全体の半分を少し超える程度なので、使用されている教室がある範囲はそれほど広くはありません。


 そんな感じの校舎に入ると、私は先に学生会室へ向かいます。学生会室は校舎の入り口からそう遠くない場所に位置しているため、わりとすぐに到着します。


 これでも私は学生会の役員をしているのです。

 学生会に入った理由はグレイに対する指摘に正当性を持たせるとか、指摘や注意を私とグレイのやり取りではなく、学生会の役員の注意として矛先の的を大きくする目的もあったのです。まあ、それも残念ながら今回の件で無に帰すことになってしまいましたけど。


 学生会室のドアを開け、中に入ります。

 時間が少し早いこともあり、部屋の中には誰もいませんでした。しかし、部屋の鍵が開いていたことからして、誰かが先に来ていることは確実でしょう。


 学生会室に置かれている机に荷物を置きます。そしてそこに一番近い位置にある椅子に座り、前日に提示されている教師から要望書を確認します。


 うーん。確認した限り、私が出来るようなことはないですね。ということは、今日は補助の予定は無しですか。


 実のところ、学生会の仕事はそれほど多くは無いのです。校舎内の見回りは警備の騎士が常駐して見回っていますから、やるのは自由ですし、取り締まりなども貴族としての立場がありますから下手なことは出来ないので、基本的にそれは教師がしています。


 では学生会の役員が何をやっているかというと、主な役割は教師の補助になります。あくまでも、参加している講義に限った話ではありますが、現状、ほぼすべての講義の補助が出来る程度には学生会に参加している生徒は存在しているのです。

 多くの学生会の参加者は教師からの評価を上げるためにしているようなものですが。


「おや、もう誰か来ているようだね」


 要望書の確認が終わり、時間つぶしのためにこの後の講義で使う資料を読み込んでいると、誰かが学生会室へ入ってきました。

 

 学生会室に入ってきたのは副会長であるケイニー様。家格は侯爵家となるため、私よりも上の方で学年も1つ上になります。


「おはようございます。ケイニー様」


 この方は私と同じように率先して教師の補助をしている方で、割と気の合う方ですね。


 これまでも何度かこの方が婚約者だったらいいのに、と考えたことが有りましたが私には婚約者としてグレイが居ましたし、ケイニー様にも婚約者が居ますから叶わぬ願いでした。


「ああ、おはよう。レイン。学園の中では家格で上下関係を作ってはいけないという物があるのだから、出来れば様付けは止めて欲しいのだけど」

「形式上はそうかもしれませんが、実際には気にする方が多い以上無理ですよ」

「私は気にしないのだけどね」

「こればかりはケイニー様に言われても無理ですよ」


 本人が気にしていなくとも周囲の人がどう思いかなんてわかりませんからね。


 学園に所属している学園生は家の家格を誇示してはならない。というルールがあるのは事実です。ですが、先の事を考えればそんなことをするのは無理ですし、ルールがあったところで、それを無視している学園生を教師陣が取り締まれる訳でもないのです。

 学園には教師が絶対上位という物もありますが、学園生の裏に付いている当主の影がある以上、強く出られない現状があります。


 最初期の学園では、それが徹底されていたようですが現状を見る限り、それは疑わしいところですね。

 これらについては私がどうこう思ったところでどうなるものではないので、このルールに従うのは悪手でしかないのです。


「残念だ。……ああ、そう言えば昨日は散々だったね」

「はい?」

「食堂での件だよ」

「見ていらしたのですか」


 周囲に多くの学園生が居たとはいえ、ケイニー様にまで見られていたとは。恥ずかしい限りです。


「いや、直接は見ていないよ。他の人たちが噂にしていたから知ったんだ」

「あ、そういう事ですか」


 直接見られていなかったことに安堵しますが、知られていることに変わりはありません。それに噂が広がっているのですか。普段から同じようにしているので似たような噂はいくらか流れたことが有りますけど、それは数日で収まる範囲でしたからね。今回の件は数日で収まりそうな気配が一切しないので、少々厄介そうです。


 それを思うとあの時、もう少しグレイの事を抑えられていればと思わずにいられません。


 学生会室を出て、本日最初の講義がある教室に向かいます。

 移動中、ちらほら私の事を見て来る方が居られますが、これは噂によるものなのでしょうか。まあ、見られたところでなにかある訳でもありませんし、気にするだけ損という物でしょう。



 そして本日の講義も恙なく終了しました。

 グレイに関しては今日の講義で1度も姿を確認することは出来ませんでした。同じ講義をいくつか選択していたと記憶しているのですが、出席はしていなかったようです。


 これが実家に帰って何かをしているというのなら問題はないのですが、もし女性との逢引でしたら、問題にはなるでしょうね。


 婚約を破棄する話は進んでいますが、まだ正式にしている訳ではありませんし、グレイ側が私に問題があると婚約破棄の理由を押し付けたいのでしたら、弱みと言うかグレイ自身が立てた計画の破綻に繋がるようなものです。


 グレイからしてみれば、あちらの当主が同意を示している段階で婚約は破棄されたと判断しているのでしょう。しかし、正式な手続きを踏んで纏めた婚約であれば正式な手続きを踏まなければ破棄することは出来ません。そして、私とグレイの婚約は正式な手続きを踏んでいるのです。どんなに早く手続きが進んでいたとしてもまだ婚約は破棄されていないはずです。

 そもそも、私のお父さまが同意していないため手続きは進んでいるはずがないのですよね。


 講義が終わった後もやることはあるため、講義で使用した資料は邪魔になります。そのため一旦学生寮へ戻ることにしたのですが……


「コルト。貴方は私たちの監視をしていたのよね?」

「そうですね」

「ならどうしてここに?」


 学生寮の自室へ戻ると、部屋の前にコルトが待っていました。本来なら私たちから見えない場所で監視をしているはずなのにここに居るのはどうしてかしら。


「現段階で確認したい部分が終了してしまったので、私の仕事が終了した件をお嬢様に伝えようと思いまして」

「それは有り難いのだけど」


 何時まで監視が続いているか、まだ続いているのか、それを知らないまま過ごすよりは今どうなっているのかを知っている方が精神的に楽よね。

 でも、監視の仕事が終わったのならグレイの報告についての真偽の確認が終わったということのはず。なら、今日グレイの姿を見なかったのは堂々と逢引をしていたのかもしれないわね。


「では、私はこれにて屋敷へ戻ります」

「ええ、気を付けて帰りなさい」

「はい。それでは」


 コルトはそう言うと軽い足取りで学生寮から出て行きました。


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