43.奇跡に次ぐ奇跡

「あ……っ」


 甘い刺激の原因は、フレッドが目の前にあった胸の頂を指で弾いたことだった。


「薄っすら見えていると本当に果実のようだ」

「や、……ん」

 指で摘ままれると腰がビクリと震え、身体が傾いた。


「おっと、気が利かなくてすまない」


 チェルシーの身体を支えたフレッドは、背中に手を伸ばしてゆっくりとシーツへと横たわらせた。キャラメルブラウンの髪はふんわりと白いシーツに柔らかく広がる。白い素肌にフレッドの瞳の色を身に纏うチェルシーの姿に、フレッドの理性はどんどん削られていく。



(ああ、フレッド様、素敵……)


 一方のチェルシーは、余裕たっぷりに見えるフレッドの様子にときめいていた。


(ドキドキしてすぐに顔が赤くなってしまう私とは大違いだわ)


 パーティーにいた美女たちならば、もっと上手に誘えるのかもしれない。けれど今、フレッドの目の前にいるのはチェルシーだ。そのことに勇気づけられる。


「フレッド様、愛してます」

 だから精一杯の想いを告げた。頬を撫でる手は優しく、チェルシーを見つめる瞳は熱が籠もっている。

「もちろん、私も愛している」

 フレッドは少しだけ驚いた表情をしたあと、嬉しそうに微笑んでそう言った。珍しい表情にチェルシーの胸は高鳴る一方。


 唇が合わさって、徐々に深くなっていく。その間にも指先は先端を優しく刺激していた。


「口に含みたいが、こんな素晴らしいものを汚すわけにはいかない。触りすぎるのもよくないだろう。しかし脱がすのはもったいない……」

 うーん、とフレッドは一旦手を止めて呻った。


 もっと触って欲しくて疼き始めたチェルシーはもどかしくて仕方がなかった。肩ひもをずり下げると、自ら胸を曝け出す。恥ずかしいが、それよりも早く確かな刺激が欲しかった。

「配慮していただくのは嬉しいですけど……。もっとして欲しいです」

「……!」


 かすかな理性を総動員させて未だ観察に徹していたフレッドなので、チェルシーからの誘いに崩壊寸前であっても、まだ暴走を踏みとどまれた。頭を振って自分を律する。


「……チェルシーの望むままに」

 なんて頬にキスをしながら、かっこよく言ったけれど、いつ切れてもおかしくない一縷の糸の上で綱渡りをしているなんてチェルシーは知らない。


 先端が早く食べてと、フレッドを誘っているようだ。首筋を唇で伝いながら、指と交代する。


「あ……ん、はぁ」

 フレッドの頭上で切ない吐息が漏れた。チェルシーは身体だけでなく、声まで甘い。フレッドは久しぶりの柔肌に満たされていくのを感じていた。常に一緒に寝てはいたし、チェルシーが何度か慰めてくれてはいたが、フレッドはチェルシーの全身を愛したくて仕方がなかった。

 指で弾いて漏れる吐息や、舐めて転がせば聞こえる嬌声。フレッドの行動にチェルシーが反応してくれることが堪らなく嬉しかった。


 ひらひらとしたキャミソールの裾を一枚ずつめくる。現れた薄い腹も口付けを落としながら、所々痕を付けていく。臙脂色のランジェリーと白い素肌。そして咲いた紅い華。あまりの尊さにフレッドは心で祈った。


 祈りながらも腰の辺りで両サイドに括られた紐が視界に入る。さすがにこれは外さなければ、チェルシーの大切な場所を愛せないだろう。横にずらして、とも一瞬考えたが、それはそれでとても素晴らしいに決まっているが、フレッドはチェルシーが己のために用意してくれたこの女神の衣に負荷を与えたくはなかった。


 断腸の思いで紐に手をかける。


「あ、あの!」

 少し上擦ったチェルシーの声に、フレッドは視線を上げた。そこには頬だけでなく、顔を赤く染めたチェルシーがいた。彼女は口元に手を当てて言い淀んでいる。もしかしてそこまでするつもりはなかったのだろうか?とフレッドは眉尻を少し下げた。


「違うんです!そうじゃなくてですね……」

 チェルシーの目には、フレッドの耳と尻尾がしょんぼりと垂れているように見えて、慌てて声を上げる。


 フレッドの表情を察することに対して、母やハリスを追い抜いて今や屋敷、いやこの世界で一位を誇るチェルシーは、彼の脳裏に掠めた思いを正確に汲み取った。

「違う?では……」

 チェルシーはこのランジェリーを確認した時は、フレッドの瞳の色そっくりな嬉しさと、透けていることに気を取られて気付かなかったのだ。しかし先に浴室から出てきて、いそいそとこれを着用するときに初めて知ったのだった。


 一瞬、やはり着るのを止めようか、とも考えた。しかしその判断で、フレッドをどこかの妖艶な美女に取られたりしたら、絶対に後悔するだろう。

 だったら後悔よりも恥ずかしさを取る。チェルシーはそんな前向きな性格であった。あとはフレッドが浴室から上がる気配を感じて、脱ぐに脱げなかった、というのもある。


 裸で待っているよりはマシだと判断したのだ。


「実は……その必要はないんです」


 たとえ、ショーツの護るべき大切な部分にパックリと切れ目が入っていたとしても。


 ゆっくりと膝を立てたチェルシーは、そっと両足を開いていく。フレッドの視線が恥ずかしいけれど、悲しそうな彼を見ていられなかった。


 何だろうと、姿勢よく座ってチェルシーの動きを見ていたフレッドは目を見開いた。


「あ…………」

「きゃっ!」


 一瞬固まったフレッドだったが、次の瞬間、ショーツの中心に顔を寄せた。


「ち、近いです!フレッド様!」


 あまりの衝撃にチェルシーの声が遠くに聞こえる。


 なんということだろう。こんなに頻繁に起こっては奇跡とは言えないかもしれないが、また奇跡が起こってしまったのだ。


 透けた臙脂色の生地はキャミソールと同じで、その中心から入るスリットの両縁にはリボンと同じレースで縁取られていた。まるでここにフレッドの大切なものがあると強調するかのように。


 冷静に考えれば、守るべき部分を守らず何の為の布なのだと問い詰めたいが、それはさて置き。

 もちろんフレッドの理性の糸は呆気なく切れたのだった。

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