41.お披露目
「チェルシー?もういいだろうか?」
寝室へと続く浴室の扉を開けて、フレッドはそっと中を窺った。ソファーに座っているのかと思ったが、そちらに妻の姿はない。
「ちゃんと髪を拭いて下さいね。フレッド様、いつも私を丁寧に拭いて下さるのに、ご自分はおざなりなんですもの」
「分かった」
チェルシーはどうやらベッドにいるらしい。閉じられた天蓋の奥から可愛らしい声が聞こえてきたのだ。フレッドは期待が急に跳ね上がるのを感じ、ンンッと小さく咳払いをして落ち着かせた。
チェルシーが歩み寄ってくれてから、飽きることなく毎日肌を合わせていた。月のものが始まり、あろうことかチェルシーが口や手で色々としてくれたわけだが、その後はフレッド自らお願いするのも申し訳なくて控えていた。するとなんとチェルシーから察して、また誘ってくれたのだ。行為は言わずもがなだけれど、フレッドのためにしてくれるその気持ちが嬉しかった。
さすがに彼女の愛らしい口や顎に支障が出てはいけないので、その後一度だけであとは止むなく辞退させてもらった。フレッドはどちらかといえば、チェルシーに奉仕をしたいタイプであり、あまりにも与えてもらってばかりだと不安になってしまう、という面倒な一面を持っている。
その不安は、次に夫婦生活をどのように誘えばいいのか……?という悩みへと移行していく。拒否をされたら立ち直れないかもしれないと、何度もシミュレーションをしては、ああでもないこうでもないと考えていたわけだが。
――そんな悩みなんて、馬車を降りた瞬間に吹き飛んでいた。
早く二人きりになりたくて、頭で考えるよりも先に、使用人に指示を出していたのだ。さすがに寝室への道すがら強引すぎたかと不安になったが、一緒になって脱がしてくれたことに安堵した。
そして既に身体のほうは問題ないのだろう。浴室で感じた数日ぶりの柔らかな肌の感触に、理性を総動員させて抑えるのに必死だった。
「水分は摂ったのか?」
チェルシーから与えられた『百を数える』というミッションのおかげで、ベッドのほうへと歩み寄りながらもフレッドの理性は随分と正常に戻ろうとしていた。
しかしそれも天蓋の幕を開けてチェルシーの姿を認めるまでのこと。
「なっ!えっ!チェ、チェルシー!」
あからさまに狼狽えるフレッドの視線の先には、真っ白なシーツの海の真ん中に、愛の女神が生まれ出でていた。
「そ、その恰好は……!」
フレッドは瞬時に気づいた。これは絶対にあれだ!ずっとソワソワとお披露目を待ち望んでいた、あの日、チェルシーが買ったランジェリーに違いない。
もしかしたらもっと違う何かを買った可能性も否定できなかったが、どうしても期待してしまっていたあれだ。
「あの、お見せするのが遅くなってしまいましたが、以前、屋敷に呼んだ店で作ってもらったものです」
「ああっ……!ありがとう……!」
胸に手を当てて、フレッドは感謝した。チェルシー本人にはもちろんだが、彼女の両親とその先祖に。あとランジェリーショップとその店員に。
全ての奇跡が合わさって、今、新たな奇跡が誕生したのだ!
「素晴らしいものを見せてくれて、今、とても感動している」
目を奪われるほどの美術品を目の前にしたかのような感想ではあるが、あながち間違ってない。
白い素肌に臙脂色がよく映えている。この姿を絵画か彫刻に収められないものだろうか?とフレッドは真剣に考えていた。しかしその場合、チェルシーのこの姿を芸術家に見せなければならないという難点がある。そんなことは絶対に認められない。
芸術関係に疎いフレッドであるが、いっそ暇をみつけて彫刻や絵画の勉強をすればいいのではないか?そのためにはまず何をすべきだろうと思案していた。
フレッドのその表情がどういうものか分からなくて、不安を覚えたチェルシーは決めた。夫を誘惑するという覚悟を。
「見るだけですか?」
チェルシーがゆっくりと臙脂色のキャミソールの裾をつまんで持ち上げれば、センターで分かれていたらしいその隙間から、慎ましやかな臍と初めて目にするほどに心許ない面積のショーツが見えた。
「…………!!」
恥ずかしくて少し顔を俯けたチェルシーであったが、ベッドの側で立ち竦んだまま一向に動かないフレッドを見上げた。
チェルシーとしては無言のフレッドの様子が気になって、でも恥ずかしくて意図せず上目遣いになってしまったのだが、その表情、姿勢ともにフレッドの正常に機能し始めていた理性に会心の一撃を放ったのである。
よろめいたフレッドはベッドに手をついた。数回その場で深呼吸を繰り返した彼は、そのままベッドに乗り上げて、四つん這いのままノロノロとチェルシーに近付く。
チェルシーは裾から手を離し、咄嗟に手を胸の前で組んだ。目の前にたどり着いたフレッドに、透けた生地の上から薄っすらと分かる膨らみと、その先端を見られることが気恥ずかしかった。素肌よりも透けているほうが恥ずかしいのは何故だろう。
「ご存じのように、豊満な身体ではないので申し訳ないのですが……」
「まるで芸術品のようだから、何も恥じることはない!」
すぐさま褒めてくれるフレッドに、チェルシーの心は軽くなる。しかしフレッドはチェルシーに視線を向けては逸らす、という挙動不審な動きをしていた。
なんとなく懐かしい彼のその行動。結婚が決まり久しぶりに会った時や結婚式、その後の初夜など、そんな様子が多く見られたからだ。今なら分かる。照れているのだと。けれど当時は早く終わらせたいのかと思って寂しかった。
関係が変わると印象が変わるから不思議だ。
「そう言ってもらえて嬉しいです。いつも似たような下着じゃ、フレッド様に飽きられると不安になって作ったんです」
「そんなことはありえないが……」
「それくらいフレッド様が好きで、愛してるんです」
フレッドの脳内は常に『チェルシーが可愛い』という思いが大半を占めていて、あとは執務のことであったり領地のことであったりと伯爵らしく使用している。しかしチェルシーから溢れんばかりの愛の言葉を受け、さらにフレッドのために用意したというこの姿。
脳内は『可愛い好き可愛い大好き誰にも渡さない愛してる』で埋め尽くされてしまった。こういうことはたまにあるから、今更ではあるが。
「私ももちろん愛している」
フレッドはうるさい脳内を要約してそう言った。そんなことを知らないチェルシーは、眉目秀麗なフレッドに真摯に愛を告げられて頬を染める。頬に添えられたフレッドの手に、チェルシーも自分の手を重ねた。
その瞬間、フレッドは気づいてしまった。生地から愛らしいチェルシーの先端が透けていることに。
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