32.想像を遥かに超える

「チェルシー、そんなこと……どこで覚えたんだ……?」


 視覚と感覚の衝撃に耐えながら、フレッドは声を振り絞った。

 誰かに教えられたというのなら、その出所を早急に確認しなければならない。純真無垢な己の天使になんてことを……。


「誰かに聞いたわけではありませんが……。あまりにも可愛らしいから、大切にしてあげたくて。駄目ですか?」

 様子のおかしなフレッドを不思議に思い、チェルシーは顔を上げて首を傾げた。


 フレッドにとって、いつも堪え性のない自身が可愛らしいという意味は全くもって理解できないが、言われたことは単純に嬉しい。


「駄目じゃない!ちっとも駄目じゃないが……」

「ではもうちょっと続けますね」

「え?……っ!」


 不意にパクっと先端を咥えられて、言葉を詰まらせる。温かい口内と柔らかな舌が、先ほどの手のように敏感な先端を優しくあやし始めて、フレッドは突然襲って来た快感に頤を上げた。


 暴発する、すんでのところで何とか耐えたフレッドだったが、チェルシーを見下ろして後悔した。浅ましいモノを口や手で一生懸命に愛撫している最愛の人。こんな場面を今まで想像しなかったと言ったら嘘になる。いや、何度もしたし、もちろん願望としてはあった。しかし現実に起こってみると、これほどまでのものとは思いもよらなかったのだ。


 フレッドは己の想像力の貧相さを呪った。もし、もっと想像力が豊かであれば、余裕をもって臨めたかもしれないのに。


 正直刺激としては足りない。しかしそれを補って余るほどの光景に、気を抜くと一瞬で達してしまいそうになる。できることなら、もう少しだけ堪能したい。けれど申し訳なくもあり……。

 ただこの瞬間、チェルシーはフレッドだけを想って頑張ってくれている。それがたまらなく嬉しかった。


 同時に襲い掛かる猛烈な独占欲。チェルシーはフレッドの妻だ。これからだって絶対誰にも渡すつもりはないし、華奢な手や愛らしい口で愛してもらえるのは自分だけなのだ。そうは思っていても、あの柔和で話し上手なラルフが脳裏にちらついてしまう。後悔すると分かっていたが、チェルシーがあの男に愛撫をしている様子がモヤモヤと頭に浮かんで、胸がひどく痛んだ。


 女に慣れている男だから、チェルシーを優しく手解きするのだろう。触られただけで狼狽えている自分とは大違いだ。だからといってチェルシー以外に欲情できるわけがないから、今さら経験値の違いをどうすることもできないのだけれど。


 フレッドはチェルシーしかありえないが、彼女もそうだとは限らない。なんせフレッドに想いを返してくれるようになったのは最近だ。それでも……。


「どうか、他の誰にもこんなことをしないで欲しい」

 柔らかな髪を撫でて、せめてもの懇願をする。フレッドを見上げ、ぱちくりと瞬いたチェルシーは一生懸命舐めていたモノから口を離した。


「今までは結婚してから、どなたかと恋愛することもあるかと思ってましたけど……」

「……そ、そうか」

 フレッドがしょんぼりすると同時に、手の中の彼も少ししょんぼりとしてしまった。完全に誤解をしていると気付いたチェルシーは励ますように、なでなでと手を動かす。


 ――おかげで硬度は少し回復したが、それはさて置き。


「……じゃなくて。ええっと、私はフレッド様に恋をしているんです。初恋なので分からないことも沢山ありますけど」

「私も!ずっと、ずっと昔から君だけを愛している」


 ガバリと上半身を起こしてチェルシーに覆いかぶさる勢いのフレッド。合わせ目から覗く腹筋が美しいし、少し頬を上気させた彼は色気が駄々洩れだ。


 フレッドはチェルシーがどこかに行ってしまうことをやけに恐れている節があるが、それはチェルシーだって同じこと。フレッドに言ったように、貴族は結婚してから恋愛をすることもあると思っていた分、かっこよすぎる夫は心配しかない。騎士団時代も人気だったその麗しい見目だけでなく、若くして立派に領地を治める伯爵である。好きになればなるほど不安が募っていくなんて、彼は知らないだろう。


 それでもフレッドはすぐに全力で安心させてくれるから。チェルシーも彼が不安になったときは、すぐにその憂いを取り除いてあげたい。


「ふふ、嬉しい。私だってフレッド様が私にしてくださるようなことを、他の方にされるだなんて絶対に嫌です」

「え……」

「だって私の旦那様、本当に素敵だから……。私以外見ちゃダメですよ。ここも、フレッド様の全ては私のですから」

 言ってから恥ずかしくなってしまったチェルシーは、誤魔化すようにいつの間にか完全に復活を遂げた目の前のものを咥えた。勢いをつけすぎて奥まで咥えてしまい、苦しくなったので先端まで唇を戻す。


「~~あ、それ、は……」

 艶っぽいフレッドのため息交じりの声が聞こえて、なるほど、とチェルシーは学んだ。確かにそれはいつもの動きに似ていた。


 チェルシーの小さな口が、懸命にフレッドの怒張を上下に扱く。可愛らしい嫉妬を向けられて、尚且つ急に激しくなった愛撫に、優秀なはずのフレッドの脳ですら処理が追い付かない。いやらしくて気持ちよくて、ただただ嬉しい。チェルシーが大好き。


「………くっ!」


 ひとり大盛り上がりのフレッドは、一気にせり上がってきた快感の塊に抗うことなどできなかった。強烈な絶頂に頭が真っ白で暫し呆然としてしまったが、ずっと触っていたらしい柔らかな髪の感触で我に返る。


(しまった!チェルシーの口の中に……!)


「すまない!すぐに吐き出して……」

「んん~~。変わったお味ですね」


「なっ!の、飲んで……!水、水!」


 至る所にガタ、ドタッと身体や足をぶつけながら、整わない息のままチェルシーにグラスとタオルを持ってきて渡した。達した脱力感やら恥ずかしさやらで、フレッドはへなへなと水を飲むチェルシーの腰に抱き付く。


 チェルシーが太腿の上のアッシュグレーの髪を優しく撫でていると、髪から覗く耳朶が赤くなっているのを見つけた。無理強いしてしまったかしらと思っていたが、どうやら杞憂のようだ。


「気持ちよかったですか?」

「もちろん気持ちよかったに決まっている。視覚から取り入れる情報の重要さは知っていたつもりだったが、まだまだ甘かったようだ。それにしても、君になんてことを……」

「また来月……いえ、月のものが終わるまでは、また触らせてもらってもいいですか?」


「…………」


 暫しの沈黙のあと、こくり、と小さく頷いた夫のあまりの可愛さに身悶えたチェルシーであった。

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