10.行き違う不安

「ふふ、フレッド様が嫌と仰るならお母様にはお断りをいれますわ」

「う……」

 胸中を察してくれたら、くれたで申し訳なくなってくる。フレッド自身の我儘でチェルシーを囲い込んでいるという事実も相まって、罪悪感が圧し掛かる。彼女より四つも年上なのになんて情けない。


 もしかしたらもっと愛想のよく、会話の弾む明るい男と人生を共にできた未来が彼女にはあっただろう。もっと爵位が高い家だって沢山ある。事実チェルシーをどこで見初めたのか、フレッドと婚約したというのに諦めが悪くなんども求婚していた、とある伯爵家は一生許さない。あれから数年経ったから、既に諦めて結婚していることを願うばかりだ。

 その時は爵位が同じであったから相手も下手に手出しできなかったものの、これがもっと上位だと大変なことになっていたはずだ。しかしチェルシーの生家は男爵家。あえて王家や侯爵家などが結婚相手には選ぶことはしない。選ばれてしまったら最後だが、すでに結婚して伯爵夫人となったチェルシーを奪うようなことはしないだろう。たぶん。


 その『たぶん』が怖い。絶対とは言い切れないではないか。それにこれから出会わないとも言い切れない。チェルシーに対する愛情には自信があるが、愛されている自信は正直あまりないから不安で仕方がないのだ。

 だからできることなら屋敷にいて欲しいなんて、少し、いやかなり異常なのだと理解はしている。楽しく好きなことをして過ごして欲しい反面、誰の目にも触れないで欲しいだなんて。


 今までは何とか押さえつけられていたこの醜い感情が、最近では抑制が効かなくなってきている。ついチェルシーに甘えて、口にしてしまいそうになるのだ。実際今回は言葉にしてしまったわけで。


 ああ、なんて面倒だと思われてないだろうか。母と出掛けるくらい快く送り出せなくてどうする。


「フレッド様?」

 グルグルと思考の沼に嵌っていたフレッドだが、声を掛けられてハッと我に返る。


「いや、いいんだ。余計なことを言ってしまってすまない。母上も楽しみにしておられることだろうから明日楽しんでくるといい」

 一転して了承したフレッドを訝し気に見つめる。チェルシーは何事も深く考えない性格であるが、フレッドは真逆だと思っている。頭の中できちんと結論付けてから話すイメージがある。だからこそ、先ほどサマンサと出かけると言った時の言葉はあまり彼らしいものではなかった。しかしそれがフレッドの素に思えて、そんな意外な一面も好ましいとすら思えるなんて、いつの間にこんなにも好きになっていたのだろう。


 普段冷静で、自分にも周りにも厳しい人なのに。チェルシーのことでこんなに取り乱すなんて。素直に感情を表してくれたことが単純に嬉しい。


「怒らないでくださいね。フレッド様のそういうところ、すごくすごく可愛すぎます。もっと我儘言ってくださっていいのですよ。だって何度もいいますが、私はフレッド様の妻で、フレッド様を……あ、愛してますから」


 愛おしい気持ちのままそう口にしてしまったチェルシーだが、段々と己の発言が恥ずかしくなってきた。最後のほうは思わずフレッドの胸元に抱き付いてしまったのだが、そこから聞こえるやたらと早い鼓動は、自分のものかと思いきや彼のもので。もうそれは年に一度の祭りで披露される、王都の鼓笛隊の見せ場といい勝負だ。


 フフッと思わず笑みが漏れたチェルシーだったが、フレッドにきつく抱き締められて「んむッ」とくぐもった声になった。顔をずらして何とか呼吸を確保する。細身に見えて、元騎士ゆえかフレッドは現役の騎士ほどではないにしても筋肉質である。素肌で抱え込まれたままにしていては、鼻と口をしっとりと塞がれて危険だ。……というのはここ数日で学んだこと。


 今までは一糸まとわぬ状態で隙間なく抱き合うなんてしなかったのだから。


「そうだ、君は私の妻だ。私の我儘で君の意志と関係なしに欲したというのに、そんなに愛らしいことを言ってくれるなんて怒るわけがないだろう。いやチェルシーを怒るなんてそもそもありえないが」

「まぁ、そんなこと仰って」

「ただ君自身を傷つけることはしてはいけない。そんなことになったら怒るよりも悲しい……っ!チェルシー?」


 抱きしめられているチェルシーは、顔をずらした目線のすぐ傍にフレッドの胸の先端を発見して無意識に口に含んで舐めてみた。彼がいつもうっとりとチェルシーのそこを美味しそうに舐めているから気になったまでのこと。だって自分のをするのは無理がある。残念ながらそこまで豊満なチェルシーではないし、したいとも思わない。


「く、擽ったい……!」

「あら?気持ちよくないですか?男性とはまた違うのかしら……」

「悪くはないが、擽ったいほうが勝っている……っ!やめっ!」

 先ほどよりも強い刺激がフレッドを襲った。指先で摘まんだり弾いたりと、小さな先端は悪戯な指先に弄られている。慣れない感覚に、しかしチェルシーを振り払うことができないフレッドの抵抗は弱い。

「……あ、硬くなってきたわ」

 チェルシーが言ったのは胸の先だ。分かっている。しかし先ほどチェルシーの中で果てた自身も再び鎌首をもたげていた。

 ただ嘘偽りなく、擽ったいほうが勝っているのは事実。しかし愛しい妻と裸で抱き合っている状況で、さらには楽しそうに刺激を与えてくるなんて、反応しないほうがおかしい。

 それにこんなに明るく、楽しく触れ合える日がくるなんて思いもよらなかったのだ。チェルシーがフレッドに興味を持ってくれることが、少し恥ずかしいが嬉しくて堪らなかった。


「あっ!もう!フレッド様っ!」

 下半身の熱に気付いたのだろう。チェルシーは頬を染めて、上目遣いで可愛く睨む。愛らしいのに、どこか艶のある表情で更に硬度を増す結果となった。



 ひと月に一回しか抱かれなかったのは何だったのだろう。再び揺さぶられながら、チェルシーはそんなことが何となく頭に浮かんだ。

 これほどまでに求めてくるフレッドは、今までこの欲を一体どうしていたのか?もしかしてどこかで発散していたのだろうか?ふと、そう思い至って胸が苦しくなる。

 けれど街でもあれだけ熱い視線を送られていた彼だ。相手に事欠かなかっただろうことは、想像に容易い。


(どうしたら今のようにずっと求めて下さるかしら?)

 なんて贅沢な悩みだろうとは思う。しかしこれだけ求められると不安になるのも事実。


 しかし今ひとつチェルシーはフレッドの愛を理解しきれていなかった。ただ、乙女として正しく不安になったまでのこと。

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