閑話 エトルの一人言
最初は、そう。セレナとトーマスが、ちょっとケンカでもしたらいいかな、って。
それがいつの間にか人が集まるようになって、有頂天になって張り合って。
「そして誰もいなくなった。か……。いや、それは幼馴染み達に失礼か」
自宅の自室で一人、ブランデーを傾ける。時間は日にちを跨いでいるが、明日も休みを取ってある。
エトル=オルガーノ、26歳。……独身。魔法省長官。三年前に、父から長官を譲り受けた。
学生の頃のやらかしから目が覚めた後、俺はひたすらに魔法研究に没頭し、いくつかの新しい論文が認められ、早々に長官に任命された。
父が早めに隠居して、領地でスローライフを送りたいという思惑も見え隠れしたが。昔、迷惑をかけたことを考えれば、早めの親孝行もありだろうと思っている。
やはり今日は、やけに昔を思い出す。ああ、もう今日ではないか。昨日、セレナとトーマスの結婚式だったのだ。
華やかで温かくて、幸せに溢れた、とてもいい結婚式だった。
俺が言うのも烏滸がましいが、トーマスはこの10年、かなり努力した。本人は、それも楽しかったと言っていたが。なりふり構わず縋って、一途に追いかけて。想いが届いた今は、本当に幸せそうだった。
俺にはできなかったことだ。素直に羨ましいと思う。
例の彼女達とは、少しずつ少しずつ距離を取り、今は会えば軽く挨拶をする程度だ。あちらも目が覚めたのだろう、睦まじい王家兄弟ご夫妻と、その友人達の仕事ぶりを見て。勝手とも思うが、彼女達にも自分の人生を頑張ってもらいたい。
「リーゼももう母親だし、セレナも結婚か。何してる、俺」
二人に、未練はない……と思う。思うが、心の隅に燻るものがある。
「……頑張り切らなかった、心残りかな…」
そして、リーゼの言葉を思い出し、クスッとする。
「まあ、頑張っても振り向いて貰えたかは分からないけどな!」
きっとそれでも。じたばたすれば、得るものもたくさんあったのだろうな。
年齢を重ねると、ますますそんな機会は減りそうだが、もし……そんな風に想える人が現れたら。
今度こそ、逃げずに自分から手を伸ばしたい。そう、もしダメでも、自分を否定される訳ではないのだから。
「だよな、リーゼ」
でもまた、可笑しな暴走をしないように。
「考えてから行動するよ、セレナ。……ずっと、幼馴染みでいたいからね」
何かやらかしたら、今度は夫婦で説教なんぞをされそうだ。それはそれで悪くないような気がしてしまうのは、酔いが回ったからか。
「さすがに、もう休むか……」
ブランデーグラスを置いて、寝支度をする。明日は久し振りに惰眠を貪ろう。
そして休み明けには、また仕事に邁進だ。
出逢いにも期待したい所だが。先のように頑張るつもりもあるのだが。
結局、あの二人の女神に囚われている俺には、当分ないのだろうな、と、頭の隅で思っていたりして。比べているつもりはないのだけれど。
「~~~寝よう!」
バサッと布団を被る。
いつか、運命的な出逢いがあると信じて。
男だって、たまには願ってみてもいいよな。
唯一との出逢いを。
そして、唯一を得られた友人たちの幸せを願って。
おやすみ。
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