閑話 二人の兄心1 ルース=ハーベルト
今日は、自分が勝手に妹分だと思っている、聖女エマと第二王子殿下であるラインハルト様の結婚式だ。
俺が大神官様付きになって10年が経つ。
あの期待と不安に瞳を揺らせながら神殿に来た少女は、立派な淑女になって、生涯の伴侶と共に大神官様の御前に立っている。……とても幸せそうだ。
自分は、その景色を大神官様の斜め後ろに控えて見ることが出来ている。それにエマが気付いて、こちらにも笑顔を向けてくれた。太陽に愛された聖女の笑顔は、何年経っても眩しい。
◇◇◇◇◇
彼女が聖女として神殿入りしたのは、俺が神官になって二年目の20歳の頃だった。
30年振りに生まれた聖女だ。神殿も、どこか浮き足立っていて、お祝いと歓迎ムード満載だった。とは言え、きちんと指導もしなければならない。
しかし、庶民から急に聖女様と呼ばれる少女にとっては、環境の変化が著しいだろう。自分の意思でなろうと思ってなった訳ではない立場。俺は、自分の矮小な立場と勝手に重ね、世話を焼こうと勝手に決めた。
そんな思いが通じたのか、当時神官になって三年目の俺に、大神官様付の話が来た。異例の大出世だ。これまでのお付きの方が、エマの故郷の教会に異動が決定したことと、神官の中ではエマに歳が近いこと、俺も光魔法持ちなので、いろいろと補助が出来るだろうとのことで決まったらしい。予定の管理も得意だしな。
俺は二つ返事で、その役割を引き受けた。少しでも、彼女の重圧を軽くしてあげられたらと。
だが当のエマは、最初こそ緊張していたものの、そんな俺の余計な心配など余所に、淡々と努力し自ら進んで修行をこなした。庇護欲を誘う外見とは裏腹に。そして何より楽しそうに。
当然のように、エマはあっという間に神殿中の人気者になった。聖女である自覚を持ちつつも驕らない彼女を、皆、娘のように見守っていた。
正しく聖女様だと皆が言う。確かに、そうだ。文句のつけようのない程だ。でも、エマは?本当はどう思っているのだろうか。
ある日、何気なく聞いてみた。
聖女に選ばれて、どう思っているのかと。
エマは一瞬キョトンとして、最初は驚きましたけど、と笑顔で話し出した。
「正直、私に務まるかしらと不安はありましたが。……今もそれはありますけれど……責任と義務も増えますし。
でも。せっかくの才をいただいたので。努力して、私が聖女で良かったと皆さんに思ってもらえるようになりたいです」
淀みのないそれは、優等生の答えだ。
「でも、自ら望んだ
意地悪かもしれないと思いながらも、食い下がってしまった。
「そうですけれど。辛くはないですね。うーんと…過ぎた力なので、気をつけなくてはいけないことはたくさんありますけど。それに見る人によっては、縛られてるなあ、とか思われる事もあるかもしれませんが」
自分の核心を突かれたような言葉に、どきっとする。
「私は寧ろ、出来ることが増えると思っています。庶民エマより、広く手を伸ばせることが嬉しいです。やり甲斐があると言うか。そもそも私は、大きな自由や力には、同じだけの義務と責任が伴うと思っていますので……あれ、これ、答えになってます?」
「……ええ、なってますよ」
「そうですか?まあ、ともかくですね、何が起きても自分次第ってことですよ!聖女認定される前は、母と雑貨屋を開けたらいいなあとか、魔法属性に合わせていろいろできたらいいなあとか考えていましたけど。まさかの聖女で。道はかなり変更になってしまいましたが、せっかくなのでやれることに楽しく全力です!『置かれた場所で、咲く』のが人生の目標です!」
「『置かれた場所で、咲く』か。いい言葉だね」
「あっ、えっと、本で読んだ受け売りなんですけど」
慌てて白状するように話す様も、可愛らしい。……そう、妹のように、だ。
でも、考え方は俺なんかより大人だ。情けない。
「エマは、前向きでいいですね」
「えへへ、ありがとうございます。神殿の皆さんが可愛がって下さるからです」
はにかんだ笑顔も可愛い。いや、だから妹としてだ。
7歳も離れているのだから。……まあ、貴族じゃ良くある差だけれど。って、何を考えている!と、自分を叱責する。
……俺は、実家のゴタゴタから逃げて、光魔法を頼りに神官になっただけのようなものだ。エマの、真っ直ぐな気持ちが眩し過ぎるのだ。
実家は、良くある後継ぎのお家騒動が賑やかだった。妾腹の俺が長男なのだが、母の身分も高くはなく、日陰の存在だった。それが魔力判定で光魔法(と、風魔法)持ちでそこそこ魔力があると判ると、母方の親戚までしゃしゃり出て来て次期当主に担ぎ上げられそうになったりした。
俺は当主などに興味は無かったが、光魔法は希少な分、無駄な諍いや身の丈以上の夢を押し付けられたりしやすい側面もあるのだ。
厄介だとも思っていたが、だからこそ神殿に勤めることが出来たので、今となっては有難いのだが。
エマにも会えたし。
そう、彼女に会えて、一時期でも彼女の近くで共に歩めた俺は、かなりの幸運の持ち主だ。
その幸運に恥じないよう、ひとつひとつ自己解決をして行かねばと決意する。
◇◇◇◇◇
そして自ら動いて、後継ぎ問題を解決し、無理矢理決められそうだった縁談を波風立たぬように無くし、エマをずっと見守ろうと現在に至る訳だが。
最後の最後に気付く。やはり、俺は逃げていただけだと。
こんなに幸せそうなエマの顔は見たことがない。
とても、嬉しいのだ。
……だが同時に、そんな顔をさせられるのが自分ではなく、隣にいられるのも自分ではない現実に、劣悪な感情が頭をもたげてくる。
本当に情けない。
結局、兄としての視線しか向けられていないからと、自分に向き合わなかった結果だ。
……向き合って努力しても、ライバルがこれ(不敬だが、許してもらおう)だと、かなり困難だっただろうけれど。……いろいろ。
エマは、自分と一緒に人生を背負える人を見つけた。
俺もいい加減、本当の大人にならないとな。
やはりずっと兄貴ぶるけれど。
大事な大事な妹分の幸せを、ずっと祈るよ。
ーーーどうか、幸せに。
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