第55話 祭の後

そして今日は一日中、クラスどころか学園全体が浮かれた雰囲気に包まれていた。私は廊下で人とすれ違う度におめでとうございますと言われ、恥ずかしいと思う間もなく、いつも以上に表情筋が笑顔固定だ。


それはお昼休みの食堂に向かっている間も、同様で。



「つ、疲れた……」


食堂のいつものテラス席でいつもの四人だけになり、ようやく一息つく。本当はセレナ達も誘いたかったけど、目立ちすぎるので我慢した。


「何だかごめんなさいね、エマ。気持ちは分かるけど、ハルトったら浮かれすぎよね」


すっかりお姉ちゃん顔のローズが言う。


「う、うん、大丈夫、だけど……」


ローズがお姉ちゃん……何だか気恥ずかしくなってきた。もじもじしてしまう。



「何はともあれ、良かったこと!まさかの、昨日の今日での急展開には驚いたけど」


「ほんとよね」


レイチェルとカリンも笑顔で言ってくれる。


「昨日?」


「あ、ローズは知らないわよね、実は、」


カリンが説明しようとする。


「か、はず、かしいから!」


私は慌てて止めに入る。


「ローズだって気になるわよねぇ?」


「そうよぉ。寂しいわ、エマ?」


ぐ……この顔には弱い私。ガクッと項垂れる。それを了承と受け取り、カリンはそのまま話を続けた。



「あらあら、そんな事があったのね!」


「そうなのよ、エマったら可愛いわよねぇ」


「セレナ達も瞬殺だったわ」


生温かい言葉に包まれた私は、下を向いて黙々とパスタを食べる。耳まで熱いです。


「だから、朝早く登校したのね?」


ローズが得心した顔で、私の方を見ながら言う。


「う、うん。……皆に見守られるのが、すごく恥ずかしく思えて」


「結果、嬉しいながらも、もっと恥ずかしい結果になったけどね?」


レイチェルがイタズラっぽく言う。


「……言わないで……」


私の赤面が引く日は来るのか?



「でも、殿下の朝の顔ったら!!エマにも見せたかったわよ!ねぇ?」


カリンが思い出し笑いしながら言う。


「本当よ!サーっと真顔になってね」


後に続くレイチェル。


「未来の義弟ながら、少し引いたもの……」


「引くって、ローズ」


「だって、いつも飄々としている子だから。こんな顔もするのね、って」


「確かに、結構な迫力だったかも」



そ、そうなの?



「「「……きっと逃げられないわ、頑張ってね、エマ」」」



えぇ~~~?!



「そ、それは、どういう……」


何でしょうか、ちょっと背筋が寒いです。


「や、でもあれよ、ものすごく大事にしてくれると思うわ」


「うん、そうそう」


「大丈夫、大丈夫」


何だか怪しいけど……。


「でも、わ、私もハルト様と離れるつもりは無いので!」


真っ赤になりながら宣言する。だ、大事なことだもの。宣言します!



「あら、よく言ったわ!」と三人に囃し立てられながら、今日もきゃっきゃとランチをし、お昼休みは終了した。



◇◇◇



「エマ、迎えに来たよ。帰れる?」


放課後、約束通りにお迎えに来てくれるハルト様。


「は、はい。帰れます!」


私は荷物を持って、ハルト様の元へ行く。


「ん、持つよ」


ハルト様はそう言って、さらっと私の荷物に手をかける。


「じ、自分で持てます!」


「……持たせて?俺の特権でしょ?」


顔を覗き込まれながら、甘えた顔で言われる。はい、逆らえないです。


「で、では、お願いします……」


私はまたまた真っ赤になりながら、荷物をハルト様に差し出す。


「うん。じゃあ行こうか。ローズ義姉さん、皆さん、また」


「み、皆さんごきげんよう」


二人で教室を後にする。


「……当分、甘いものは食べられないわね……」


との、レイチェルの一言に、クラスの皆が沈黙で肯定したことは、私は知らない……。




「あの、ハルト様」


「エマに呼ばれると響きが違う……何?」


甘甘な顔で言われる。


「も、もう!何を言って……ではなくて、私、今日も治療院に行きたいので、せっかく送っていただいてますけど、学園の馬車止めまでで……」


「何を言ってるの?一緒に行くよ?」


ハルト様が何て事のないように言う。


「で、でも公務とかも心配ですけど、殿下が治療院に頻繁に行かれても大丈夫なのですか?」


「大丈夫、大丈夫。国立病院を俺の管轄にしてもらったから」


「は……えっ?!」


「聖女の旦那になるんだから、当然でしょ?」


「と、当然ですかね……?」


「うん。当然だね。ちなみに、兄上とローズ義姉さんが婚姻したら俺は王家のシェール公爵を預かるから。エマの事業も手伝うし、病院もエマのいいように変えて?あ、公爵夫人としての役割は、ほどほどで大丈夫!嫌な言い方かもしれないけど、エマであるだけで充分だから。仕事に集中して」


「あ、あの、ハルト様!」


「ん?何か不満?」


「い、いえ、不満なんてとんでもないです。た、ただ、驚いたと言うか、何と言うか……」


私はしどろもどろになってしまう。頭が追い付かない感じだ。ハルト様は、は~っと深いため息をつき、右手で口を押さえながら横を向いてしまう。


「あの、嫌じゃなくてですね」


私は慌ててフォローする。


「ごめん。……分かってる、ありがとう。自分が思っている以上に浮かれているみたいだ。先走り過ぎで困るよね。恥ずかしいよ」


てっ、照れ顔!!か、かわっっ…!


……それに、浮かれてくれているんだ。こんなに考えてくれているんだ。……嬉しくて胸がぎゅっとなる。


私はえいやっ、と、ハルト様の腕にしがみつく。


ビクッとする、ハルト様。


「エ、エマ?」


「ハ、ハルト様がいろいろと考えてくれていて、こ、困る事なんてないです!ただ、ちょっと驚いてしまっただけで。わ、私も浮かれていますし、嬉しいです!!」


気持ちはきちんと伝えなければ。それが大切な事であることは、前世の数少ない経験からも立証済みだ。


私は、全く引く気配のない赤面で必死に伝える。



ハルト様は驚いた顔をした後、私に負けないくらいに真っ赤な顔になる。


「そうか、ありがとう」


そうして、ふにゃっと笑う。もう、言葉に出来ないくらい可愛い。またドギマギしてしまう。私は何だか必死に話を続ける。


「こ、こちらこそ、ありがとうございます!いろいろ考えて下さって……そうだ、私は母のことも……」



「お母上のことも心配しないで?公爵家に同居は難しいけれど、近くに家を用意してあるから。今のお家も思い入れがおありになるだろうが、警備を考えてもこちらに来ていただくしかなくてね、申し訳ないけれど。ずっと神殿の結界に任せる訳にも……エマ?」


ハルト様がにっこりと首を傾げる。



「い、いえ……ありがとうございます……母には私からも話しますね?」


「うん、よろしくね?」



とってもいい笑顔のハルト様。



私は早まってはいない……はずよね?



目が合うと優しく微笑まれる。やっぱり絆される。


ちょっと怖くても早まったとしても、いいや!この笑顔が大好きなんだ。



……ちょっと、ドキドキするけれど……。

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