第54話 朝のお祭り

「あれ?エマ様お早いですね?おはようございます。…お一人ですか?」


クラスメートのバル子爵令息が挨拶をしてくる。


「ええ。おはようございます、バル様。課題で気になることがありまして……早めに登校して、少し調べものをしておりましたの」


私は聖女の顔で挨拶を返す。


「さすが、熱心ですね」


「まあ、おほほ……」



そう、昨晩悩んだ私が出した結論は、一人で早めに登校しようということだった。……チキンですが、何か?



割と夜の早い時間にその結論を出せた私は、また寝不足になると大変なので頑張って早寝をし、いつもより一時間早く起床して、着替えて、食堂が開いたと同時に朝食をいただき、ローズに殿下への伝言を頼み、今に至る。



ローズに伝言を頼んだ時は、ちょっと驚いたように苦笑されたけど、「分かったわ」と了承してくれた。後でまたお礼をしなくては。





教室には、段々とクラスメートが登校してくる。


「はよー、バル。昨日のさあ……って、エマ様?おはようございます!」


「おはようございます、ダン様」


ダン子爵令息。バル様と仲良しのようだ。私に気付き、慌てて丁寧に挨拶をしてくれる。


「今朝はお早いのですね?」


「バル様にも言われましたわ。少し所用がありまして」


「そうでしたか。今日はラッキーだな、バル?」


「そうだね」


「ラッキー?ですか?」


私は何だろうと首を傾げる。


「ええ、エマ様とお話が出来て。普段はいろいろと……難しくて」


ダン様が言う。そんなに話掛けづらいオーラを出してるつもりはないけれど。


「そうでしたか?何だか申し訳ないわ。遠慮なさらず、いつでもどうぞ?」


「「いつでも……」」


二人がぼやく。


「?はい」


な、何かあるのかしら。


すると、


「おはよう!バル!ダン!昨日の……って、エマ様?」


かわいらしい女性の声が響く。セリフがダン様と似てるけど。


「ふふ、おはようございます、セシル様。先ほどダン様も言いかけていらしたけれど、昨日のことは大丈夫なのですか?三人でお話があるのでは?」


女性はセシル男爵令嬢。確か、この三人は幼馴染みだ。


私は邪魔かと思い、引こうとする。


「い、いえ!どうぞそのまま!そもそもこちら、エマ様のお席ですし!な、何だか私、はしたなくて申し訳ありません」


セシル様が赤面して、両手を胸の前で振りながら言う。


「そんなことはないわ。皆さま確か幼馴染みでいらっしゃるのよね?仲がよろしいのね」


「「「腐れ縁です」」」


三人で同時に言っては、わあわあしている。やっぱり仲良しだ。私が微笑ましく見ていると、


「あの、エマ様!図々しいのですが、昨日の『魔力の体内循環について』で、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?三人で検討していても、躓く所がありまして……」


と、おそるおそるな感じでセシル様が聞いてきた。


勉強、大歓迎ですよ!!


「まあ!もちろんよ!私でお役に立てるなら」


満面の笑顔になってしまう。魔法の話は楽しいし、お役に立てるのも嬉しい。


「……っっつ、あ、りがとうございます!」


あら、セシル様、顔が真っ赤ですけれど。ん?バル様にダン様まで。


「皆さま、何やらお顔が……大丈夫ですか?」


「「「全く!問題ございません!」」」


「……そう?」


なら、いいけれど。



そうして四人で昨日の課題の話をしていると、次々と他のクラスメート達も集まって来た。


「エマ様、光魔法を使うときの感覚はどのような」


「そうですね、私は……」


最近、クラスメートとゆっくり話すことが無かったから、何だか新鮮だ。こんな平和な時間も大切だよなあ……と、しみじみしてしまう。



「はあ、エマ様とお話出来て勉強になりました!さすがです!」


「セシル様、大袈裟よ。でも嬉しいわ。私で良ければ、いつでもお声掛けをして下さいな。…皆様も」


わあ、と歓声が上がる。こんなに喜んで頂けるとは。何だか逆に恐縮だわ。


「あ、あの!でしたら今度、私達のお茶会に…」


「それはダメ」


セシル様の言葉を遮って、入って来る人。


そ、そして私、バ、バックハグをされておりますが……こ、これは……


「ら、ラインハルト殿下?!」セシル様が驚きながら言う。


……ですよね。


そ、そして、この状態は……。



「セシル嬢。申し訳ないけれど、それはダメ。君たちのお茶会には、そっちの二人も来るだろう?」


バル様とダン様を見据えて話す殿下。


「ま、あ、その……」


「ねぇ、エマ嬢?今朝はどうして先に登校したの?」


しどろもどろな三人を放置して、殿下は私に話しかける。周りのクラスメートも動けずにいる状態だ。わあん、申し訳ないし、恥ずかしいよぉ!



「あ、あの、殿下。皆さんに失礼ですよ。そんな……」


「だってエマ嬢が一人で行くから。どれだけ心配したと思ってるの?……案の定、誘われかけてるし…」


最後の方は聞こえなかったけど、ちょっと、私のせいにするのはどうなの?それに心配って、学校に来るだけじゃん!そしていつまでバックハグでいるのー!


「し、心配と申されましても……」


「心配だよ」


ラインハルト様の声が、真剣なものになる。そしてハグをしていた腕をほどき、私を椅子の横向きに座らせ、自分の方に向ける。


「殿下…?」


私が首を傾げると、目の前で殿下が跪き私の右手を取る。


えっ、……えっっ?!



「エマ嬢。私は君が好きだよ。私の唯一だと思っている。……婚約者にしたいのは、国の為だとでも思っていた?」


「……!だっ、だって、その……」


思わず手を引こうとする私。その手をしっかり握られる。


「……何で自己評価が低いかな…」


「え?」


「いや。ともかく私は、努力家で、家族思いで、友達思いで優しくて、しっかりしているのに時々やらかすエマ嬢が……可愛くて仕方ない。エマ嬢が聖女でも聖女じゃなくても、側にいて欲しいと願っているよ。……誰にも渡したくないんだ。愛している」


「!!っ、……で…」


「一生共に歩きたい。……改めて、私と婚約をしていただけますか?」


殿下の真剣な顔。驚き過ぎて固まっていた私の頭に、だんだんと殿下の言葉が染み込んで来る。じわじわ、じわじわ、顔が赤くなるのが分かる。言葉が全部届いたら、涙が止めどなく出てしまう。……嬉しすぎて。


「……エマ嬢…?…返事は?」


ラインハルト様が指で涙を拭いながら、優しい顔で聞いてくれる。


「……はい。よろしく、お願いします……わ、私も、ラインハルト様が好きです」



わあっ、と、歓声と悲鳴といろいろな音が、教室中に響き渡る。まるでお祭りだ。そして殿下は顎に手を当てて顔を天井に向けている。



「で、殿下…?」


「う、うん、大丈夫。ちょっと破壊力が……」


「破壊?」


「いや、大丈夫。それより、エマ嬢ありがとう。凄く嬉しいよ。……エマと呼んでも?」


ラインハルト様が蕩けるような甘い顔で微笑む。


「は、はい!わ、私も凄く嬉しいです!」


キラキラスマイルに押されて、つい、大声になってしまった。


「ありがとう」


殿下がぎゅっと抱きしめてくる。教室の中は、更に大騒ぎだ。さすがに恥ずかしい。……さすがに。



「あ、あの、殿下……」


「ハルト」


「はい?」


「ハルトって呼んで?エマも。そうしたら離す」


こ、この人は、こんな所で何を……!い、今更なのは理解してますが!


「あの、でもですね」


「ハルト。浮かれるのも分かるけど、いい加減にしなさいな」


ローズ様のご登場!わーん、女神様~!救世主~!


「……義姉上。…分かりました」


ラインハルト様は渋々腕をほどく。やっぱりちょっと可愛いと思ってしまう。何しても可愛いとか、もう駄目なやつです。


「全く。正式な書類を交わしてからが婚約者よ!弁えなさい」


「はーい。……では、そろそろ自分の教室に戻ります。皆様お騒がせしました」


ラインハルト様は、皆に軽く頭を下げる。


そして私に向き直る。


「エマ、帰りはまた迎えに来ても、いい?」


「は、はい。お願いします、……は、ハルト、さま」


でん…ハルト様が一瞬目を見開いて、破顔一笑する。


私は恥ずかしくて目線を合わせられない。


「うん、待っててね」


ハルト様はそう言って、さらっと私の頬にキスをした。


「~~~~~!!」


落ち着き始めた教室が、また大騒ぎだ。もちろん、私はそれどころではないけれど。


「ハルト!」


ローズが諌めるように呼ぶ。


「だって、エマが可愛くて!もうしない(みんなの前では)!もったいないから!」


「全く!!」


「ごめん、またね、エマ!」



爽やかな笑顔で去っていくハルト様。


クラスは朝からお祭り騒ぎだ。



……わ、私の心臓は持つのだろうか……。

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