第53話 小さくて大きな悩み

私達は、きゃっきゃと寮に向かって歩いている。


愛と平和って、こういうことよね…ちょっと違うかしら。でも幸せだ。


私は大仕事を終えて、ほっとした心地でいた。



「ねぇ、エマ聞いてもいい?」


ソフィアが声を掛けてくる。


「うん?何を?」


いい会社名でも思いついたかしら?


「ラインハルト殿下には、何と言われてお付き合いが始まったの?」


キャー!聞いちゃった!って、ソフィアさん…


「えっと、あの、」


油断していたので、しどろもどろな私。平和な時間はあっという間に崩れ去る…。


「ソフィア、こんな所で聞くのはどうかと思うわ」


せ、セレナ!さすがよ!言ってやって!


「えーっ、だってお茶会で聞きそびれたのだもの……セレナは気にならないの?もう下校時間だし、誰も残ってないわよう!」


ソフィア……そんな天真爛漫っぽい所も好きですけど。


「…………気にならなくはないわ」


うん、セレナの素直な所も好きですよ。


「ふふっ、なるわよねぇ?皆もそうだと思うわ!」


皆さまにこやかに微笑まれる。これ、肯定のやつですね。逃げ道がないわ……。うう。


「お、お付き合いなんてしてないわ。そもそも、そう言われてもいないし」


仕方なく私は口を開く。


「「「「「「えっ?」」」」」」


全員が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。



「婚約者にしたい、とは言われた…の。何だか面白いし、か、かわいいし、って。で、でもそれって、聖女だし、国の宝だし、だからかなとも思うのよね」


言ってて悲しくなってきた。そしてきっと纏まりがない。けど何だか止まらない。


「いろいろとね、手を尽くしてくれて感謝もしてるの。すごい人だし、婚約者に、って……光栄なことだと思う。けどやっぱり、ローズとジークには憧れちゃうのよね」


エヘヘ、と、笑って誤魔化すようになってしまう。


「……解るわ」


セレナ。


「エマ、それって、ライハルト殿下からは、はっきりとした気持ちの言葉は貰っていないってことなのね?」


レイチェルの言葉に、頷く。


「わ、あ~、あれだけしておいて、そうかあ」


シャロン。あれだけ、とは?確かにいろいろ助けてもらった…けど。


「威嚇も凄いじゃない。なのに、ねぇ?」


リーゼ。威嚇?初日にあの四人に、ってこと?


「ちょっと、腹立たしさも感じるわね。非常事態の横抱きにしたって、あんなに悋気を……」


ソフィア。


「そうよね……確かな言葉は欲しいわよね?だって、どんなことをしてくれたとしても、きちんと言われなければどうとでも取れるもの。嫌な言い方をすれば、向こうだって逃げられるのよ」


カリン。……そうなのだ。自分も何も伝えてないくせに、臆病になっているのはそこなのだ。情けないけれど。


「でも、あんな殿下を見たのは初めてだもの。私には、エマのことを大好きにしか見えないけれど」


「せっ、セレナはそう思ってくれる?!」


……はっ、思わず食い付いてしまった。皆の視線も集まる。またやってしまった感があるけれど。


「……エマは、そうであって欲しいのね?」


とてもとても優しい顔で、セレナが言う。


セレナの言葉に、顔が赤くなっているのが分かる。


「………………うん。そうなの…」


最後の方は、蚊の鳴くような声だ。



「「「「「「……………………」」」」」」



一瞬の沈黙後。



キャー!!と言うより、ギャー!!に近い悲鳴が廊下中に響き渡る。



「み、皆さん!さすがにはしたないわよ!」


セレナが窘める。


「そ、そうだけど、セレナ、もうエマが可愛すぎるわ!」


「そうよね、ソフィア!もう、隠してしまいたいほどよ!」


「シャロン、分かるわ~!」


「うふふ、そうだと思ってた!」


「ね!レイチェル!」


皆で大盛り上がりだ。学園の人にでも見られたら、きっと皆さんヤバいです。


「気持ちは解るけど。……エマは、ちょっと不安なのよね?」


セレナの言葉に、こくんと頷く。


「さっきカリンも言っていたけど、確かな言葉がないとねぇ」


レイチェル。


「そこよね!殿下、意外とアレねぇ。誰がどう見ても……ではあるけれど」


「本当。ちょっと残念」


ソフィアとカリン。わやわやと、殿下批判が始まってしまう。



「あ、あのね!でもね!殿下、すっごく優しいの!いろいろ考えてくれていてね、皆と仲良くなれたのも……!」


居たたまれなくなって、ちょっと反論してしまう。そして、皆の生温かい視線に気付く。


「あう…だから、その」


もーうー!!せっかく、頑張って気持ちを落ち着けて、1日過ごしていたのにー!


顔が熱い。熱すぎる。


「そうよね、ごめんなさい、エマ」


セレナが代表のように、微笑みながら言う。


「そうね」「うんうん」と、皆もお姉ちゃんのような微笑みだ。


優しい空間だ。恥ずかしいけれど。



その後もあれこれ聞かれながら、私達はようやく寮にたどり着いたのであった。



◇◇◇



寮の自室にようやく帰宅。はーっ、と大きなため息をつく。


「ああ、楽しかったし、充実した時間だったけど、最後疲れた……」


けれど、皆に嘘をつきたくもなかったし。物凄く恥ずかしかったけど。



「恥ずか…しい」



そ、そういえば。


きゃー!きゃー!あ、明日もライハルト殿下はお迎えに来てくれちゃうかしら?く、くれるわよね?


あの生温かい視線の中を、耐えられる自信がない!絶対にまた挙動不審になる!



「ど、どうしようかなあ」



私の小さくて大きな悩みを余所に、夜は更けていった。

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