第42話 まだ、無理

私は寮の自室に戻った。週末から今日まで濃い三日間を過ごしてきたせいか、何だか久し振りに感じる。制服を脱ぎ、クローゼットに掛けて部屋着に着替える。ようやく一息。普段ならお茶を飲むところだけど、今日はもう、たぷたぷだ。



寮にはもちろん皆いるけれど、基本的に個人行動だ。課題もあるし、放課後の過ごし方はそれぞれだし(部活みたいなのもあるのだ)、生活ペースも人それぞれ。食事は朝は6時半から8時まで、夜は18時から20時半まで食堂が開いているので、自分の好きな時に行ける。タイミングが合えば、レイチェルやカリンと一緒することもあるけど。この個人主義も、なかなか心地良かったりする。そして、全室にシャワールームが完備されている。贅沢!トイレもだ。この辺もありがたい。



それにしても。


「ああ、怒濤の週末だった……今日もだけど……」


ぼすんとベッドに転がる。一気に疲労感に襲われる。


こんな私でも、さすがに気が張っていたのだろう。


「でも良かった……いい方向へ向かいそうで」


一人暮らしって、一人言増えるよね。


「ほんとに、殿下のお陰……」


と、自分で言い出して、顔が熱を持ったのが分かる。もう、もうちょっと悪足掻きしたいのだ、こんなんじゃ困る!時間は関係ないとも言うけれど、今日はいろいろな事が一気に重なって、ふわふわしているだけかも知れないし。つり橋効果的な。ちょっと違うか?でも、流されてる感じも否めないような……ああ、もう!


「まず、シャワー浴びてしまおう!」


早い時間だけど、ちょっと頭をスッキリさせたい。


私は、えいやっ、とベッドから降りて着替えを持ってシャワールームに向かった。



◇◇◇



「よし、と。課題終了!」


シャワーを浴びてスッキリサッパリして、課題も終えて、現在19時半。


「いつもよりちょっと遅くなったな。ま、夕食に行こうっと」


伸びをして立ち上がる。


部屋を出て食堂に向かっていると、


「あら、エマ?」


後ろからローズが声をかけてきた。


「ローズ!私、これから夕食なの。ローズは?」


「私もよ。珍しくタイミングが合ったわね。一緒にいい?」


「もちろん!」



「どうだった?練習は」


まだ闇魔法…月の魔力については秘密なので、食堂に向かいながらぼやかして聞く。


「それがね、思ったより馴染んでくれていて……ひと月もかからずに使いこなせるかもって、大神官様が」


「すごいじゃない!」


「ありがとう。女神さ…彼女に会えたのと、ほんとにエマのお陰だと思う。気持ちが解放されたのが判るの。今日もお友達が増えて、テンションも上がってるし?」


うわあ、女神様と重なるような微笑みだ。


良かった、きっと月の聖女様と一緒に幸せになれる。




そして今日の夕食のメニューは、クリームシチューとライ麦のパン、エビのサラダにデザートにマンゴーがついている。グリーク王国は温暖な国なので、果物がたくさん採れるのだ!それは嬉しい。米はないけど。探さなくては……。


「んっ。今日もおいしい!」


「ほんとにエマは美味しそうに食べるわよね。ハルトが言うのも解るわ」


向かいに座ったローズが、何の気無しにそんな事を言う。うぐっ、と思わず手が止まってしまう。そしてきっと、顔が赤い。


「え、何、何?その反応!何かあったの?」


少し遅い時間なのでいつもより食堂に人は少ないが、ローズは周りを気にしつつ声を潜めて、でも明らかに楽しそうに言う。


「な、何もっ、無い!無い!」


私はというと、動揺してしまって少し大きな声になってしまった。うう……。


「ふーん?そういうことにしておくわ」


絶対に納得はしてないな。でも、無理。何だかまだ話せない。



「…お茶会は、大丈夫だった?」


「うん、心配ありがとう」


私は流れをひと通り話す。


「良かった。セレナ様だから、きっと大丈夫とは思っていたのだけれど」


「本当に素敵な人だよね。もう、ますます奴らには腹が立ってさ」


「またキレたのね」


「すみません……」


だってさ、許せないじゃん。でもあれね、前世年齢足したら最年長の私が、一番キレやすいようじゃダメよね。


「落ち着かなくては……反省しております」


「ふふ。でも何だかんだでエマは弁えているから、大丈夫よ」


「ありがとう……でも気をつけます」


聖女がまずいことになりかねないので。



「言い訳すると、今日は朝からほら、気持ちが追い付かないと言うか、振り回されると言うか、何て言うの…?こう、落ち着かなくて、余計にダメだったと言うか……」


「うん、そうね?」


「いろいろ解決したような、安心感もあったと言うか……」


「うん」


「あれ、私、何を言ってるんだろう?」


「何だろうね?でも、ゆっくり考えたらいいんじゃないかな?」


「……そうする」



どうやら、今日の出来事をうまく話すのは無理っぽい。


ローズの柔らかな微笑みに甘え、その後は二人で静かに食事を終えた。

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