第41話 優しい人
「リーゼ様達にもお話しておきますわ」
と、ありがたいお言葉を残して、セレナ様はお茶会を後にした。
私は気持ちがふわふわして、どこかぼんやりしてしまっている。
「エマ嬢、大丈夫かい?温かいお茶を淹れ直してもらおうか?」
「あ、はい、お願いします」
ラインハルト様がベルを鳴らすと、すぐにカナが来てくれた。
「カナ、新しいお茶を淹れてくれる?」
「かしこまりました。少しお待ちを…それで、殿下」
「ああ、分かってる。ドアを開けておいてくれ、もちろん」
ラインハルト様の言葉に頭を下げ、カナは一度退室する。婚約者でもない未婚の男女を二人きりにはできないので、ドアは少し開けておくのが学園のルールだ。
少しして、カナが新しいお茶を持ってきてくれた。やっぱり温かいお茶は美味しい。私はホッと息をつく。少し落ち着いた。そうだ、殿下にお礼を言わないと。
「……ラインハルト殿下。今日は、たくさんありがとうございました」
「……ん?何が?」
「……朝からの全てです。嵌められた、って思いましたし、動揺するばかりで大変でしたけど、終わってみたら1日で私の懸案事項は解消されました。殿下がそう動いてくれたお陰です。ですから、ありがとうございます」
私は頭を下げる。
「顔を上げてよ。俺はエマ嬢との時間が欲しくてやっただけだよ。お礼を言われる事じゃないって!言わば下心?」
へらへらっという感じで、軽く笑う殿下。でも、耳が赤い。ちょっと照れてるのかな。ふふっ、やっぱり可愛いところもあるなあ……って、だから、弟的に、です!!
それにしても、と、思うことがある。
「不敬かもしれませんが、ひとつお聞きしても?」
「うん?いいよ、何?」
「ラインハルト殿下は、王位に就きたいと思われたことはないのですか?」
少し空気がピリッとしたものに変わる。
「……なぜ?」
「いえ、単に、向いていそうだなあって……すみません、気楽に言うことではないですし、ジーク様がダメという訳では決してありませんが!」
「うん。じゃあ何で?俺なんか、自由にフラフラして、風来坊みたいに言われているのに」
「言われているだけで、違うじゃないですか」
殿下が真っ直ぐに私を見る。少し驚いた顔をしている。
「って言いながら私も…始めはそう思っていましたけど。でも殿下って、全体をよく見て把握できる人ですよね?理解も早いし、頭の回転も早くて想像力もある。初めての晩餐の時も、さりげなく私を持ち上げてくれて、功績のようにアピールしてくれた。陛下が二人の聖女に気づいたのも、殿下の一言があったから。
今朝の立ち回りも、そうです。四人がああ動くように行動したのでしょう?それに、学園の使用人の名前までしっかり覚えている心配り。できそうでなかなか難しいことです」
私は一気に話す。
あ、ラインハルト様、顔が真っ赤だ。
「~~~~~!俺を誉め殺しして、どうするつもりなの、エマ嬢…」
上目遣いで言われる。何か、初めて勝った気がする!!
「どうするつもりもないですけど、純粋に疑問で」
「……はあ~、こんな短期間でそんなん突っ込まれたのは初めてだよ……さすが、歴代最高聖女様、かな?」
おどけたように言う殿下。
「ふふ。でもそんなに誉めてもらって恐縮だけど、王位には興味はないなあ。俺みたいなのは、裏で策を練ってるのが性に合ってる。表で人々を引っ張るのは、兄上みたいに真っ直ぐな人がいいんだ。……でも、エマ嬢が王妃になりたいって言うなら、兄上に相談するよ?」
「いえ、私は王妃には……って、何の話ですか!」
「はは、残念。乗って来なかったか~!」
「もう!」
「でも、少しは惚れた?」
「人として、です!!」
「え~。…まあ、いっか。前進はしたかな?」
挑むような笑顔。何だかドキドキしてきた。び、美形の笑顔だからよね!
「そうだ、エマ嬢。俺も聞いていい?」
「はい?」
「さっきの浮気男のくだり…ほんとにお母上の話?」
ぎっくぅぅ!!
「え、な、何でですか。当たり前じゃないですか。私は今まで婚約者もいないのですよ?」
「そうだけど、妙に説得力があったからさあ……幼馴染みでいたとか」
「そんなバカな。私は13歳からはずっと神殿でしたし」
「そうなんだけど」
口を少し尖らせる殿下。やっぱりちょっと可愛……いやいや、おとっ、おとうと…
でも、気にしてくれているのだ。くすぐったいなあ。
「幼馴染みも、まあ、『家の近所の同じ年くらいの子どもたち』で、親しい子はいません、残念ながら」
「……そうなの?」
「はい」
「エマ嬢は昔からモテそうだけど」
「モテたと言うべきか、何なのか……」
「?」
「特に面白くない話なんですけど」
◇◇◇◇◇
子どもの頃、私はよく男の子たちにイジメられるというか、からかわれていた。大人になると分かるアレだけど、結構心にキズ…みたいのが残ったりもする。男の子に苦手意識も持ち始めたが、前世を思い出したので吹っ切れた。これはラッキーだったと思う。
そして、庇ってくれる男の子もいたのだ。でもそういう子はみんなの人気者。今度は女の子が遊んでくれなくなった。しょげた。頑張るほど空回りするし。これも前世を思い出したお陰で、仕方ないなと割り切ることができた。
いろいろ思う所はあるけれど、まあ、気持ちが分かる部分も無くはないので。お互い子どもだしね。諦めた。
そういう意味でも、神殿入りは良かったのかも。……聖女だって判ってから、親しげにしてきたのもいたけどね。
いろいろ誘ってくれたけど、「あと数ヶ月しか母といられないので」と、全て断った。純粋に母といたいのもあったのだけれど。
◇◇◇◇◇
「と、いう訳で、親しい子たちもいません」
「……何かごめん」
「謝らないでください。殿下のせいでもないのに」
「だが」
殿下の言葉に首を振り、私は話を続ける。
「だからこそ、今の友人たちに囲まれているのが幸せで。……セレナ様たちには嫌われても仕方ないなと思っていたのに、私をちゃんと見てくれて。嬉しすぎて、また泣いてしまいそうです、情けないくらいに」
涙を堪えて、笑う。
「いいよ、俺の胸で泣く?」
両腕を広げて、おどけてそんなことを言う。
「……引っ込みました、ありがとうございます」
「早いな!」
笑ってくれる。優しい人って、こういう人を言うんだろうな。
そしてその後も、二人で他愛もない話をして、下校時間になりお茶会は終了した。
「エマ嬢、寮まで送るよ」
最後まで優しい人だ。
……まずいなあ、私は、こんなにチョロかっただろうか。
もう少し、足掻いてみようかな。だって悔しいんだもん!ちょっと足掻く!……無駄な気もするけれど。
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