第36話 策士の甘い罠
私達を乗せた馬車は、学園の校門前に着いた。
基本、グリーク学園は寮生活なので、普段は二人の王子も公爵令嬢も、そしてもちろん私も、校舎隣の寮から徒歩通学だ。ちなみに、侍女などは付けて来られない。平等精神の学園なので、部屋の広さも同じ。一人部屋だし、充分広いけど。ご飯も出るし。
パーティーとかある時は別だが、普段は制服と普段着しか着ないことになるので、一人で頑張るのだ。…まあ、平民からしたら大したことはないのだけれど、そこはね。
ともかく、普段は馬車なんぞなかなか来ない訳です。週末に教室でローズが『王家のお仕事』があると言ったので、多少の噂的なものは広がっているとは思っていましたが。まさかね、週明けにね、王家の馬車で登場するとはね。
私も思ってなかったのですよ!!
「……と、叫びたい…」
まだ馬車内ですが。すでに視線で刺されそうです。思っていた以上の視線が怖い。
「何を?エマ嬢」
「いえ…あの、裏に停めてはいけなかったのですか?」
私が転入初日に使った裏門だ。
「なんで?それじゃ意味ないじゃん」
意味、とは?ラインハルト殿下、すごい悪巧みしてる顔に見えますけど?これは、やってしまった、かな?
「ずっとここにはいられないでしょ。降りるよ」
えー。でも出ない訳にはいかないのは確かだ。
「先に俺らが行こう。ローズ、手を」
「はい」
ジークが軽やかに降りて、ローズをエスコートする。
見ている生徒たちは、きゃっきゃしたり、うっとりしたりだ。そりゃあ、未来の王太子夫妻ですから。
えー、この後行くのー?えー(泣)!
「じゃ、エマ嬢、俺らも行こう。……大丈夫、俺がいるからね?」
わあ、素敵……じゃない!お前がいるからの騒ぎじゃー!と思っても、言える訳もなし。
開き直るしかないか……でも悔しいぞー。
「何だか嵌められた気がするのですが」
じとと、ラインハルト様を見る。
「あれ、ようやく気づいた?エマ嬢賢いのに、時々鈍いから助かるよね?」
わ、悪びれずに開き直りましたよ?!こっちが本性ですかね?!ちょっと末恐ろしい15歳め……!
「ほら、もう諦めて、ね?行こう」
……確かにこの衆人環視の前で、聖女が王子の手を叩くわけにはいかない。そもそも最初に、ある程度目立つ覚悟はしていた。想定以上だったけど…………あ~、も~~~!!
「…分かりました」
もうここは、聖女モード全開で行くわよ!
気を取り直して、
「…さすがだね、じゃあ、どうぞ?」
ラインハルト様が差し出した手を取り、馬車を降りる。
一斉に視線が刺さるのが分かる。そして大きなざわめきに悲鳴、どよめきが起こる。ごめん、ラインハルト殿下ファンの女子生徒の皆さん。
「ラインハルト殿下…?女性をエスコートされるの、初めて見た……」
えっ?
「パーティーとか、のらりくらり躱されていたしな…」
えっ。
「本命ができたら、その時は、ともおっしゃっていたな。本当なのかな?」
え、え、え~~~っ?!
「ら、ラインハルト殿下…」
「ん~?」
「今、エスコートも見たこと無いって……」
まさかね、と思いつつ、小声で確認する。
「ふふ、無いねぇ。やりたくないことはしない主義なんで」
いやいや、どうなの、王族として!!噂って、時として真実の事があるわよね!この自由人がー!
「…本命が、って言うのも本当だよ?リサーチって大事だよね?エマ嬢?」
わざと耳元に顔を近づけて話す。周りから、更に大きな悲鳴と歓声まで聞こえる。
「なっ、こんな人前で、何っ、」
「何って内緒話しただけでしょ。エマ嬢表情崩れてるよ?真っ赤で可愛いけど、あんまり皆に見せないでよ……もったいないから」
だ、だ、だ、誰のせいなのーーー!!
そしてセリフがあまーーーい!!無理!ほんと無理!
「で、でしたら殿下、少し離れてください」
「え、嫌だ」
即答される。このヤロウ……。
「ご婚約されるのかしら…?」
きゃっきゃと盛り上がる女生徒の中から、そんな声まで聞こえてくる。
「……婚約話もでてますよ?」
「俺は願ったりだよね?頑張るって言ったじゃん。…本気だからね?」
ニヤッと笑うラインハルト様。獲物認定された気分だ……。
「…もう、朝からキャパオーバーです…」
今すぐ寮に帰りたい。フラフラだ。主に精神が。
「じゃあ、ひとまずこの辺にしておこう」
ラインハルト様はとても楽しそうだ。
瀕死状態の私と、やけに生き生きとした殿下は、ようやく四年生のAクラスに着いた。
「ありがとうございます。では、ここで…」
「何言ってんの。ここからでしょ?」
またしても笑顔で言葉を遮られ、エスコートされたまま教室内に入ってしまう。
わあ、みんな興味津々だあ。分かるー、私もそっち側なら、間違いなく見るー!わくわくしちゃうよねー!
…ちょっと現実逃避してみた。
「兄上、ローズ義姉さん」
あら、ジークもまだいたのね。
珍しい王子兄弟の登場に、さすがのAクラスの皆さんも浮き足立っているように感じる。
「ああ、来たか」
「もう、だからハルト、まだ姉ではないと…」
「何言ってんの。もう、余程のことが無い限り…いや、それすらあっても、王太子妃はローズ義姉さんに決まりでしょ?」
さらりと宣うラインハルト様。まだ、『二人の聖女』のことは国の重鎮しか知らず、正式発表はひと月後になっているが、こう言えば大抵の人間は何かあったと察するだろう。決定打となる出来事が。
近々何か慶事ごとの発表があるのかと、期待も高まる。
…上手いなあ。この辺は、さすがと言うべきか…策士だ、いろいろと。否定もせずににこやかな笑顔を交わすジークとローズを見れば、更に確信も増す。
教室中にお祝い事のような温かな雰囲気が広まる。
その中で。
「失礼します、ラインハルト様…本日は、何故エマ嬢と?」
空気を読まず、トーマス様が殿下に声をかけて来る。
後ろには、エトル様、アレン様、ビル様もいる。
クラス内の雰囲気が、一瞬でピリッとする。
ちょっと、貴族のご令息が何をしちゃってるの?
学園とは言え、王族の話に割って入るなんて。
……私、知らず知らずの内に魅力魔法とか使ってないわよね…?あ、でもそんなことないか。使ったらクラス中とかおかしくなるか。いやいや、今はそれどころじゃないな。
「…トーマス、ハルトは今、私と話をしている」
ジークが王太子全開の圧で、四人を睨み付ける。その視線に、彼らはビッと背筋を伸ばし、頭を下げ、慌てて謝罪する。
「「「「申し訳ございませんでした!」」」」
「全く…」
ジークが呆れたように溢す。
「まあまあ、兄上、ちょうどいいから、いいよ」
ん?ラインハルト殿下?ちょっと、また騒ぎの予感が…。
「私がエマ嬢をエスコートして来たのは、エマ嬢を婚約者にするために口説いているからだよ?…私は婚約者もおらぬし問題はないと思うけど?」
嫌みを交えての、氷の笑顔での宣言。
……齢16にして、胃が痛いです……。
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