5.二個の豪傑得物を授かり、悪逆の者謀を巡らす事

 それからしばらくは、何も無かった。レオパルドは軍務に励んでいたし、エルフェルトが身の危険を感じる事も無かった。しばらくの間は気を張っていたレオパルドも、やがて警戒を解いていった。


 その日、軍務を終えた彼が帰り支度を勧めていると、ロックが話しかけて来た。


「ああ、レオパルド、少し良いか」

「何だ?」

「父の遺した武器を整理していてな。その中に、こんな物があった」


 そう言って彼が差し出して来たのは、変わった見た目の短剣だった。刃に細く浅い筋が数え切れぬ程彫られている、不気味な代物だった。


「これは……なんだろうな」

「父の遺した武器のほとんどには、細かい仕様書というか、解説書が付いているんだがな。これにはなかった。俺も頭をひねってみたのだが、良く分からん」

「フランベルジュの様に、傷口を傷つける……訳でも無いか」

「それなら、もっと溝を深くした方が良い。試しに豚肉に刺してみたが、別に普通の短剣と傷口は変わりなかった」

「フム……なるほどな」


 そう言いながら、レオパルドは短剣をもう一度観察する。しかし結局、その溝の意味は分からなかった。


「お前の父上の事だ。何の意味も無いエングレーブとは思えんしな」

「ああ。……全く、父上は凄い人だったよ。屋敷の武器庫の中にある試作品の数は五十を超える。体が弱くて自分では碌に使えなかったが」

「ご存命であれば、色々と話を伺いたかったな」


 そう言いながら、レオパルドはしばし短剣を眺めていた。それを見て、ロックは言う。


「良ければ、持っていくか? 俺は使わないし」

「良いのか? では、しばらく貸してくれ。何人か、詳しそうな人間に訊いてみよう」

「そうだ、暇ならば、俺の屋敷に来ないか。試作品を見た事はあまりないだろう」

「それはそうだが、良いのか?」

「俺とお前じゃないか。お前さえよければ、良いよ」


 そう言われて、レオパルドにも断る理由は無かった。二人は連れ立ってロックの屋敷に向かう。その途中で、ロータスに出くわした。


「おう、レオパルドじゃないか。今日はもう、仕事は終わりか?」

「ああ。ロックに、家に来いと誘われてな。彼の父上は色々と武器に工夫を凝らしていた人で、その試作品が多く残っている」

「成程。面白そうだな」

「良ければ、お前も来るか? 別に構わないぞ」


 ロックがそう言うと、ロータスは是非、と頷いた。三人はやがてロックの屋敷に到着すると、中に入る。武器庫は、邸宅のすぐ隣にあった。ロックが鍵を開け、鎧戸を開く。レオパルドとロータスは、その中の様子を見て感嘆の声を上げた。いくつもの奇妙な形の武器が、整然と並べられていた。どれも綺麗に手入れされていて、今すぐにでも使えそうであった。


「この杖、変わった形をしているな」


 ロータスがそう言って、一本の杖を手に取る。総鉄の鉄杖であるが、両端にそれぞれ鍬の様な刃と三日月形の刃が付けられている。


「これは、父が昔書物で読んだ、異国の武器の話を元に再現したものだそうだ。図面もなく、読んだ内容を元にしたから、正確に再現できているかは分からないがな」

「成程のう。恐ろし気な武器だ、それに、重い」

「鉄杖だけでも相当な重量になる上、両端にそんな分厚い刃がついていれば、そうもなる」

「少し、振ってきていいかな?」

「構わんぞ」


 ロックがそう言うと、ロータスはその鉄杖を持って外に出ていく。やがて裂帛の気合と共に、空気を切り裂く音が聞こえて来た。レオパルドは静かに見学を続けていた。小さい筒の様な武器や、星形の薄い鉄の板の様な武器などは、使い方も良く分からなかった。その中で、彼が目を止めた武器があった。長い柄に刃のついた、槍の様な武器である。しかし大きく違う点として、その穂先は炎の様にくにゃくにゃと曲がりくねっていた。


「これは……フランベルジュの様な」

「ああ。あれで斬られると、傷口が歪になって治りにくくなる。ようは、それを槍に付けてやればいいのではないか。そういう武器さ」


 成程、と頷いて、レオパルドはそれを手に持ってみる。重さは、ちょうど良かった。ハーフパイクより重いが、その重みが却って腕にしっくりと来た。


「刃の質も良いな。試作品とは言うが、そのまま使えそうだ」

「使えるぞ。父が使っていた腕利きの鍛冶屋がいてな。父がいつも無茶な要求をするんで、良くぼやいていたが。自分でいついつまでに作ると言って、作れなかった事も、その期限を破った事も無かった」

「そんな腕利きがいたのか」

「不愛想な男でね。独り者で、貴族に自分を売り込む様な事もしない。良い武器を作るから鍛冶の内では有名だったようだが」

「そんな男をよく見つけたな」

「皆、父の要求を見て逃げ出したのさ。これは無理だ、ってな。まぁ無理もないさ、親父は鍛冶の事はド素人で、最初の頃の図面なんか子供の落書きみたいなもんだ。それで、鍛冶師の誰かが名前を教えたんだそうだ。ヴィーラントの奴なら、或いは作れるかもしれません、とな」

「その男は、まだ生きているのか?」

「ああ、おそらくな。今は王都にはもういないがね」


 そんな話をしていると、顔中汗まみれになったロータスが笑顔で武器庫に戻ってきた。


「いや全く、凄いぞ! これは気に入った。是非とも譲っていただきたい、お代は……あー……」

「いらないさ。俺が持っていても、ここで眠らせておくしかできないからな。それは重すぎて、この屋敷の者も、俺の教え子共でも、皆構える事すら覚束なかった。俺はある程度使えるが、フックスピアーの方が性に合っている」

「本当か! いや、ありがたい! 流石騎士様だ。これは御恩が出来たな、何か困った事があったら、力になりましょう」


 そう言って、ロータスはペコペコと頭を下げる。そのおどけたしぐさを見て、二人も笑った。


「お前も、それを持っていくか? 俺は構わないぞ」

「良いのか? 言うなればお父上の遺品だろう」

「父は、本当は戦場で雄々しく戦う騎士でありたかった。体が弱くて、叶わなかったがな。だから英雄物語や異国の話を聞き漁り読み漁り、色々な武器を作り続けた。それを使って戦う自分を妄想し、実際にそれができない自分の体を恨みながらな。俺がフックスピアーをモノにした時、もう病の床にあったが本当に嬉しそうだった。自分の頭で捻りだした代物は、決して机上の空論でしか役に立たないガラクタじゃなかった。それが分かって良かったとな。武器は、使われてこそ価値がある。だから、良いんだ。お前程の男なら、それを十二分に使ってくれる。」


 そう言って、ロックはにこりと笑う。レオパルドは少し悩んだが、大きく頷いた。


「分かった。この武器、頂こう。名前は何というんだ」

「さあ、特にないな。父はそういう事にはあまりこだわらなかった。《槍・試作3》としか、書き残されちゃいなかった」

「そうか」

 

 そう言って、レオパルドはその槍を抱える。三人は屋敷の外に出ると、そのまま別れた。家に戻ると、少し帰りが遅かった事をエルフェルトは心配していたようだった。


「すまないな。少し、友人の家に行っていた」

「それは、良いのですけれど。その槍は?」

「その友人に貰った。……この槍、名前が無いんだが、何と呼んだものかな」

「そう、ですわね。……先がぐにゃぐにゃで、なんだか……蛇みたい」

「蛇、か」


 蛇の槍(スネーク・スピア)。悪くない気はした。波打つ刃は傷口を痛め、破傷風などの危険性を高める。毒蛇の毒の様に。


「良いな。そう呼ぶことにしよう」


 そう言うと、レオパルドはスネーク・スピアを武器掛けに掛けた。


 その頃、一人の若い騎士がウォルターの屋敷の中にいた。目の前にいるのはウォルターと、その息子ジョンの二人。その若い騎士は、レオパルドの教え子の一人だった。


「何、レオパルドとロックが、二人で短剣を?」

「はい、閣下。何やらただならぬ様子でして」

「フム……フム……成程のう」

 

 そう言って、ウォルターはニヤリと笑みを浮かべた。


「そうか。いや、よくぞ知らせてくれた。お主に頼んだのは正解だったようだ」


 そう言いながら、ウォルターは金貨の詰まった袋を渡す。若い騎士はそれを受け取ると、大喜びで何度も平伏した。


「さて、ジョン。どうやら、お前の望みとワシの望み、どちらも叶いそうだぞ」

「は?」

「お主は美女を得る。ワシは、目障りな男を一人消せる上、一人の忠臣を得られる。まぁ、楽しみにしておれ」

 

 そう言って、ウォルターは高らかに笑った。レオパルドもロックも、当然そんな事を露程も知らなかった。

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