9.豪傑二人共闘して娘を救い、互いの道を定め旅立つ事

 カーロンとブレイズは、道士ロキと別れた後東を目指して飛んでいた。その後には一三頭の竜が続く。それが、一つカーロンの悩みの種でもあった。これだけの数の竜を引き連れてしまっては、簡単に町の近くに降り立つわけにもいかない。夜になると、ブレイズを休ませる為に地上に降り、野宿をする。今までであれば、まだそれ程目立たなかっただろうが、流石に飛竜が一三頭ともなると、完全に山中か野原の真ん中の様な、人気の無い場所を選ぶ必要があった。


 やはり、ヴァンター山に戻ろうかと思った。あそこならば、ある程度餌になる野生動物もいるだろう。何より、現在の彼は一応追われる身でもある。現時点で自分にどれ程の懸賞金がかかっているかは知らないが、目立つのは避けるべきだと思った。そうなればどこかに身を潜めるしかなく、それならば肝胆相照らす仲のヴァーミリアン達がいるヴァンター山に戻るのが一番だろう。


 しかし入山するにしても、手ぶらという訳にも行くまいと思った。路銀もまだ少しは残っている。せめて酒でも買っていこうと思った。


 空を風の様に飛ぶ飛竜とはいえ、ある程度時間はかかる。事件に直接関わりがないとはいえ、ジニアスと一緒にいた以上ローレルにはもう入れない。しばらく飛んでいると、一つの街が見えてきた。おあつらえ向きに、近くに山もある。竜達をそこに潜ませて、彼自身は翌日早朝に街に入った。適当に街をぶらつき、酒と塩漬け肉を買う。万が一、ここで自分の似顔絵でも出ていればマズい。早々に退散する事にした。


 しかし、ここはどこなのだろうと思う。今まで、ファム村を出た事がほとんどなかった。その村から出て、もう二週間にはなる。少々、旅疲れを感じているのは事実だった。街を出て、山に向かう。その途上で、彼の目の前に一人の男が飛び出してきた。顔をフードと覆面で隠した大男で、その手には鉄棒が握られている。カーロンは山賊かと疑い、手にしていた得物の鉄棒を構えた。二人の間に殺気が漲るが、現れた男があっ、と声を上げた。


「お前、カーロンではないか!」


 そう言って、男がフードを撥ね上げる。その顔を見て、カーロンも声を上げた。


「ジニアス殿では無いですか! 一体どうしたのです」

「いやあ、あの後ローレルを出たのは良いんだが、行くあても無いし、下手に大きな町に入る事もできないし、でな。このまま山賊にでもなってやろうかとも思ったが、最下級とはいえ一応は騎士、それも中々踏ん切りがつかず。そうこうしているうちに素寒貧になってしまってな。何しろこんなことになるなんて思っても見なかった、持ち合わせの半分以上はあの親子にくれてやってしまったのでな。こうなったら仕方ない、親切な人に路銀を恵んで貰おうと……」

「そりゃ、山賊みたいなもんではないですか」

「うむ、まぁな……」


 そう言って、ジニアスは気まずそうに笑う。カーロンはとりあえず、持っていた酒と肉を出した。少しくらいなら、二人で食べても問題は無いだろう。


 二人は酒と肉を食べながら、しばし雑談に花を咲かせた。カーロンが今までの経緯を語ると、ジニアスは目を丸くして驚いた。


「ほう、竜に乗って西方の山へ。そこで一三頭の竜を得たとな」

「私が得た訳では無いですよ。全てあのブレイズ……私の竜の力です」

「しかし、その竜を手懐けているのはお主だ。全く、大した豪傑よ。それにその、ヴァンター山の者達とも一度会ってみたいものだ」


 そんな会話をしていた時だった。一人の女が、叫びながら道を走って来た。その服はボロボロで、体の彼方此方に擦り傷を作っている。ただ事ではない、と二人とも思って声をかけた。


「そこの方、どうしたのです?」


 カーロンのその声を聴いて、彼女は転がる様に二人の前に走り来ると、声をあげて泣き出した。ジニアスが問い質す。


「そう泣いていては分からん。何があった、追剥か?」

「私は、この付近にあります村の、村長の家に仕えている者でございます。十人程で町に村の物を売りに行った帰り、二人の盗賊に襲われて金を奪われ、他の者達は斬られてしまいました。私は何とか草むらの影に隠れて、必死にやり過ごしたのでございます」


「それは災難だったな……村はどこだ、送ってやる位はできる」


 そうカーロンが言ったが、彼女は首を横に振る。そして、彼に縋りついて言った。


「実は、村長のお嬢様が、その一行の中にいらっしゃったのですが、あの二人に攫われてしまいました。お願いでございます、どうかお嬢様をお助け下さい」

「何?」


 カーロンとジニアスは顔を見合わせる。この様な話を聞かされて、黙って見過ごせる様な二人では無かった。彼女を案内に連れ、現場に急ぐ。見れば確かに、無惨な光景だった。村人が六人程斬り殺され、荷車の轍が残っている。荷車には金を入れた袋の他、村の為に買った物資も積んであったと彼女は言った。


「そいつを曳いて、その娘御を攫って行った様だな。轍が残ってるから、追尾は簡単にできる。それに馬の蹄跡は無い、奴ら徒歩だろう。それなら追いつける」

「急ぎましょう。何としても救わねば」


 二人はそう言いあい、轍の後を追う。森の中に入り、そしてしばらく行くと廃墟と化した教会が見えて来た。大分昔に人がいなくなり、放置されているものらしかった。あの中にいるのかも、と二人が思った矢先、女の悲鳴が聞こえて来た。女が叫ぶ。


「お嬢様だわ」

「ようし、俺は正面から乗り込む。カーロン、お前さんは裏から回ってくれ! 絶対逃がさねえぞ、挟み撃ちだ」

「分かりました。お気をつけて。貴女はここを動かないで、良いですね?」


 二人は分かれ、教会を挟むように立つ。表門の前にジニアスが立ち、窓などがある背面にカーロンが回った。まずジニアスが、鉄杖を振り回して古い木製扉を叩き壊す。その音を聞き、中の二人は大慌てで飛び出して来た。


「てめぇ、何者だ! この女の身内か!」

「たった一人で踏み込んで来るとは、良い度胸だ。余程死にたい様だな」

「いいや。そんな娘、今まで会うた事も無いわ。だが貴様らの様な奴ばらがとにかく嫌いなのだ!」


 そう吼えると、ジニアスは教会内に踏み込んでいく。娘は後ろ手に縛られ、衣服は大分乱れていたが凌辱を受けた様子までは無い。まずは、間に合ったと思った。相手の二人はどちらも手に剣を持っている。一人は構えを見る限り、中々の実力の様だった。或いは傭兵かもしれない。だがそれで恐れるジニアスではない。それに、二対一ではない。


 教会の窓の木枠が吹き飛び、一人の男が飛び込んでくる。二人は驚いて振り返った。その瞬間、ジニアスは一歩踏み込んでいた。

 四人は激しく打ち合い、あたりに激しい金属音が響く。カーロンは自在に鉄棒を繰り出し、相手の男はよくそれを防いでいた。カーロンは内心で、中々やると舌を巻く。それでも負ける訳には行かなかったし、遣えると言ってもキロンの業とは比較にもならず、ティーガー程の膂力も感じなかった。


 一瞬、敢えて右肩に隙を作ってやる。相手は狙い通り、右肩目掛けて斬撃を振り下ろして来た。右肩が前に出る、その出てくる部分に棒を置いてやる。かつて、自分がキロンにされた手だ。相手の男はそこに突っ込み、右肩を打ち抜かれて床に転がる。そのこめかみを、カーロンの棒の一撃が打ち抜いた。男は白目をむいて痙攣し、動かなくなった。

 

 その頃、ジニアスの方も片付いていた。賊の繰り出す攻撃を全て鉄杖でいなし、ジッと時を待つ。やがて相手が攻め疲れ、動きが雑になってきた。その隙を見逃さず、鉄杖を回転させ剣を弾き飛ばす。相手は慌てて逃げ出そうとしたが、その首筋目掛けて鉄杖を振りぬいた。男は首の骨を砕かれ、床に転がり動かなくなった。


「片付いたな」

「ええ、盗賊にしては、意外と遣える連中でしたね」

「食い扶持無くした傭兵かもしれんな」


 ジニアスはそう言いながら、娘の方に近寄る。彼女はまだ怯え切っていた。ジニアスは盗賊が持っていた剣で縄を切ってやる。カーロンは外に出て、あの召使の女を呼びに行った。二人は抱き合って泣き、カーロンとジニアスに何度も礼を言った。


「ありがとうございます。本当に、お二人には何とお礼を申し上げればよいか」

「いや、何。構わんさ。それより、お前達二人で村に帰るのも不安だろう。俺達が送るよ」


 ジニアスはそう言うと、盗賊達が強奪していった物資や金を集め、荷車に乗せていく。カーロンは念のため、他に仲間がいないかと周辺を見回ったが、誰もいないようだった。四人は連れ立って、彼女達の村まで歩く。幸い、何事も無く到着できた。二人はお礼がしたいので、村長の屋敷まで来て欲しいと言ったが、それは断った。一応二人とも、追われる身だ。迷惑がかかるかもしれなかった。礼を述べる二人と別れ、カーロンとジニアスはしばらくは共に歩いていた。やがて、カーロンは口笛を吹く。二人の傍に、一頭の飛竜が舞い降りる。ジニアスはほう、と息を吐いた。


「これは、凄い。なるほどな……これが飛竜か」

「ええ。私は、ヴァンター山に向かおうと思います。ジニアス殿は?」

「俺か。俺は、そうだなあ。もう少し、旅を続けてみようと思う。捕まってしまったら、まぁその時はその時よ」


 そう言って、彼は豪快に笑った。出会ってからまだ僅かな時しか経っていないが、長年の友であるかの様になっていた。ジニアスは歩き出し、カーロンはブレイズに乗る。頼むぞ、と言って合図を送ると、ブレイズは咆哮を挙げて飛び立った。


 それから一月後。ヴァンター山の山賊が、近隣の町を襲い大量の食糧や金品を強奪していった。権力をかさに非道を働いていた荘園領主は殺され、山賊達は瞬く間に引き上げていったという。領主を殺したのは、飛竜の炎だという噂も飛び交った。州一帯を支配する貴族は山狩りを決意するが、飛竜の噂に関しては、今や姿を見る事さえ稀になった町に来るわけなど無いと一笑に付した。しかし山に攻め込んだ州兵達は、山の中に隠された罠と地形に熟練した山賊達に翻弄され、そして飛竜の吐く炎に怯え追い返されたという。それを聞き、虐げられていた者達は皆喝采の声をあげた。その声は、時代が変わろうとしている事を告げているかのようだった。

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