第3.0話 ゲーム制作同好会設立

 ゴールデンウィークと中間テストが終わった。

 テスト期間の最終日は午後からいつも通り授業します、というわけでもなく、部活や委員会をしていない人はすぐに帰っていった。

 どうやら怠け者の性分は抜けていないらしく、お総菜パンが入ったカバンを体にぶら下げて、いつかは志を同じくした者達の流れに身を投げそうになる。隆也に拾われなければ、家に帰るまで気づかなかったかもしれない。

 部室で食べるからと芝竹君はすぐに教室を出ていき、代わりに隆也が俺の前に座った。俺の席に向いているため、少し窮屈である。

 どこにも属していない隆也がまだいるのは他でもない、シューティングゲームのテストプレイに付き合ってもらうからだ。芝竹君にはUSBメモリでも渡してやってもらおう。

「ついにきたな」

隆也はタッパーに入れたサラダを口に入れながら言った。

「テストプレイのことか?」

何事も大げさに言うのが隆也の信条である。とはいえ、今日は俺にとってもそれなりの出来事で、聞き流すこともはぐらかすこともできない。

「浩太朗にとって青春の結晶だぜ」

「小さな結晶だな」

制作期間は一か月ほどしかない。雪みたいに溶けないか心配なほどだ。

 隆也はサラダを食べ終えると、ポテトチップスの袋を開けた。栄養を考えているのかないのか。おそらく頭の中で、天使と悪魔を同居させているのだろう。そういう奴である。

「もしかして満足してないのか?」

隆也が手を止めて顔を上げる。一度目が合ったが、自分でもわかるほど早くそらした。

 ハハと笑った隆也は、袋を口に付けて、残りのポテチを頬張る。リスみたいだなと笑おうとしたが、なかなか口の中のパンを飲み込めなかった。

 昼食を食べ終えたら、すぐに教室を出る。

 職員室に行ったが、すでに第二コンピュータ室の鍵は誰かが借りていったらしい。秋晴さんが先に行ったと踏んで、すぐに向かう。

 第二コンピュータ室の前に着くと、話し声が聞こえた。秋晴さんともう一人、知らない人だ。

 取り込み中かとも思ったが、俺が来ることを知っている時に大事な話はしないだろうと思い、ドアをノックした。

「新城だ」

俺もいまーす、と隆也が続ける。

「どうぞ」

秋晴さんから返事が来たことを確認して、ドアを開けた。俺が入ると続いて隆也が入る。

 秋晴さんはパソコンの置いていない方の机の前に座っていた。机には食べかけの弁当箱が置いてある。そして、秋晴さんの横には、ジャージを着た女子が座っていた。黒いストレートヘアと白い肌が特徴的だが、秋晴さんに劣らずこちらも目が鋭い。秋晴さんの友達でなかったら目を合わせることも無かっただろう。

「あ、えっと、こっちは紗絵。シューティングゲーム見てみたいって」

俺がジャージを着た女子に視線を向けたことに気づいて、秋晴さんが簡単な紹介をしてくれた。まぁ、聞かなくてもわかる。おそらく気になるのはゲームではなく、友達である秋晴さんが何をやっているかだろう。

 こっちは新城君、と秋晴さんが友達に俺を紹介してくれた。その友達が俺をじっと見てくる。敵意もなければ好意もない、そういう目線だ。

「これが松本だ」

隆也を紹介してみたが、一瞬それた目線はすぐに俺へと戻った。

「先に始めてていいか」

自己紹介で時間を潰す気は無い。視線から逃れるように、ノートパソコンが置いてある長机に向かった。いいよという秋晴さんの優しいお言葉を背中越しで聞きながら、パソコンを開ける。実行ファイルを起動して、シューティングゲームを始められるようにした。

「ジャージ着てるけど運動系の部活?」

さぁ今から作ったシューティングゲームをプレイするぞという時に、隆也が女子二人の方へと行った。まぁ、よくあることである。

「ダンス部でーす。あ、苗字は安藤だから、下で呼びにくかったらそっちで」

秋晴さんとは違う声が聞こえた。思ったよりも明るい口調だ。秋晴さんも普段はこうだったりするのだろうか。

 タンタタンと床を叩く音がして、隆也がおぉーとリアクションする。何かしら披露してくれたのだろう。

「ここは俺もひとつ」

隆也も何か披露しようとしたのか、サッサと服が擦れる音がした。

「それはソーラン節でしょ」

と安藤さんが笑う声がする。

 見てなくてもどんなやりとりをしているのかが容易に想像できた。隆也と気の合いそうな人がいて何よりだ。

 結局、二人が食べ終わってからテストプレイをすることになった。

「誰からやる」

俺はパソコンの画面を見ながら3人に聞いた。マウスをくるくると回し、あてもなくカーソルをさまよわせる。

「私がやっていい?あまりゲームとかわからないけど」

安藤さんが軽く手を上げた。いいという代わりに、椅子とパソコンを譲る。

 スタート画面には、ゲームを始めるか終わるかの選択肢と、操作説明としてキーボードの絵が描かれている。使わないキーは白色で何も書かれておらず、使うキーは赤色で、その上に白い文字で、右、左、と説明が書かれている。とてもシンプルで見やすい。

 始めるを選択すると、ジャングルの背景と共に飛行機も描画される。安藤さんは、適当にキーを押して、上下左右に動かしたり、弾を撃ったり、爆弾を落としたりして、操作方法を確認した。

「これゆっきーが描いたの?」

「そうだよ」

「すごい!動いている!」

出てくる敵には目もくれず、秋晴さんが描いた飛行機をぐるぐると動かした。羽が生えた蛇達が、どんどん画面外に出ていく。

「これって敵を避けるゲーム?」

まったく敵を倒さず経過時間だけを稼ぐ安藤さんを見て、隆也が聞いてきた。

「いや、倒してスコアを稼ぐゲームだ」

まぁ、こういう楽しみ方もありだろう。何かしらのボーナスをつけてみてもいいかもしれない。

 いくら安藤さんが一貫した平和主義だろうと、まったく敵を倒さずにクリアすることはできない。

「あ、なんかすごいの出てきた。そういえばゆっきー、いつもこんな感じの絵描いてるもんね!」

このゲームのボス、メデューサの登場である。

 ボスを倒さないとゲームをクリアできない。なぜなら、それ以外でクリアできる条件を、プログラムとして書いていないからだ。

「このぶんぶん回ってるの何?当たったらダメなの?」

メデューサの回りを、紫色の物体が回っている。毒だ。

 上手く避けられなかったようで、画面全体が点滅する。一定間隔でダメージを受けるようになるのだ。

「え、なんか動けなくなったんだけど」

 飛行機に重なって、灰色の円が表示されている。どうやら、メデューサと目を合わせて石化したようだ。

 安藤さんは慌てて色んなキーを押したが、当然それで解かれるものではない。

「少し待てば動くようになるよ」

秋晴さんがそう言うと同時に、飛行機が再び動き出した。

 さすがに初見、それも普段ゲームをしない人には難しかったようで、メデューサを倒せずゲームオーバーとなった。そのままスタート画面に戻る。

「難しくない?」

安藤さんが立ちながら言った。

 どんな攻撃をするのかを説明しなかったのは少し意地悪だったかもしれない。特に石化に関しては、毒攻撃と違って見える攻撃ではないのだ。

 空いた椅子に隆也が座る。

「安藤さんの仇は俺が取ってやるよ」

すでにメドューサの動きは分かっていて、ゲームも普段からやっているのだ。ここは格好つけてくれよ。

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