第2.17話 共同作業

新しい週が始まりました。この一週間は人生で一度きりしかありません。悔いが残らないように、精一杯楽しく過ごしましょう。

 ニュースキャスターが天気予報のお供に、そのようなことを言った。他の出演者が、どういう挨拶だよと笑っている。

 机の角に、腰をぶつけてしまった朝である。俺がこんな痛い目に合っているのに、なんでそんな呑気に笑っているんだ、とは思わない。俺が腰を擦ることになったことと、テレビから笑い声が聞こえるのは、まったく関係の無い事である。

 そんなこんなで、いつも通り登校する。雨が降る日の教室は、少しだけ土の匂いがした。

「よぉ、浩太朗」

すでに登校していた隆也が、自分の席から立ち上がる。いつもよりも声が低く聞こえるのは、雨のせいだろう。大抵のことは、雨で片付く。中学生の頃は、上手くいかない事があるたびに、雨のせいにしたものだ。

 俺は席に座り、その隣に隆也が立った。

「そういえば、バイトは見つかったのか?」

濡れているせいで、足の指が気持ち悪い。自分から話を振ったくせに、目線が下を向きそうになる。

 隆也は、ブレザーのポケットに手を突っ込みながら、首を横に振った。少し寒いのも雨のせいだ。いや、窓が開いていた。誰だ、雨なのに窓を開けている奴は。おかげで、窓の周辺の机と床が濡れている。

 立つのは面倒だが、さすがに閉めようかと思っていたら、丁度登校してきた芝竹君が閉めた。

「なんで開けてんだ?」

わからんという俺の返事を聞きながら、逆向きで椅子に座った。濡れた短い金髪が、少し大人しく見えた。

 何を思い立ったのか、隆也が、ポケットから抜いた手を半開きにして、前後に揺らし始めた。目を鋭くして、猫背気味になる。

「窓を開けりゃ天然の加湿、周りからしたらただの過失、ちぇけら!」

何かしらの理由はあるのだろうが、加湿のためでは無いと思うぞ。

 そっと席を立った芝竹君が、隆也を指し、そのまま手を広げて、やれやれという感じで振る。それに合わせて顔も振った。まさか隆也に対抗するつもりか。

「そりゃぁラップじゃねぇ、洒落てねぇ駄洒落。やめてくれや、中途半端な、バッドムードメーカー」

「ぐぬぬ」

 返されるとは思わなかったのか、隆也は引きつった顔を見せた。

 ラップでぐぬぬとは言わないと思うぞ。

 言い返されたのなら言い返そうと、隆也が口を開いた瞬間に、授業だから席に座れと注意を受けた。今日の一時間目を担当する先生だ。周りからの軽い笑い声を受けながら、隆也は自分の席に戻る。

 ラップがどういうものかは知らないが、見てる分には面白かった。出来れば俺から何メートルか離れてやってほしかったが。

 先生によると、実験のために窓を開けていた奴がいたらしい。雨が降っている時に物を落とすと速度に変化はあるか、という教室を使わなくてもいい内容だ。なぜか教室にいるみんなに注意をしていた。当然、誰も注意を真剣には聞いていない。

 芝竹君は、先生がこっちを向いていないタイミングを見計らって、上半身だけ俺のほうに向けた。

「なんだ」

「今日の放課後さ、見に行っていいか?」

「何をだ」

わかっているのに質問で返すのは、俺の悪い癖だ。治そうとは思わないが。

「ゲーム作ってるとこ」

「他の人にも聞いていいか?」

すでに他の部活に入っている見学者である。いきなり来ても困惑するだけだろう。

「わかったら教えてくれ、今日の放課後は暇なんだ」

そう言うと、芝竹君は前を向いた。

 先生が、なんでパンを落としたんだせめてゴムボールだろ、と怒っているのを尻目に、スマートフォンを開けた。内容は簡潔に、今日見学したい奴がいる、入部希望じゃないがいいか、とだけ送った。当たり前だが、すぐに返信は来なかった。

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