第2.7話 共同作業

 朝、教室に着くと、俺の席に隆也が座っていた。前の席の竹芝君もいて、案の定二人で喋っている。

 俺に気づいた隆也が席を立つ。

「よぉ、浩太朗、今日も遅いな」

隆也は俺の机にもたれかかるなり、いつものにやけ面で言った。

「これより早く来ようと思うと、二十分早いバスに乗らないといけないからな」

二十分早くバスに乗るということは、二十分早く起きるということだ。寝ることが好きなわけではないが、学校に比べれば優先度は高くなる。

「なら少しはその二十分で髪でも整えたらどうだ?芝竹を見てみろよ」

いつの間に呼び捨てするような仲になったんだと思いながら、芝竹君の方を見る。

「どうかしたのか?」

「わからないのか?」

隆也はほらと、右手で芝竹君の頭を指した。芝竹君がそれに応えるように、決め顔を作る。視線をこちらに向けたまま顔を斜め上に向け、目を細める。モデルとかがよくやってるようなやつだ。

 なるほど、さすがに気づいた。お洒落に鈍感な俺でも。芝竹君は髪を茶色く染めていた。そして、ワックスを使ったのだろう。元々短い髪を上に立たせていた。

「芝竹に習って俺らも染めようぜ」

隆也がオールバックにしている自分の髪を触る。

「待て、髪を染めれるのはJクラスの人達だけじゃなかったか?」

Jクラスに素行の悪い人が集められているというのは、隆也から聞いた話だ。

「別に髪の色は校則では決まってねーよ。秋晴さんだって染めてるだろ」

そういえば、そうだった。知り合って一週間ほど経つが、校則を破るような人とは思えない。

「それにほら、他にも染めてる人はいるぜ。あんまり目立たないけどな」

隆也が自分の席の方を振り向く。隆也の席の近くに座る女子達が喋っていた。確かに、よく見れば、毛先だけ色が違う人がいた。光の反射のせいか白色に見える。

「あれは何色だ?」

「白だろ」

隆也が瞬時に答えてくれる。

 しかし、歳を取れば否応なしに白くなるのに、どうしてわざわざ。

「しら」

「白髪とは違うからな」

心の声がこぼれたところを、隆也が拾う。

 ふむ、違うのか。まったくわからんな。

「なんかお前ら仲いいな」

俺と隆也のやりとりを見ていた芝竹君が、半笑いしながら言ってくる。

「そう見えるか?」

確かに隆也とはそれなりに長い付き合いであり、俺の唯一の友人と言っても過言ではない。だが、好みのほとんどは反りが合わず、今もそんなに盛り上がっているとは思えない。

「いや、今がそう見みるというよりは、こんなやり取りしても疎遠にはならないんだろうなって」

なるほど、それはそうだな。もしもこいつが、世間を騒がせるほどの事をやらかしたとしても、今と変わらずに接するだろう。というかすでに、ちょっとした騒ぎなら起こしたことがある。まぁあれは、隆也が悪いわけではないのだが。

「腐れ縁ってやつだな」

 俺が昔のことを思い出しながら隆也の方を向くと、なんだよと睨まれた。なんでもございません、親愛なる、ええと、なんだ。

「というか、遅いな、先生が来るの」

芝竹君が黒板の横の時計を見ながら言った。すでにホームルームの時間に入り、二、三分経過している。昨日も一時間目の授業が遅れていたが、どうなっているのだ。授業が遅れるのは喜ばしいことだが、今後も続くことがあれば、夏休みが削られる可能性が出てくる。

「さっきの話で出てきたが、Jクラスの奴らがトラブってるって噂だ」

俺が怪訝そうな顔をしていたのか、芝竹君がにやりとしながら俺に言う。そういう話は隆也が好きなんだ。

 しかし、隆也が食いつくことなく、話はすぐに変わってしまった。

 芝竹君が山岳部ということもあり、山について語ることになった。芝竹君は中学生の頃も山岳部だったらしく、合宿ではそこそこ高い山に登っていたらしい。

「雲を食ったことあるってまじ?」

「ま、まぁな、甘くはなかったけどな」

隆也が驚くとは思わなかったようで、芝竹君はぎこちなく威張った。

「甘くないだと」

隆也がわざとらしく落ち込む仕草をする。両手を俺の机に乗せてうなだれた。

「山頂じゃなくても、霧が出てるところで深呼吸したら同じ体験が出来るぜ」

芝竹君が隆也の肩を擦りながら言った。慰めている仕草だ。

 雲と霧は同じ水蒸気が集まったものだ。甘くないのは当たり前である。隆也もそれくらいは知っているはずだが、こういうジョークでは無知側に回る。損な役割に思えるが、意外と楽なのかもしれない。参考にすべきだろうか。

 合宿最後に入った温泉が気持ちよかったとか、そこで売っていたカレーパンが美味しかったとか、そんな思い出話しを聞いてるところで、先生がやってきた。

「先生遅刻ですか?」

隆也が自分の席に戻りながら聞いた。先生が答える前に、寝坊ですかぁ?と他の人が茶々を入れる。最近隆也と喋っている女子達の誰かだ。 

「ちょっと問題があってな、大丈夫、君らには関係ない」

先生が点呼を取るために、名簿表を広げる。

「大丈夫って何が大丈夫なんですかぁ?」

「それってダンゴウ社会じゃないですかぁ?」

隆也がしまったと、顔をしかめる。

「おいおい、これじゃ余計授業が遅れるじゃねーか」

芝竹君が背もたれに右腕を乗せながら小声で愚痴る。

 一時間目の担当をする先生が廊下で立っているのが見えた。何も悪いことはしてないのに。ご苦労様です。

 大人しい生徒が集まれば、新らしく騒がしい奴らが生まれるのは、まぁよくある話である。それがたまたま、隆也が仲良くしてる人達だっただけである。

 ただ、騒がしい奴らは慣れていないらしく、周りの目に気づくと、勢いが無くなった。授業が無くなることを期待した者もいたかもしれないが、俺としては数分遅れるくらいで十分だ。

 一時間目の授業が終わると、隆也がやってきた。

「あいつらを掻き立てるつもりじゃなかったんだ。単純に遅れてきた理由が知りたかっただけで」

それなりに落ち込んでいるようである。授業を無くすようなことをする奴じゃないということは知っている。少しはフォローしてやるか。

「まぁ、気にするな。あと、俺に近寄るな」

「浩太朗が気にしてるじゃねーか」

ふむ、ツッコミができるなら大丈夫だな。

「結局、遅れた理由は分からずじまいだな」

芝竹君がこっちに向きながら言った。

「やっぱJクラスの奴らかもなぁ」

「そんなにJクラスで問題が起きてほしいのか?」

「そりゃまぁ、ヤンキー漫画とか読んでるとさ。乱闘とか生で見てみたいじゃん?」

どうやら芝竹君は喧嘩物が好みらしい。

 隆也の方は一言もない。騒がしいのはうざったいが、こう静かだと何か違和感がある。鼻歌でも歌ってくれるのが一番平和なのだが。

「乱闘って言ってもせいぜい一クラス分だろ、漫画みたいなものは期待できないじゃないか」

漫画みたいなものなら一度くらいはお目にかかりたいものだが、ただの小競り合いで授業が無くなって、夏休みが削られるのは勘弁だ。

「もしかしたら俺らも巻き込まれるかこしれないだろ」

芝竹君の表情から見て、巻き込まれるという言葉は語弊である。

「痛いのは嫌だぞ」

「言い方が可愛いな」

馬鹿にしているのか?とりあえず睨んでおく。

「隆也、俺が来る前もJクラスの話してたのか?」

さすがに気持ち悪いので、なんでもいいから言葉を発してもらう。

「漫画の話をしてた、ヤンキー系の」

そう答えると、俺の机にうつ伏せになった。当然座っていないので、膝を床につける。

「おい、あと五分で二時間目が始まるぞ、それまでにどいてくれるんだろな。俺まで仲間だと思われるだろ」

別にさっきので先生達から目をつけられたとは思わない。ちょっとノリを間違えてしまっただけである。ただ、クラスメイトがどうかはわからない。中には良い気がしない人もいるだろう。

 隆也は無言で立ち上がり、自分の席へと戻っていった。

「松本って意外とデリケートなんだな」

落ち込みすぎじゃねと、芝竹君が不思議そうに見る。

「中学の頃にも似たようなことあったからな。あぁ見えて、中学の頃は成績もよかったんだ」

「新城君よりも?」

どうして俺が引き合いに出される。たまに勘違いされるが、俺は平均よりも低いぞ。

「俺じゃ足元にも及ばんよ」

多分芝竹君にもと、心の中で付け加える。

「それは言い過ぎだろ」

芝竹君が笑う。

 俺よりも隆也の方がいろいろできているし、周りも見てる。中学の事が高校でも繰り返されるとは思わないが少し不安だ。

 二時間目を担当する先生が教室に入ってきた。同時にチャイムが鳴る。慌てて教科書とノートを出す。

 しまった、シューティングゲームの事を忘れていた。次に作るのは確か、まっすぐ飛ぶ弾と、ボスを倒した後の処理だ。これからの時間はそちらを考えることに費やそう。

 とりあえずノートには、先生の小話や教科書に書かれていることを適当にメモし、黒板に書かれているものは、今度芝竹君に見せてもらえばいい。昨日見せたのだ、売った恩は早めに返してもらうのが、俺のやり方だ。

 さてさて、まっすぐ飛ぶ弾はともかく、ゲーム画面の切り替えはしっかりと考えるべきだ。後で困るのは自分である。

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