第2.6話 共同作業
職員室に行くと、ちょうど知らない先生が入るところだった。岡林先生を呼んでもらう。
おお新城君か、と岡林先生が来ると、軽い会釈だけをして本題に入る。
「ペンタブか液タブありますか?」
「ペンタブ?ああ、あの絵を描くやつか」
ちょっと待ってろと奥に入っていく。すぐに戻ってきたが、手には何も持ってない。
「すまん、漫研かアニ研に貸してるんだったわ。今週中には返してもらえるよう頼んどくから、今日は諦めてくれるか?」
岡林先生はバツの悪そうに後頭部を掻く仕草をする。
貸しているということは、ゲーム制作部の備品としてあるということだ。これは朗報だと思っておこう。
「わかりました。返ってきたら教えてください」
ではと、踵を返そうとすると、ちょっと待てと止められた。
「せっかくだから今何やってるのか教えてくれ」
岡林先生は、開けたままだった職員室のドアを閉めながら聞いてきた。
「シューティングゲームを作ってるんですよ」
多分俺は、少し嫌そうな顔をしながら答えたと思う。
「それは知ってる。もっとこう、プログラミングでこれに悩んでるんですとか、アイデアが浮かばないんですとか、そういうのあるだろ」
口が寂しいからと、岡林先生は壁にもたれながらスーツの内側の胸ポケットに手をごそごそと突っ込んだ。タバコでも吸うのかと思ったが、出てきたのは小さなラムネが入ったプラスチックの入れ物だった。カラカラと降りラムネを手に乗せ、口に運んでバリバリと食べてた。
ペンタブか液タブが欲しいということを省けば、今すぐに解決したいという問題は無い。もう少し人が欲しいという気持ちもあるが、今作っているシューティングゲームを完成させてからのほうが都合がいい。新しく人員が増えるということは、新しく作業を作るということになるからだ。チームで何かをするということは難しいものだ。
「まぁ、無いんならいいんだ別に。忙しいのは嫌いだが、部活の顧問やってる先生らに比べて暇なんでな。同好会ができるならお節介でもしようと思ったんだ」
岡林先生はラムネを追加で食べ、カプセルを振っても音が鳴らないことを確認すると、ズボンのポケットにしまった。
なるほど、暇なのか。周りが忙しくしている中、自分だけ手持ち無沙汰なのが嫌なのだろう。それを簡単にラッキーだと思えるのなら、世の中にある悩みの一握りは無くなる。だが、それは俺にどうこう出来るものでもない。せいぜい、作ったゲームをテストプレイしてもらうくらいだ。
「まだ作り始めたばかりなんで、いずれ何かしらの問題が出てくるかもしれません。その時はお願いします」
あまり長話も出来ない。早く戻って、今日は使えないが備品としてはありそうだということを、秋晴さんに伝えなければ。
岡林先生は、わざわざ閉めたドアをすぐに開けることになる。
「ゲーム楽しみにしてるからな」
頑張れよと手を軽く上げながら、職員室に入っていった。癖で軽い会釈をしたが、あちらは気づいてないだろう。
第二コンピュータ室に戻ったら、秋晴さんに今はペンタブが無い事を伝えて、それからどうしようか。そういえば、羽の生えた蛇という敵一体のプログラムは出来たが、敵を出現させるプログラムは考えていない。決まったタイミングで決まった位置に出現させるとしても、ランダムだとしても、それを管理するプログラムが必要だ。
プログラムの中身を考えながら、第二コンピュータ室に戻る。
ドアを開けると、ズズズンという音や、ドーンという音が、電子的なピアノと共に流れてきた。懐かしい気持ちが出てくるが、昔聴いたというわけでもない。昔のゲームによく使われていたような音楽だ。
「あ、お帰り」
秋晴さんは一瞬だけ振り向くと、すぐにゲームに戻る。
画面を覗くと、シューティングゲームをしていた。飛行機の横を写していて、乗った人の顔が出ており、髪がなびいている。ハエを緑色にしたような敵が何匹か列になって現れてくる。ハエには銃口が取り付けられていて、そこから火の玉が出ている。火の玉はそれぞれが別の方向を向き、まっすぐ飛ぶ。
キーボードで操作された飛行機は、火の玉を上手くかわしながら、ミサイルを放つ。ミサイルは五つ出て、それぞれが無駄な軌道を描きながら、それぞれのハエに体当たりしていく。当たったミサイルは爆発し、それと同時に、ハエは点滅しながら向きを変え、下に墜落する。画面の下にたどり着くと、ドンという音と共に爆発した。
最後にハエを二回りほど大きくしたボスを倒し、一つ目のステージをクリアしたようだ。
「それでどうだった?」
秋晴さんは、ゲームを閉じると、俺の方に向いて聞いてきた。
「ペンタブはゲーム制作部の備品としてあるそうだ。だが今は、他の部活に貸しているらしい。今週中には返してもらうと岡林先生が言っていた」
「そっか、ちゃんとゲーム制作部のがあるんだ。あとごめん、せっかく聞きに行ってくれたのに。有料の方は無料の方と基本的な機能は同じで、違いがあるところは使ったこと無い部分だと思う」
秋晴さんは、有料の方が少しデザインがいいかもと、付け加える。
なるほど、ある程度までは無料でも有料とそんなに違いはないのか。所詮は高校生の部活だ、基本的な機能が使えるのであれば、どちらでもいいだろう。プログラムを組む俺にとっては、画像さえあればいいのだ。
「なるほど。で、そっちのほうはどうだった?」
パソコンの方に目を移して聞いてみる。
写っているシューティングゲームは、ブラウザで動くゲームで、ダウンロードは不要だ。俺が帰ってきた時に、ステージを1つクリアしたのだから、そんなに難しくは作っていないのだろう。
「悩んでたメドゥーサの手の形が決まったかも。あと、背景も少し凝ってみたい」
そう言うと秋晴さんは、パソコンに向かい、何かを検索し始める。すぐに目当てのものが見つかったのか、パソコンを俺に向けてくる。
画面には、ジャングルの中に佇む遺跡の写真が写っていた。苔が生えた白い壁はひびが入り、所々崩れている。遺跡の真ん中を、大きな木が突き破っており、いくつもの太い根が、それを取り囲んでいる。何かの映画で大きなタコが船に巻きついているシーンを見たことあるが、まるでこの風景を見て思いついたんじゃないかと思ってしまう。
「どこにある遺跡だ?」
どこと聞いたが、現実にある場所かという意味で聞いたのだと、自分でも気づく。
秋晴さんが東南アジアにある国名を出す。なるほど、いずれ調べてみよう。
しかしこれは、思ったよりも長引きそうだ。今思えば、ボスキャラもそこまで凝る必要は無かった。最低限シューティングゲームと言えるものが出来ればいいと思っていたのだ。背景に関しても、空に見立てて青一色を考えていた。そこに弱い敵と同じように、雲を画面の端に発生させて、反対側に流れさせればそれっぽくなるだろうと。
想定してたよりも、ちゃんとしたものを作らないといけない。だが不思議と、それを面倒だとは思わなかった。
「弾とメドゥーサ、どっちを先に描いたほうがいい?」
秋晴さんがパソコンを閉じながら聞いてくる。ペンタブが無い今、絵は家で描くしないのだ。
「先に弾を頼む。まっすぐ出る弾だけあればいい、前に言ってたしずくの形をしたやつだ」
弱い敵を倒せるようにすれば、クリアとゲームオーバーの処理も作ることができる。おそらく背景を描くのに時間がかかるだろう。その間に出来ることが無いのは非効率に思う。
「わかった、じゃあ、帰ったらすぐに始める」
秋晴さんは立ち上がると、リュックを背負う。俺もそれに従い、スクールバッグを持つ。
部室から出ると、秋晴さんが鍵を閉める。お互いに、お疲れ様でしたと軽く会釈をする。
「今日はちゃんと寝てくれ」
そういえばと、少し冗談を交えたように言ってみる。
「寝たよ?」
秋晴さんは、しつこいと言うように睨み、踵を返した。
ふむ、こういうのは難しいな。隆也なら上手くやるのだろうか。
秋晴さんの後ろ姿からは、怒ったような素振りは見えない。いや、後ろ姿で他人の感情を察するほど、俺は出来てはいない。
校門に向かう途中、窓を眺めてみる。綺麗な夕日が見えた。
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