第1.1話 潰れたゲーム制作部
「帰宅部の漫才面白かったな」
教室に戻る途中、隆也の部活紹介の感想の一番目がそれだった。
「帰宅部なんて正式にはないだろうに、よく先生達が許可したな」
やはり俺は、現実的なことを考えてしまう。先生達も笑っていたから、そういう学校なのだろう。実際、帰宅途中に生き別れの兄弟と出会うところから始まった漫才には、時間を忘れさせられた。ちなみに、菓子研はなかったが、グローバル料理研究会というものはあった。部活見学に来てくれたらトウモロコシの粉で作ったシマという料理を御馳走します、とだけ言っていた。しかし、それらよりも大事なことがある。俺たちにとっては面白い漫才よりも、食後のデザートよりも重要なことがあった。
「他にも面白そうな部活はあったけど、ゲーム制作部出てこなかったな」
隆也もそれについて触れてきた。当たり前だ。今日のメインだと言っても過言ではない。
「廃部したのかもな」
あーあといった感じで隆也が言った。
正直それでいい。もともと入る気はないのだから、見学の手間が省けたと考えればプラスでしかない。
後で職員室に行って確かめようぜ、と隆也が言った。そのとき俺は、すごくめんどくさそうな顔をしていたと思う。
部活紹介が終わると、あとはホームルームだけだ。ホームルームの時には入部届けが一人につき一枚ずつ配られた。この学校では兼部は認められていないのだろうか。まぁ、俺は部活には入る気はないので、どちらでもいいが。黒板には、
「月曜日~金曜日 部活見学」
と書かれていた。来週の主な予定である。
来週の火曜日の体育は、体力測定があるから体操服を忘れるなよと、先生が蛍光灯で光った頭をかきながら言った。同時にチャイムが鳴る。本来であればこれで家に帰れるのだが、今日は違う。今から隆也とゲーム制作部について聞くため職員室に行かないと行けないのだ。
ホームルームが終わると、隆也と一緒に教室を出た。担任の先生に聞くのが早いのだが、どうせなら顧問に会ってみたいと、隆也が言うのだ。本気でゲーム制作部に興味があるらしい。
「隆也はゲーム制作部に入るって決めてるのか?」
こんなにゲーム制作部を気にしているのだ、これで入るつもりはないなんて言うなよ。
「いや、浩太朗に入って欲しいなって」
まさか隆也は入る気は無いのか。
「なんで俺にゲーム制作部に入って欲しいんだ」
「別にゲーム制作部じゃなくても、それこそ部活じゃなくてもいいからさ、浩太朗には青春を謳歌してほしいんだ。せっかくの高校生なのに、何もしないなんて勿体ないだろ」
おい、それじゃまるで、俺が何もしないつまらない人間みたいじゃないか。そもそも何をしなくて勿体ないとかは、自分で決めることだ。
「どういう高校生活を送ろうと俺の勝手だろ」
「そう言わずにさ、試しに入ってみろよ」
試しに入ってすぐに、やっぱり辞める、なんて失礼な気がする。それにゲーム制作部があるのかも怪しくなってきた。賞を取った実績があるのに部活紹介に出ないなんて、何か問題を起こして廃部になったのかもしれない。もしくは新入生を歓迎していないのかもしれない。なら俺は入る必要はないだろう。
「隆也が入ってみればいいじゃないか。本が読めるくらい落ち着けそうなところなら、俺も入るか検討する」
学校の中でも気が休めるところができるのは、ものすごく素晴らしいことだ。たとえ、それが部活であったとしても。
「本が好きなら、図書委員とかどうだ?」
漫画研究会もあったなぁ、と、隆也がゲーム制作部以外も俺に提案をしてくる。
「漫画を読むだけでいいなら、漫画研究会ってとこが気になるな」
自分で描くなら論外だが。
「月に一回読み切りを描くって部活紹介の時に言ってたぜ、部活紹介を覚えていないなら、浩太朗にとっては魅力的じゃなかったってことだな」
隆也はそう言うと、うーんと考え出した。
「帰宅部の漫才の印象が強すぎたからな」
俺以外にも、他の部活の紹介は覚えてないって人はいるのではないだろうか。
「確かに浩太朗っていったら帰宅部だな。けどそこをあえて他の活動してほしんだよ」
ちっちっちっと隆也が指を降る。
「浩太朗には廃人になってほしくないんだ、漫画とアニメに溺れてほしくない」
俺を心配してるようなセリフだが、表情はニタニタしていた。本当に俺が廃人になったら、自分は預言者だったんだと大喜びしそうだ。
「別に漫画とアニメだけじゃない、ゲームもしてる。それにプログラミングの勉強も本腰入れようと思ってる」
ゲーム制作部の話が出ている今は、プログラミングとかの話はしたくなかったが、自称預言者を生むわけにはいかない。
「本腰を入れる?何か作りたいものでもできたのか?」
隆也が顔を近づけてくる。近い。頭でもぶつけてやろうか。いや、間違って唇もぶつかるかもしれない。やめておこう。
「ゲームでもつくろうかと、そのためのパソコンも買った」
近づいたままの隆也の顔はキョトンとしていた。さすがにうざいので押しのける。
「元々親のパソコン借りて勉強してたんだが、もう少しスペックのいいものが欲しくてな。いい値段だった」
隆也は、キョトンとした表情のまま、何かを言いたそうに口を少し開けた。
何を言われるのか聞くために待とうとしたが、つい顔を背けてしまう。
夢というほどのものではないが、何かをしたいということを人に言うのは少し恥ずかしい。俺は海賊王になる、というのは、それを宣言するだけでもすごいことなのかもしれない。
隆也はいろいろ言いたそうではあったが結局、そっか、とだけ言い、少し笑うと前を向いた。
何を言われるんだと、身構えていただけに、肩透かしを食らった気分だ。
隆也が止まると、職員室に着いたと気づく。隆也がドアを叩き、失礼しますと言うと、ドアを開ける。コーヒーの匂いが漂ってきた。
まずは隆也が入り、その次に俺が入る。高校の職員室はどんなものかと見回したが、中学校の職員室とあまりかわらない。知らない女性の先生が俺たちに気づくと、要件は?と聞いてきた。
「ゲーム制作部の顧問の先生はいらっしゃいますか」
隆也が尋ねる。相手が先生なので当たり前だが、隆也が敬語を使うのは少し貴重に感じる。
「ゲーム制作部の顧問、岡林先生ね、ちょっと待ってて」
女性の先生は手でここで待ってろという素振りを見せると、少し奥に行き、何か作業している男性の先生に呼びかけた。男性の先生は短い黒髪で、前を七三でわけているが、少し乱れていて、整えてるとは言えない。身長は平均くらいだろうか。
「俺がゲーム制作部の顧問、岡林だ」
岡林と名乗る先生は俺と隆也を見ると、新入生か?と聞いてきた。俺と隆也は一瞬顔を見合わせたが、すぐに隆也が反応した。
「はい一年です。ゲーム制作部に興味があります」
隆也とは小学生の時から一緒にいるが、ここまで先生というものに敬語を使うのは初めてだ。俺はゲーム制作部よりもそっちが気になる。
「おっ、ゲーム制作部に興味があるのか。なんでも聞いてくれ」
岡林先生はゲーム制作部と聞くと嬉しそうな顔をしたように思えた。やはり新入部員を募集していたりするのだろうか。部活紹介でゲーム制作部が出てこなかったことが気になる。
「先生はゲーム作れるんですか?」
隆也が質問した。なんて野暮な質問だろう。作れないわけないだろう、ゲーム制作部の顧問だぞ。
「いや、俺はまったくわからないね。勉強する暇もない」
そうですか。
「じゃあなんでゲーム制作部の顧問になったんですか」
やらされているのだろう。
「校長にゲームは好きかって聞かれて、はいって答えたらやらされたんだ」
世の中にはバスケの経験が無いのに、バスケ部の顧問にさせられる人もいると聞く。先生という仕事はドラマで見るようなキラキラしたものではないのかもしれない。
「やらされたって言っても、結構充実してたんだけどな」
岡林先生が笑いながら言った。作り笑いには見えない。
「いい部活だったんですね。じゃあなんで、部活紹介しなかったんですか」
隆也が本題に入る。正直、岡林先生が充実していたとかはどうでもよかった。
「しなかったんじゃない、できないんだ」
岡林先生が少し濁したように言う。
「先生だけじゃなく部員もゲーム作れないんですか?」
確かに、誰もゲームを作れないのにゲーム制作部の紹介なんてできないな。
「そもそも部員がいなんだ、去年まではいたんだけどな」
岡林先生が落ち込んだように言った。
「3年生は受験勉強のためにやめた、2年生はもともと0だった」
なるほど、マイナーな部活ならそういうものなのかもしれない。
隆也も、そうなんですか、と質問をやめた。
部員がいないのは驚きだが、これは俺にとっては好機だ。部員がいないということは、廃部したも同然である。廃部した部活には入れない。俺は部活に入る必要がなくなる。
「部員がいないってことはもう廃部ですか」
俺は確認のため聞いた。
「そうだな、4月中に5人入ってくれなければ廃部だな」
部活紹介もなかったのだ、その5人も集まらないだろう。
「他に聞くことはあるか」
俺は隆也に確認する。無いのならもう帰りたい。
「じゃあ、最後に一つだけ。先輩達はどんなゲームを作ったんですか」
確かにそれは気になるかもしれない。賞をとったゲームなのだ。クオリティが高いか、面白いのか。
「ゲームの内容なんて口で聞いても面白くないだろう?ちょっと待ってろ、部室のカギと、ゲームデータが入ってるUSBメモリを持ってくる」
そう言うと岡林先生は、職員室に入っていった。
しばらくもしないうちに、岡林先生は戻ってきた。片手にカギとUSBメモリを持っている。
「第一コンピュータ室はパソコン部が使ってる。ゲーム制作部は第二コンピュータ室だ。パソコンはどれを使ってくれてもかまわん」岡林先生は場所を伝えると、俺たちに顔を近づけて小声で、間違えるなよ、コンピュータ部とは仲が良くなかったから、と釘をさした。
どっちの部室を使うかとかでもめたのだろうか。
隆也はカギとUSBメモリを貰い、ありがとうございましたと軽い礼をした。
早く帰りたいが、先輩が作ったというゲームも気になる。俺は、早く行こうぜと言わんばかりに歩き出す。
「浩太朗も結構気になっているんだな」
隆也は嬉しそうに言う。多分コイツは、ゲームの内容には興味ないのだろう。
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