第1.2話 潰れたゲーム制作部


第二コンピュータ室の前には、一人の女子生徒がいた。赤茶色の髪に、短めのスカート。ブレザーのボタンはひとつも閉めてなかった。俗に言うお洒落というものだ。

 女子生徒は俺たちに気づくと、ゲーム制作部の人達ですか?と聞いてきた。目つきが少しするどく、睨まれているように見えた。俺は何も悪いことはしてないぞ。隆也はどうか知らないが。

「残念、俺らは新入生」

隆也はわざとらしくがっかりした表情を見せた。女子生徒は、そう、とだけ言い、何かを考え始めた。

「ため口でいいのか?先輩かもしれんぞ」

相手は気にしていないから同級生かもしれない。しかし、隆也がこういう場面で注意を受けるところを何度か見てきた。

「心配性だな、部活紹介の時に見かけたんだ、右隣のクラスだった」

一度近くで座っただけだろう。よく覚えていたな。

「一度見た顔は忘れないタイプだったか?」

「可愛い子は一度見たら忘れないタイプの人間なんだよ。それに右隣のクラスはJクラスじゃない、お洒落してるのはめずらしい」

 この学校には、偏差値の高い大学を目指す特進クラスのAクラスがあり、それを省いたB~Jクラスが普通クラスと呼ばれる。そして、噂では、普通クラスの中でさらに二つ分かれていて、最後にあたるJクラスは素行の悪い生徒達が集まっているクラスだという。入学式の時に隆也に教えてもらった。基本的に髪を染めたり、スカートを短くしている人たちはJクラスの人達だけで、特進クラスのAクラスと普通クラスのB~Iクラスの人達は、髪を染めたり、大きなベルトをしたり、スカートを短くしたりと目立つことはしない。

もう一度女子生徒のほうを見る。地毛という可能性もあるが、やはり髪の色は赤茶だ。

スカートも少しではあるが短い。

「ゲーム制作部にはどのような用で?」

同じ人間なのだが、女子、とくにこういうお洒落そうな人に問いかけるのは少し緊張する。

「ゲーム制作部に入りたかったんだけど」

女子生徒の目つきが鋭いせいか、聞かなくてもわかるでしょ?と、睨まれてるようだ。

「ゲーム制作部は廃部予定らしい」

人数が集まれば廃部しないってことは言わない。だったらお前も入れって言われたら面倒だ。

「だから部活紹介に出てこなかったんだ」

女子生徒が少し残念そうに言った。

 お洒落な女子もゲーム制作部に入りたいと思うことあるんだな、なんてのんきに思っていると。

「そこの女子生徒さん」

隆也はニコニコしながら、招き猫の要領で手をチョイチョイと動かして、女子生徒に呼びかけた。

 こんなとこでナンパなんてするなよ。俺は隆也を少し睨む。隆也のいいところは雰囲気に流されないことだが、悪いところは空気を読まないことだ。

「今から先輩達が作ったゲームやってみようかなって思ってるんだけど、一緒にどう?」

隆也はそう言うなり、ニコっとした。女子生徒は頷く。

 隆也は岡林先生に貰ったカギでドアを開けた。ドアの横にある室名札には第二コンピュータ室と書かれている。隆也が先に入る。俺もさっさと入ろうとすると、同時に女子生徒も入ろうとしていた。体がぶつかりそうなところでお互いが止まる。

「すまん」

「あ、ごめん」

経験上こういうときは、邪魔、とか、どいて、とか言われることが多かった。が、さすがに高校生になると中学の頃とは違う。今更自分が高校生になったんだなと実感した。

お互いにどうぞどうぞと譲り合い、結局どちらも入れない・・・ということはなく、先に女子生徒が入った。先輩が作ったゲームへの興味が、俺より女子生徒のほうが高かったのだろう。連続回避本能といったか、譲り合いの勝負などしたくはなかったので向こうが即断してくれて助かった。

 女子生徒が入ったのを確認して俺も入る。

 第二コンピューター室は思ったより狭かった。教師が使うのであろう、ホワイトボードの前にはデスクトップが一台置かれていて、他には白い長机が二つ、それぞれが壁について置かれている。片方の机には三台のノートパソコンが置かれていたが、もう片方には何も置かれていなかった。

 なるほど、やはりコンピュータ部とは部室の取り合いで拗れていたのか。

 隆也は長机の方に向かうと、「どちらにしようかな」と左側の椅子に決めて座り、ノートパソコンを開けた。パスワードは画面の横に貼ってある黄色いテープに書いてあった。

 パソコンを起動させると、USBメモリを挿し込み、フォルダを開けた。フォルダの中には、西暦であろう四桁の数字が書かれたフォルダが三つ入っていた。どれが賞を取ったものなのかはわからない。

「どれにする?」

隆也は俺と女子生徒に聞いてきたが、カーソルは既に去年のものに重ねていた。

中身を知らないのだ、どれを選んでも変わらないだろう。

「去年ので」

女子生徒も特に悩むことなく、それで、とだけ言い、隆也は去年のフォルダを開けた。

フォルダを開けると、"〇〇〇"という実行ファイルと、"〇〇〇の説明書"というテキストファイルが入っていた。

「説明書か、懐かしいね」

隆也はそう言うと、説明書を開けた。

 確かに、最近のゲームは説明書を読んでからプレイするのではなく、ゲームを進めながら操作方法を覚えるものが多い気がする。

 説明書の中身はシンプルだった。白い背景色に黒色の文字。イラストや図等はない。見やすくするためにされた工夫といえば、”〇〇〇”というタイトルを「」で囲っていることと、文章毎にスペースを開けていることくらいだろうか。

 隆也は、ふむふむ、なるほどなるほど、理解理解と説明書を読み終えると、女子生徒に椅子を譲った。女子生徒はじぃっとにらみつけるように読み、ふぅと一息つくと俺に譲った。 説明書というものを読むのは久しぶりだ。しかし、理解する必要はない。どうせ隆也か女子生徒が先にやるのだ。俺は適当に真似をし、適当に終ってしまえばいい。

  椅子に座ると左手で頬杖をつき、右手でマウスをカチカチとしながら、説明書を適当に読んでいく。後ろでは隆也が女子生徒に、浩太朗はこういうのちゃんと読まないんだぜと女子生徒に言った。よくわかってるじゃないか。俺は少し嬉しく思い、読むスピードを上げた。

 ゲームの内容としてはよくあるもので、キャラを左右に動かしたりジャンプさせたりして進める、いわゆる横スクロールアクションと呼ばれるゲームだった。主人公は何度も生き返るゲームの世界に嫌気をさし、何度もゲームオーバーを試み、終わりを目指そうというもの。プレイヤーはキャラを敵に当てたり、穴に落ちたりしてゲームオーバーを目指せばいいのだ。 思ったよりも早く読み終えてしまったが、それでも長い文字列を見た後は、天井を仰ぎたくなる。

「誰が先にプレイする?」

隆也は女子生徒に聞いた。俺を一瞥もしないことから、俺が先にプレイするという可能性を考えていないのだろう。女子生徒のほうは遠慮したのか、誰でもとだけ答えた。

 隆也が先にプレイすることになり、俺は椅子から立ち上がった。もし隆也好みのゲームなら、俺の分をやってくれても構わない。先輩達がどんなゲームを作ったのかを知りたいだけで、プレイをしたいわけではない。

 隆也はテキストファイルを閉じるとexeファイルを開けた。

exeファイルを開けるとスタート画面が表示される。スタート画面の真ん中には大きめな文字でタイトルと、その下に小さめにPlease the Enter keyという文字が表示されていた。Please the Enter keyという文字はゆっくりと点滅している。

 隆也は、見てろよ俺のスーパープレイをと言いながら、腕まくりをする。ブレザーが中途半端にしかまくれていなかったせいか、すぐにずり落ちる。そういえば、俺は最近腕まくりをしてないな。テレビでモテ仕草だと言っていて、クラスの特に仲良くもない奴らからアピールだとからかわれるんじゃないかと、控えるようにしたのだ。こういう小さなことに気を付けるのも、上手く生きていくための処世術だ。

 スタート画面からステージを選択する画面に移ると、レトロゲームによく使われるようなピコピコしたBGMが流れる。幼少期によく聴いていた、というわけでもないのに、少し懐かしさを感じさせる。

 ステージはたくさんあったが、選択できるのは最初のステージだけだった。クリアすると次のステージに行けるようになるのだろう。いや、ゲームオーバーを目指すのだから、クリアしたらダメなのか。

「隆也、行きまーす!」

突然大きな声を出した隆也は、エンターキーを押した。ステージ選択画面から最初のステージに移る。

 最初のステージは画面に収まるような小さな部屋だった。左のほうにキャラクターが表示され、右のほうに扉があるだけで他には何もない。

 隆也は、説明書通りの操作で左右に移動したりジャンプをするのかを確認すると、キャラクターを右に移動させた。キャラクターと扉が重なると、クリア!!という文字がでかでかと表示される。

これでいいのかと、隆也は戸惑いながらエンターキーを押す。ステージ選択画面に戻ったが、選択できるのはさっきと同じで最初のステージだけ。やはり、ゲームオーバーを目指さないといけないのだ。

 もう一度最初のステージを選択する。小さな部屋の中をぐるぐる回り、壁にぶつかったりしてみる、適当にジャンプもする。俺も女子生徒も、無言で隆也の操作するキャラクターを見つめていた。他に試せることもなく、何回か右の壁にぶつかっていると、ピキッという効果音とともに壁にヒビが現れる。さらに何度かぶつかると、岩が割れるような効果音と共に壁が崩れる。キャラクターは崩れた壁の下敷きになり、動けなくなる。画面の真ん中にでかでかとゲームオーバーと表示された。ステージ選択画面にいくと、二つ目のステージが選択できるようになっていた。

「なるほどね」

 勝手がわかったのか、隆也はそのまま三つ目のステージまで進む。

 次に女子生徒が二つのステージを進める。リアクションを一切取らず、真剣にゲームをしていた姿にはどこか惹かれるものがある。よし俺の番だ、そろそろ難易度もそれなりに上がっているだろう。ここは女子生徒に習い、真剣にゲームオーバーを目指そうではないか。

 女子生徒に明け渡された椅子に座り、キーボードの上に手を乗せる。矢印キーでステージを選択し、エンターキーでスタートする。キャラクターを右往左往させるが、ここからどう動けばいいか思いつかない。後ろから見てるときは、なんでそれに気づかないんだ、と思う場面が何度かあったが、なるほど、こうして画面に向かうと視野が狭くなるものだ。

 なんとか一つのステージを終えたが、疲れた。

あれ?次のステージ行かないの?と隆也が聞いてきたが、行かない。

 先輩達がどういうゲームを作ったかがわかったし、当初の目的は果たせた。廃部予定だから入部しない理由を考える必要もない。後は家に帰るだけだ。

 家に帰ったら風呂を洗い、お湯を貯めてる間に夕飯を食べて、最後に風呂に入る。余った時間は数学の勉強でもしようか。学校の成績にはあまり興味ないが、数学の知識は役に立つ。例えば三角関数は、画像などを円運動させる時に使える。ゲームプログラミングをするなら、ある程度数学の知識は必須といえる。

 さっさと帰ってしまおうと、隆也に声をかけようと思ったが、女子生徒と談笑していた。俺も大人に近づいたのだ、邪魔してはいけない。このまま静かに帰ろう。

「どこ行くの?」

腰を上げスクールバッグに手を伸ばしたところを隆也に見つかる。帰らせろよ。

「邪魔したら悪いと思って」

「邪魔?それよりさ、秋晴さんが浩太朗に聞きたいことがあるって」

秋晴さんっていうのか。

「手短に頼む」

俺が知っていることなんて、せいぜい今の天気くらいなんだかな。

「プログラミングできるって松本君から聞いたんだけど。えーと」

「名前か?新城だ」

「新城君。私、絵は少し描けるんだけど、どうやったらゲームを作れるのかわからなくて、できれば教えてほしい」

プログラミングができる。一体何ができたらプログラミングができると言えるのだろうか。画面に文字を出力して世界に挨拶をしたら?画像を何枚も覚えさせて、猫が写っているかを判別できるようにするまで?

「最近始めたばかりだ、できることは少ない。例えば2Dの画像を表示して、キーボード操作で上下左右に動かしたりとか、そういう簡単なことだけだ」

「私が描いた絵も動かせるってこと?」

「凝ったことじゃなければ」

上下左右だけでも、自分が描いた絵を動かしてみたいものなのだろうか。俺は絵が描けないから、ネットで拾った画像を動かして遊んでいるが。

「ずっとゲームを作ってみたいと思ってて、でもそういうのぜんぜんわからないから。一緒にやってほしい」

ほんの少しだが、声に熱がこもってる気がする。こういう輩は厄介だ。自分の意志のためなら、いろんな人を巻き込もうとする。本人が真面目そうなだけに断りづらい。見るからに怠け者だとわかるなら、きっぱりと断るのだが。面倒くさいと。

「めん、俺も暇なわけじゃない。やるとしたらキャラクターを動かすだけだ」

人に描いてもらう絵を動かす経験はない。俺にとってもいい勉強になるかもしれない。

「ありがとう」

秋晴さんがほんの少し笑ったような、安心したような顔を見せる。

「どうせならゲーム一つ作ってくれよ」

隆也が野次を飛ばしてくる。今度隆也の写真を撮って、頭を撫でるゲームでも作ってやろう。ただ今は無視する。

「動かしたい絵があればUSBメモリに入れてCクラスに持ってきてくれ。実行ファイルを入れて返す」

上下左右に動かすだけなら、どんな絵でも変わらないだろう。

「わかった。でも何描こう」

動かしたい絵をまだ描いてなかったらしい。秋晴さんは悩む素振りを見せた。

「最初に作るゲームとして定番なのはシューティングゲームらしいな。飛行機とかどうだ?」

弾を出すぐらいならオプションとして考えておこう。

「飛行機、いいかも、それにする」

秋晴さんの描くものの指針も決まった。帰ってもいいだろう。俺は今度こそ帰るぞと、スクールバッグに手を伸ばす。

「あれ?連絡先交換しないの?」

俺の帰りを邪魔するのはいつも隆也だ。

「せっかくだし交換しようぜ。秋晴さんもやってるよね、メッセンジャーアプリ」

「メッセンジャ?連絡先、あ、これ?」

秋晴さんは少し戸惑いながらも、スマートフォンを開けてIDを見せてくれた。交換を持ち掛けた隆也よりも先に俺に見せてくる。わざわざメッセンジャーアプリなんて言い方をするからだと思いつつ、確かにそれなら画像の受け取りは簡単だなと納得した。実行ファイルも送信できたはずだ。

 自分のスマートフォンを取り出すと、アプリを起動して、秋晴さんのIDを検索する。クマのぬいぐるみの画像とニックネームが表示される。友達申請をすると、秋晴さんのスマートフォンからピコンと通知音がする。ほどなくしてスタンプが送られてくる。アニメのキャラクターだろうか、女の子がお辞儀をしていて、横にはよろしくと書いてある。

「絵が描けたら送ってくれ、できたら実行ファイルを送る」

自分も何かスタンプを送ろうかと思ったのだが、可愛いスタンプを持っていないことを思い出す。

「わかった」

秋晴さんは、俺との交換を終えると、スマートフォンをカバンに入れた。隆也が、後で教えろよと、目線で促してくる。秋晴さんの許可が降りたらな。

「それじゃ帰るか」

電源を切ったパソコンからUSBメモリを取り出す。

 絵を描き始めるため、秋晴さんは先に帰る。俺と隆也は、USBメモリを返しに職員室に向かう。

 廊下は窓が空いていて、春らしい涼しい風が吹いている。もともと熱くなかった頭が少し冷える。

 どうして俺は引き受けたのだろうか。今のうちに、ごめんやっぱり無理と断るべきだろうか。第二コンピュータ室を出てから時間が経つにつれて、自分に対しての疑問符が大きくなる。俺らしくないということだろうか。別にらしく生きようなどと思ったことはない。ただ、俺が想像していたこれからが大きく崩れるような、そんな気がする。

「めずらしいな、浩太朗が人の、それも初対面の人の頼みを聞くなんて」

「俺もそう思ってたところだ」

学校生活の大きな分岐点を決めるには、職員室までの道のりは短く感じる。



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