第十四話(2/3):道成寺 竜童


「はァああああっ!」


「ぬぅうううっ!」



 光線ビームが薄暗いの闇を切り裂き、乱舞する水流がその軌跡上にある物を割断し暴れ狂う。



 尊は自身にあたる部分だけを防護膜で守りつつ、冷静に状況を把握することに努める。


「(戦況は大体五分五分という所か……?)」


『(分析。現状では三つ巴の戦いではありますが、ユーザーが積極的な攻勢に出ていないため互いに優先的に排除しようと判断したのだと推測)』


「(俺からすれば正直戦う理由が特にないからな。積極的に攻撃する理由が……)」


『(回答。それにユーザーが使っている術式が防護膜のみ使っているのも判断の材料の一つになったとも推測)』


「(……ああ、そうか。異能は基本一つのみだからな、俺の異能が攻撃に向いていないから後回しに……ってことか)」


 ――攻撃する気が無かったことと単純に使いやすいかったから使ってただけだが……そういう意味ではラッキーだな。


 無論、二人とも完全に意識を外してはいないのだろうがそれでも一段優先順位的に低く見積もられているのは間違いない。

 牽制のように偶に攻撃が飛んでくるだけで本格的に逃げようとしたりして注目度を上げなければ、比較的安全に現状を分析できる余裕が生まれているのがその証拠だ。


 ――存分に使わせて貰おう。


 冷静に両者の戦局を眺める。

 鬼ごっこをさっきまでしていたお陰で星弓の能力や動きについての凡そは掴めている。

 謎なのは急に現れた男の方だ。


「(男の方の異能は……なんだ? 水をああやって飛ばすのが異能か? 火球を飛ばしまくってた火島みたい戦い方だが……)」


『(回答。戦闘方式こそ似ていますが能力の本質はだいぶ違います)』


「(というと?)」


『(解説。火島の異能はCケィオスを変換して火炎を生み出す異能。火炎そのものがCケィオスの塊でしたが、男が放っている水はCケィオスによる変質を受けていますがただの物質としての水です)』


「(もうちょっと要約!)」


『(了解。火島の異能はゼロから火炎を生み出す異能。男の異能はゼロから生みだす系統の異能ではなく、存在する物質を操っている操作系の異能と推測。恐らくはスタジアム内のミネラルウォーターのサーバーから持ってきた水を操ってのものだと判断)』


「(なるほど、水を操る異能ってことか……。てっきり火島の異能の水バージョンかと思ったが……しかし、物質操作か。どこでも生み出せた方が場所を選ばずに異能としては便利で強力だと思うんだが……実際はどうなんだ?)」


『(肯定。場所を選ばないという点において発生型の異能の方が優位性を持っているのは間違いない。物質操作型は良くも悪くも周囲の状況に作用されやすいという欠点がある。だが、その反面として発生系の異能に比べて優位性を持っている長所もまた存在する)』


「(それは――)」


 尊がその長所とやらを聞こうとしたちょうどその頃。

 星弓と男の戦況に変化が現れてきた。



「――ぐぅっ!! このっ」


「おやおや? どうしました? あれだけ元気であったのに動きにキレが無くなってきましたね。それに心なしかその身に纏う輝きも弱々しくなってきたようなですが……?」


「そ、そんなこと……っ!」



 咄嗟に声を上げる星弓だが事実として男の言った通りだった。

 煌めくような身体を覆っていたオーラはその輝きが徐々に落ち始め、その大きさも小さくなっていることが一目にわかる。

 そしてそれに比例するように動きや反応も鈍くなっていき、星弓はそれに対して明らかに苦々しい表情を浮かべている。


 ――明らかに失速は始めている。


 尊はその星弓の現象の答えにあっさりと辿り着いた。


「(……異能の限界が来たのか?)」


『(肯定。星弓飛鳥の異能。自身を《殲光者》と呼称していたが、とてもシンプルかつ強力な異能であることは確か。だが、同時に燃費はだいぶ悪い能力のようです。光を纏っている最中はずっと異能が発動していることになり、その間はずっとCケィオスを消費し続けているようです。Cケィオス移相力場からの数値で判別が可能)』


「(そりゃなんとも……異能の使用は異能者には負担がかかるんだったよな?)」


『(回答。その通りです。向こうの男が言った通り、星弓飛鳥は熟練者なのでしょう。Cケィオス抗体値が向上し負荷を軽減で来ているが故に火島ほどではないでしょうが……それでも使用時間に対する消費消耗はかなり高い。それに――)』



「楽しそうな鬼ごっこでしたねぇ? それで貴重な活動時間を消耗してしまい、今の様とは……所詮は子供」


「うるさい! 悪者の癖に僕に向かって……この程度で勝ったと思うなよ!」



「(……なるほどね)」


『(分析。既に異能の連続使用によってある程度とは言え消耗をしている点。更に星弓飛鳥のあの拳から撃ち出すように放出する技。あれもいけないとシリウスは報告)』


「(なんで? カッコいいし、出も早くて威力もある。Cケィオスの反応を観測できるアルケオスのセンサー相手にはテレフォンパンチだけど、普通ならパンチのフォームから不意に発射される光線ビームなんて、戦う上で厄介極まりないし代物。いい技だと思うぞ、カッコいいし。ヒーローっぽくもある)」


『(回答。あの技についてカッコいいのはシリウスとしても認める所。ですが、観測の結果からあの技は自身が纏っているオーラの状の物質を撃ちだしているものと結論。現に星弓飛鳥の纏っているオーラは撃ちだす度にその総量が減っている)』


「(……なるほど確かに)」


 見れば確かに放つごとに減っているように見える。

 特にセンサーが観測しているリアルタイムのCケィオスの数値データを見れば一目瞭然だ。


 ――あの技は活動時間を削って放っているようなものなのか……。


 当然、星弓もその欠点は把握はしているのだろう。

 思い返して見れば基本的に牽制や隙を作るために放って、本来のスタイルであるインファイトに持ち込もうと詰め寄ろうとするのが星弓の使い方だった。


 だが、今の星弓はその使い方ではなく撃ち合いを余儀なくされて消耗を積み重ねている状況に追い込まれている。

 原因は当然、相対する男の戦い方だ。


「ふっ、特異第六課のエースと聞いてはいたが他愛もないですねぇ」


 嘲るように笑いながら放たれるのは雨のような水流の掃射だ。

 一つ一つが容易に人の肉を切り裂くだけの威力を持ち、無数かつ一斉に放たれるのだ。

 如何に異能によって機動力が増している星弓とて、それを全て掻い潜って懐に飛び込むのは至難の業なのだろう。

 隙を伺うように男を中心にして円を描くように倉庫内を動き回っているが近づくことができないでいた。


「(まるでマシンガンみたいに撃ちまくりやがって……っ、倉庫内が無茶苦茶だ。それにしてもどういうことだ? あれだけ連続で異能を使いまくれば男の方も披露してもおかしくないはずだが……)」


 ――星弓の異能が強力ではあるが消耗も激しいタイプであり、既にある程度消耗している上での膠着状態によって先にバテ始めているのは……まあわかる。だが、男の方も近づかれるのを嫌がっているのかあの弾幕に連続使用。それなりに消耗が現れてもおかしくはないはずだけど……それにこの観測データの数値はいったい。


『(回答。あれが操作型の長所。既に存在している物質や現象に干渉することで超常事象を起こす操作型は、発生型に比べCケィオスの負担が少なくて済むという点がある。例示として火島のような火球を作り出そうとした場合、ゼロから作り出すのと既に存在している火に干渉して火球を作るのでは同じ規模でも後者の方が少ないCケィオスで可能)』


「(なるほど、「ゼロから作る」のと「一を変化させる」違いってことか……。そうなると持久戦に持ち込まれた時点で……)」


『(結論。このままでは押し切られると予測)』


「(だろうな……)」


 星弓と男の顔を見れば大体の予想はつく。

 未だに輝きは消えてはいないもののそれが消え失せるのも時間の問題だ。

 両者とも気付いている。



 男は愉悦に顔を歪め、

 少女は決意を固めたように眼光を鋭くした。



「(――となると、そろそろ俺たちも動くぞ)」


 何かをする気だ。

 察知すると同時に尊も行動を開始する。


 ――大人しく見てるのはここまでだ。


 三つ巴の戦い。

 このまま黙って勝負がつくのを待ってるのはナンセンスというもの。


 ――狙うなら男の方だ。


 危険度で言えばいきなり殺傷攻撃をしてきた男の方が優先度が高い。

 更に言えば星弓は異能による消耗も激しく、それなら実力行使に出なくても逃げることはたやすいだろうという打算もあった。



「いっ、くぞォォおおおおっ!!」



 咆哮が轟く。

 星弓は身体の前で腕をクロスさせオーラを集中、徐々に輝きを失っていた光が強さを取り戻し一際強く輝いた。


 ――あいつ、突っ込む気か!?


「っ!?」


 一瞬、尊の動きに気付いた男も慌てて星弓の方に意識を集中させた。

 同じくやろうとしたことに気付いたのだろう。

 男の周囲に漂って行った水球が一斉に収縮し、


 そして解放。


 先ほどまでの面を制圧するような弾幕ではなく、全てが一点に集中しタイミングを合わせた攻撃。

 一つ一つが金属すら削り切り裂く水流となって襲い掛かる。



「――吶喊!!」



 ただの人間なら細切れになるしかない高圧縮された押し寄せる波濤の中、その威力を知りながらも真正面から突っ込み、そして突き進んでいく姿は少女とは思えないほどに雄々しい。


 ――うわっ、コイツ馬鹿だ。間違いない。


 それを視界の端に入れて尊は素直にそう思った。

 なにせ一瞬でも異能が弱くなれば次の瞬間には細切れなのだ。

 それがわかっていないはずはない。


 しかも、さっきの言動からして完全に防御で来ているわけではなくある程度ダメージが通っているはず。

 それなのに躊躇いもなく突っ込んでいけるのは何というか尊は単純馬鹿ってすごいなと感心するしかない。


 ――だが、これなら……。


 真正面からぶち破り、男との距離を縮める星弓。

 彼女の拳の重さを知っている尊だからこそわかる。


 ――あれを真っ当に食らったら終わる。


 大の大人であろうが一発あれば十分過ぎる。

 拳の届く範囲に入ってしまえば一回振るえばそれで終わる。

 尊だからこそ対処は出来たが、ただの水を操る異能では距離を潰されては……。



 ――水を……操る?



『(困惑。ユーザー、何を……っ!?)』


 その可能性に気付いた時、尊の身体は咄嗟に方向を変え――





 数秒後。

 大量の血飛沫が倉庫内に舞うことになった。


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