第十四話(3/3):道成寺 竜童


 道成寺竜童。


 今はそう名乗っている男がその力を手に入れたのは一年程前のことだった。

 

 ただの冴えないうだつが上がらないサラリーマンとしての人生。

 それを一変させてくれた祝福ギフト


 名は――「流動」

 彼の所属している組織ではそう名付けた。


 与えられたコード名は《流動者ダゴン


 あまり、好きなコード名ではないが仕方ない。

 この力のお陰で道成寺は新たなる自分に生まれ変わったのだから。


 流動。

 その能力は水を自由自在に操る祝福ギフト


 ――ではないのですよねェ。


 正確にその本質を説明するのなら、水を含めてを操る能力である。

 流体物質であれば何でもいいのだ。

 練習にミネラルウォーターや水道水などを使っていたのあって普段使いをしているが、あくまでも流体物質を操る異能であり、干渉できる物質は別にただの水でなくてはならない等という縛りは存在しない。

 

 そう……


 ――例えば人の体内に流れる血液も……私の祝福ギフトの対象内ということ!!


 小柄でありながらもダンプカーのような圧力のまま突っ込んでくる少女を見ながら、道成寺は勝利を確信していた。


 ――あと少し踏み込めば、そこは私の能力圏内だ!


 「流動」の異能。

 対象物の操作には条件が一つだけ存在する。

 それは自らを中心とした半径五メートル以内に存在するものに限るということだ。


 ――そして、貴様はその条件を満たした。


 道成寺は全力で祝福ギフトを発動した。


 如何に能力制御の条件を満たしているとはいえ、ただの水と生き物の中の血液を操作するのは難易度が違う。

 しかも相手は同じ外れ者アウターだ。

 ただの人と同じように干渉して操作するのとは違う


 それにこの相手は祝福ギフトの力で身体を覆っている。

 あるいは耐性に近いものがある可能性だってある。


 手間取れば距離を詰められてあっさり負けるかもしれない。

 そんな不安が頭を過らないわけではない。


 それでも、


 私なら出来る。

 やり切って見せる。


 ――私は選ばれた存在なのだ。


 道成寺はそう心から信じていた。

 そして、強き意志は祝福ギフトに力を与える。

 故に、


 ――掴んだ! これで……っ!


 干渉に成功した十分な手応え。

 感覚をよりイメージとして確かにするように左手を突き出すとそのまま握り潰すように掌を閉じた。


 やることはそれほど複雑なことではない。

 収縮し、そして解放する。

 いつもの手順をただ体内で発動させる。

 それだけで、


 相手は体内から血の刃を無差別に噴き出して――死に至る。


「これで……っ、終わりです!」


 既に掴んだ。

 一人の生命、人生を掌の中に収める優越。

 手を開くだけで終わらせられるというその未来を断てる興奮。


 道成寺はその瞬間が堪らなく好きだった。

 故に欲望の赴くままに――手を開いた。


 目の前に迫るこの苛立つほどに輝かしい少女が弾け飛ぶ光景を未来を夢想し、


 躊躇なく、

 澱みなく、

 祝福ギフトを使い、



 そして、確かに紅蓮の華が咲き誇った。



「ぁははハハぁあああぁ! ざまあみろ! 俺に逆らうからぁ……あっ?」


 ただし、それは道成寺が夢想した光景とはややズレた結果だったが……。







「――がっ、ぁあああっ!? くっそ……」


『(応急。もうなんて無茶を……血小板への干渉で血栓の生成を促進。止血の実行並びに痛覚の鈍化を――)』


 頭の中に響くシリウスの声に返答する暇もない。

 悪態をつくことでどうにか全身に奔る痛みを気休め程度に誤魔化し何とか耐えることに成功した。



 ――まさかこんなえげつない技だとは……。



 咄嗟の判断だった。

 不意に過った可能性に窮地に追いやられたはずの男の笑み。

 それを見た瞬間に星弓を横から掻っ攫うかのように庇った尊であったが……。


 ――高圧縮の水流ウォーターカッターによる遠距離攻撃を得意としているように見せかけて、こんな近づいてきた相手を嵌めるような技も用意してるとは……二段構えということかよ。殺意が高すぎるだろっ!


 一応、防護膜を相手との間に起動はしていたのだが効果があったのか無かったのか。

 右の半身の体内から食い破られるように飛び出た無数の血の刃によって、尊の半身は血まみれとなっていた。

 薄暗い倉庫の床をどす黒い血液が地面を濡らしているのがよく見えた。


「なるほど……っ、水じゃなくても……操れるってわけね」


 凡その能力の概要を把握して尊は男に対して不敵な笑みを浮かべて見せた。

 無論、ただのやせ我慢である。

 ただ、シリウスのお陰か少しだけ痛みがマシになった分、余裕が出て来たのでハッタリを利かせてやろうという魂胆だ。


「操れる範囲は……大体五メートルって所か? 追撃で仕留めればいいのにして来ないことを見てみるとそのぐらいが限度って所か。最初っからそれが出来るならそれで決めればいいのに、やらなかったことを見ると集中する必要がある……違うか?」


「っ?! 貴様……っ!」


「口調が崩れてるぞ、おっさん。まあ、似非っぽい丁寧口調よりそっちの方が似合ってるけどな」


「なぜ、その怪我で生きている? 貴様の祝福ギフトはあの不可視の盾では……」


「はっ、何でだろうなぁ?」


 シリウスが戦闘データ、観測値から導き出した結論を自分の成果のように振る舞いながら、尊は何とか場の空気を握ることに成功したことに内心でほくそ笑んだ。


 ――流石にこっちのことを怪しんでるな。まあ、普通なら即死レベルのダメージを食らってるはずなのに平然とペラペラ喋ってたら怖いよな……。


 実際、干渉の起点となったのが右半身で良かった。

 その陰で被害は最小限で済んだし、そもそも尊の身体はアルケオスという存在と融合している。

 完全に別物となっている一部に加えて、血液などもだいぶ影響を受けてただの血液ではなくなっており、それ故に男の異能による干渉も半端で済んだのだろう。


 とはいえ、重傷であるのは間違いない。

 ある程度、痛みに耐性があったからこそ耐え切れてはいるがそうでなければのた打ち回って泣き喚いていたであろう程に痛い。


『(述懐。過去の経験が生きましたね)』


「(死にかけた経験が生きる状況になりたくなかった……っ! くそっ、相手の体内から攻撃するってお前……それ、ズルじゃん。能力バトルでやっていい範囲を超えてるじゃないか……鬼畜すぎる!)」


 尊は内心で抗議の声を上げながらも、不敵な態度を崩さない。

 シリウスが何やら調整してくれたお陰で、既に血が止まり始めているとはいえ治ったわけではない。


 ――……うん。危険な状況であることには変わらず、か。さて、どうするか。


 相手は明らかに重傷でもあるにもかかわらず、平然と立っているこちらを不気味に思って様子を窺っている。

 先ほどまではただの獲物としか見ていなかった眼に警戒の色が見える。


「(時間稼ぎには成功したけど、警戒度も上げてしまったか……)」


『(判断。行動方針の提示を要求)』


「(……さっきの行動、怒らない?)」


『(回答。今は現状の打破が最優先事項。後で行動の稚拙についての抗議は実行)』


「(うへぇ……)」


 げんなりするものの尊は意識を切り替えた。


 ――ここまで追い込まれた以上、あまり後のことも気にしてはいられない。それにこいつはマジで野放しに出来ないタイプの男だ。火島といいコイツといい……俺って何でこう真正の凶悪犯と相対する羽目になるんだ。


 世の不条理を嘆きながらも尊は覚悟を決めた。


「さて……っと」


 足を一歩踏み出し、そこに一つの声がかかった。



「お、おい……っ! 何で……っ」



 星弓飛鳥。

 尊が咄嗟に庇い、そしてそのまま放置していた少女だ。


「あっ?」


「な、何で助けたんだよ?」


「……知るか!」


「いや、自分で助けておいて?! っていうかなんでキレるんだよ?!」


「考えても思いつかなかったんだよ! つーか、目の前で危なそうだったら助けるだろ! なんか普通に!」


「……っ!?」


「というかお前、邪魔……。後ろに下がってろ、お荷物」


「邪魔!? お荷物!?」


「だってもうお前って能力使えないんだろ? じゃあ、お荷物じゃん」


「ぐっ、ぐぬぬ……っ!」


 図星をつかれたのか悔し気に顔を歪める星弓に追い掛け回された留飲を下げた尊。

 さっさと失せろと言わんばかりに手をブラブラさせて調子を確認する。


『(報告。神経系や筋繊維の強化において進めていたのが幸い……。最低限の断裂していた部分の再接続による修復を確認)』


「(サンキュー、これで少しは動けるか……)」


 とはいえ、緊急での処置で無理は禁物。

 時間をかけるべきではないだろう。


「(相手のおおよそ能力は把握した。問題はない)」


 こちらの戦意に気付き、男が動揺した気配がわかる。

 さぞや、こちらのことが不気味な存在に思えているのだろうと尊は冷静に考える。


「(そこを突かせて貰う……。相手の主攻撃の水流ウォーターカッターの攻撃は防護膜の術式で受けきれる。俺を相手には攻撃力が不足している。問題は体内操作だけどあれは集中にタメが必要。不意打ちならともかく、今の反応速度なら前兆に気づくことは可能。それと操作可能範囲に気をつければ……)」


 今までに得た情報を頭の中で繰り返し、戦術プランを修正し組み立てていく。


「(シリウス、この戦いに最も有用な術式は?)」


『(回答。術式情報をユーザーに開示)』


「(……よし、それでいこう)」


 元来は一つしか使えないはずの異能。

 それなのに別の異能を使えることを第三者の目がある所で晒すのは、どう考えても後で厄介事に繋がる気しかしないが……。


 ――そこら辺は後で考えよう。


 やられたらやり返すの理に支配された尊は一顧だにせず、右手をパキリと鳴らせるとさらに一歩男の方へと近づいた。


「……っ!?」


 その瞬間、男は大きく後ろに飛び退った。


「っ、待て!」


 背後には倉庫内唯一の出入り口が存在していた。

 咄嗟に逃げる気かと思ったがそうではない様子だ。

 先ほどもまでの愉悦に満ちた表情は消え、こちらの一挙手一投足を油断なく見つめる眼つきは逃走の色ではなくむしろ――



「いや、ですねぇ……ええ。貴方、一体何者ですか? 何やらとても危険な匂いがします。ただの外れ者アウターにしては……いえ、気にはなりますが私は危ない橋は渡る愚か者ではない。危険分子は叩けるときに――叩く」



 そう言って男は両腕を大きく広げた。


 ――大技か……? でも問題はない。確かに鋭く強力だ。人体も金属も両断する普通なら十分な殺傷能力を持つ攻撃でも、防護膜相手には破壊力が不足している。所詮はただの水でしかない。それに操作範囲がわかっている以上、正面にだけ集中すればいいんだ。たとえ同時に一点集中されたとしても……。


 相手の攻撃を凌ぎ、そして返す刀の反撃で一気に決着まで持っていく。

 そんな考えを巡らせていた尊の目に飛び込んできたのは――



「……うげっ!?」


「役に立つかと思い持って来ておいたのですが……何事も備えておくものですね」



 まるでテレビでいつか見た宇宙ステーション内部の様子のように、ふわふわと宙を浮かび上がり漂う液体の群れ。

 それは先ほどまでの光景と変わっていないようで一つだけ変化があった。


 廊下からの光にきらきらと輝く透明な水流に紛れるように二種類。

 ライムグリーンとピンクの蛍光色をした液体の水流。


「あれ、何あれ……?」


 星弓が疑問の声を上げる。

 だが、それに答える余裕は尊にはなかった。



「まずっ!? あれは……!」


「折角用意したのに無駄になるのは可哀想というもの。無駄にした不届き者に対して有効活用してあげましょう」


 ぐるぐる。ぐるぐる。

 二種類の色の水流が渦を巻くように混ざり合い、



 そして――



「……それではさようなら」



 起爆。

 出入り口が一つの無い倉庫の中に爆熱と衝撃が迸った。




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