第十四話(1/3):道成寺 竜童


 通信が切れた。

 それを確認すると同時に動き出す。


 ガラリッ。

 自身の上に降り積もった瓦礫を蹴り飛ばすように退かす。

 口から血の塊をぺっと地面に吐き出しながら尊は立ち上がった。


『(主張。怪我には注意するという巫城悠那との約束。既に怪我をしていることを隠してするのは些かアンフェアでは?)』


「(これからは怪我をしないように善処するから約束は文句を言われる筋合いはないはずだ。……うん。大丈夫だ、きっと)」


 などとシリウスと言い合いをしつつも身体の調子を確かめるように動かした。


「げぼ……っ! はぁはぁ……ったく、本当にしんどいね」


 尊は十数分ほど前のことを思い出した。









「(よっしゃ、これで全部回収成功……でいいんだよな?!)」


『(肯定。少なくともスタジアム施設内、近辺などで現状発見した不審物はこれで最後になる)』


「(後は適当に処分すれば……一先ずは安全だ)」


 そこは一階の外れにある資材倉庫内。

 尊とシリウスは確認できる分で最後の時限爆弾を解除しながらそんな会話をしていた。


 ――実に順調に事が進んでいる……。


 トラブルに見舞われながらも爆弾のこの速やかな無力化は、仕掛けた相手としても想定外の事態のはず。

 暗殺犯の出方の一つを間違いなく潰せたと考えれば、楠木マリアの暗殺阻止という目標に大きく近づいたと言っていい。



「ようやく、追い詰めたぞー!」



 ――あとはコイツを振り切れれば言うこと無しだったんだけどなぁ……。


 問題は見舞われた星弓飛鳥トラブルから未だに逃げ切れなかったことだ。

 一先ずは喫緊の課題だった爆弾は処理が出来たとはいえ、このままこの少女に付きまとわれていてはこっそり護衛どころではない。


「くっそ……しつこいなどれだけ暇なんだ。こんな善良で社会奉仕活動を率先として働く市民の中の市民を追い回して恥ずかしくないのかこの公僕め!」


『(解釈。まあ、総理の暗殺を防ごうとしたりこうして爆弾解除に勤しんだり……社会の平穏を守る自主的な奉仕活動としてはこれ以上はないかもしれません。一応)』


「いや、善良な一般市民には全く見えないんだけどー!? 不審な格好、不審な行動、そして……何そのライムグリーンな蛍光色の如何にもな液体の入った容器!? まるで見るからに危険な物だと言わんばかりな……っ!」


「如何にも確かにこれは危険物なのだが……」


「やっぱりそうじゃん!? 危険物をたくさん抱えた不審者を見逃してたら守れる治安も守れないよ!」


「くそぉ……冷静に考えて確かに今の俺を仮にも警察組織の一部が見逃してたら世も末な気もするな」


『(同意。それは確かに)』



「というか大体キミが祝福ギフトを持った外れ者アウターである以上、僕に見逃すという選択肢はない!」


「ぐぬっ、マズいな……。やっぱり話し合いの余地は無いか」



 ――これ以上、コイツに絡まれ続けるのはマズい。とはいえ、相手の方が機動力が上で単純に振り切るのは難しいとなると……気は進まないけど。



「(仕方ない。少し真面目にやり合ってそれで何とか……)」


『(了解。ユーザーの方針を確認。対象の解析もある程度終了。戦闘パターン構築から戦術を策定。ならびに――)』



「……まあ、キミがあいつ等とは違うっぽいってのは何となくわかったけどさ。それはそれだから……ごめんね?」


「あいつ等……一体なんの――」


「大人しく捕まってくれたら……教えてあげる!」


「仕方ない、やるしかないか」


 何か気になることを言ってはいたが、どうやらそれどころじゃないようだ。

 星弓の方としてもあまり時間をかけていられないと判断したのか、ここで一気に決める様子だ。

 ここは倉庫の奥で出入り口は一つしかない以上、袋の鼠という状況。

 何よりも人が居ないというのが異能を使う上で都合が――



「……って、ええっ!?」



 咄嗟に確認のために使用したセンサー。

 その反応に思わず声を上げ、


「いきなり、何を……っ!?」


『(観測。新たなCケィオス移相力場を確認)』



 その言葉に驚くより先に何かが飛んできた。

 星弓との戦闘を想定し状態を戦闘用に移行していた尊はそれに当然のように反応。

 防護膜の術式で受け止めるが、


 ギャギャギャッ!!


 まるで硬質な物質を鋭利なもので引っ搔いたような音が響き、飛んできた水流は辺りへと四散した。


 水だ。

 ただの水。

 地面に四散した液体を咄嗟にアルケオスの目で解析するもそれはただの水という結果しか出なかった。


 それが恐ろしいほどまでに圧縮されこちらに向かって放たれたのだ。


『(――Cケィオス波長パターンの解析――未確認。当然、星弓飛鳥との波長パターンとも違う。つまり……)』


「(それって……)」


 当然のことながらそんなこと普通にはあり得ない。

 何か特殊な機械でも使わない限り、超高圧のウォーターカッターを生み出して飛ばすなんて出来はしないはずだ。


 だが、物陰から現れたその男・・・はそんな機械らしきものを持っている様子は無かった。


「おや……実にあっさりと。これで決まってたら楽だったんですけどねぇ」


 少しよれた藍色のスーツ姿の恰幅のいい体格。

 恐らく年齢は三十代後半から四十代と言った所だろうか、どうにも張り付いたようなにやついた顔が癇に障る男だなというのが尊の第一印象。

 手には二リットルサイズの空の水のペットボトルの容器を持っていた。



「まあ、それはそれでつまらなかったですし……これはこれで良しとしましょう。私は――」


「いったぁ~~~っ!? ちょっと何するんだよ! 急にレディの頭に水をかけるなんて何を考えてるんだよ!」


「…………」



 何やら仰々しく口を開こうとした男であったが、キャンキャンと喚き散らすように大声で噛みついてきた星弓に閉口した。

 男の目がまるで珍妙な生物の生態を見ているような眼だ。

 尊にはその気持ちがとてもよく分かる。


「(アイツ……諸に受けたよな?)」


『(肯定。後頭部に完全に命中を確認)』


 チラリと尊が視線を移すと水流が飛んできた軌跡を示すように、その射線上にあった金属製の棚の一部や柱の一部が鋭利に削れていた。

 その様子を見れば威力の想像はつくというもの。


 人間の肉体など豆腐のように切り裂くであろう一撃。

 それを無防備に受けておいて「痛い」の一言で済ますのはだいぶ出鱈目だ。

 怒りを表しているのか全身の発光が赤色系で点滅しているのも奇天烈さに拍車をかけている。


「(滅茶苦茶な奴だな……って、イヤイヤそうじゃなくて)」


 尊ははたと気づいた。

 星弓がピンピンしていたから少し流しそうになってしまったが、よくよく考えれば今この瞬間に二人は殺されそうになっていたのだということに。

 仮に二人がただの人間であったなら今頃は二つの惨殺死体が転がっていただろう。


 そんな攻撃を不意打ちで仕掛けておきながら、特に悪びれた様子もなく現れた男は明らかに堅気の人間ではないということは想定できる。


 ――というかそれ以前に……だ。


「(なあ、Cケィオスの反応があったということはさっきの攻撃が異能でいいんだよ? 超高圧のウォーターカッターが飛んでくるなんて普通じゃないわけだし)」


『(肯定。あの男性のものと推測)』


「(つまり、これで四人目の異能者というわけになるわけだ)」


『(回答。……そういうことになる)』


「(……いくら何でも多くないか? 確かに大厄災以前にも異能者がいた可能性については否定できないとは言っていたが――)」





「――やれやれ、こうして実際に対面するとなるほど理不尽な……。流石に外れ者アウターとして先達なだけのことはあるということですかね。祝福ギフトは使えば使うほどにより力を増すという話ではありますが……」


「っ、お前……」


「流石の熟練者っぷりと言っておきましょう。とはいえ、それだけで外れ者アウターの格が決まるわけではない。お使いのような仕事で終わるなど真っ平ですし、特異第六課の戦力を削ぐにはいい機会でもある。功績も欲しかったところですし」


「……そう。アイツらの仲間ってことね。いいよ、そういう解り易いの。僕は大歓迎! 躊躇いなくぶっ倒せるしね!」


「これだから子供は……自らが世界の主役だと本気で信じ込んでいる。度し難いほどに愚かしい」





「(――ほら、なんか気付いたら因縁がある雰囲気になってるし……。明らかに個人レベルじゃなくて組織や集団レベルでの敵対関係レベルの険悪ムードだぞ? どう考えてもコイツらだけで済むパターンじゃない。集団を形成するレベルで異能者いるじゃん。いや、特異第六課なら部署が出来ている時点でそれなり以上に居ることは推測してたけどさ……一月もしない間に四人も出会うのは流石におかしくないか? もっと少ないもんだと思っていたがこういうもんなの?)」


『(不明。当時のデータが曖昧である以上、シリウスとしては答えるための材料が不足。ただ、特異第六課は火島那蛇の事件を追ってこちらに来たわけでおかしくはないのでは……とシリウスは返答)』


「(じゃあ、あっちの男は? いきなり殺しにかかってきた辺り明らかに一般人じゃない。ついでに言えば背後に何か組織か集団がありそうなことも示唆しているけど……なんで急にまたそんなのが。もしかして楠木マリアを狙ってるのはコイツらなのか?)」


『(回答。そうだとするならユーザーたちが逃走劇を繰り広げている間に、さっさと狙いに行っていればこちらとしても打つ手はなかったのですが……少なくとも現在、楠木マリア周辺で不審な人物や出来事などは確認出来ず)』


 ――となると関係はないのか? いや、早合点はダメだな。仲間がいるかもしれないし、それに……ああ、もう状況がわからなくなってきた!


 特に想定していなかった異能者の登場。

 対異能者の公的部署の存在。

 それと敵対関係にありそうな謎の勢力の影。


 ただの一般暗殺者を相手にするだけのつもりだった尊としては正直お腹いっぱいの状況である。

 事態を把握する前にどんどんと情報を投げ込まれても困るのだ。


「(…………)」


『(…………)』


 しばしの黙考の末に出した結論は、



「(――よし、なんか因縁がありそうな間に第三者が居るのも悪いし逃げよう。一先ずは初志貫徹。他のことは後で改めて考えようぜ)」


『(同意。それに賛成)』



 問題を棚に上げることだった。


 ――どっちも使命のことを考えれば重要そうだけど……今の状況では無理! あとで落ち着いてから改めて調べればいいや。


 そうと決まれば話は早い。

 互いに睨みあうように拳を構えてファイティングポーズを取る星弓と何時の間にか自身の周囲に拳大ほどの収縮するように蠢く水球を浮かばせている男。


 二人に気付かれないようにそっと薄暗い倉庫内の暗闇に紛れようとした瞬間、



「そこ動くな」


「おっと」



 光線ビーム水流ウォーターカッターが同じタイミングで放たれた。


「……いや、何やら因縁がありそうだからお好きなように頑張っていただいて」


 防護膜バリヤーで向かってきたそれを防ぎながら尊は諦めきれずに言ってみるが……。



外れ者アウターは全員逮捕だ! しょっぴいてやる!」


「私はキミという存在に非常に興味があります。ええ、とても……ね」



 両者はとても聞いてくれる様子はなさそうだ。

 完全に標的にされている。


「(はァ……やるぞ、シリウス)」


『(了解。戦闘状態に移行)』


 尊は覚悟を決め、


 ――ここに三つ巴の攻防が始まった。




―――――――――――――――――――――――――


・シーン1


https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16818093075297081096


・シーン2


https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16818093075297154344


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