第十三話(3/3):もう一つの逃走劇


 ――六十四、六十三、六十二、六十一……。


 ただ数字を数える。


 ――五十七、五十六、五十五、五十四……。


 標的の位置、建物の構造、それを考慮し建物の外に出る経路。

 そこから一般来場者の避難経路を除くと選択肢はそれほど多くはない。


 ――四十二、四十一、四十、三十九……。


 元が最上階であることも要因だ。

 今回の式典はあくまでもイベントとして完全開放ではないとはいえ、一階の部分は解放され多くの来場者にそれに対応する係員などでごった返している。


 そして、向こうの陣営の人員が不足しているのが何よりの問題。

 本来なら移動ルートの安全を先行させて確認させ、それから動くのがセオリーだがそうも行かない事情。

 少ない人員でやりくりをしている様子は同情に値する。

 脱出できたとしてそれで終わりというわけではないのだ。



 であるが故に、出来れば人員をと考えるのはさほど不自然なことではない。



 ――二十三、二十二、二十一、二十……。


 あくまでもそれ自体を目的としているわけではない。

 上手くいけば連絡のつかなかった部下と合流できるかもしれない。


 その程度の――期待。


 無論、意識してのことではないだろう。

 だが、無意識の思考の偏りというのは気付かぬ内に当人たちの行動に現れるものだ。


 ――十二、十一、十、九……。


 だからこそ、ほら。


 ――四、三、二、一……零。


 位置と移動速度から算出したおおよそのタイミング通りに、この係員が使用する資材搬入用の通路に複数の足音が響いた。

 これまでも何人もここを通った人物は居るが明らかに集団で移動している足音、しかも訓練を受けている者特有の規則正しい足音が複数。


「……っ、止まれ!? 誰だ! そこに居るのは?!」


 不意に足音が止まり、通路に強い声が響いた。

 それに誘われるようにふらりと通路の影から一歩を踏み出す。


「誰だ……お前、柏木か? どうして連絡を……いや、ちょうどいい。お前もこのまま――」


 集団は全部で七名。

 目の前に男性が三名、その後ろに女性が二名、その更に後ろに二名。


「……おい、待て。何故、喋らない」


 向けられる声を無視して一歩、二歩、三歩……。



「柏木、それ以上こっちに――」



 ――ここが限界か。


 警護班のリーダーの黒岩がそう言って懐に手を伸ばそうとした瞬間には見切りをつけ、


 タンタンッ!


 稲妻のように手を懐に入れ、拳銃を抜き放つと同時に九ミリのパラベラム弾を発射した。


「がっ!?」


「グっ……ううっ! クソっ、防弾チョッキを……っ!」


 拳銃を抜いて見せた瞬間には標的との間に身体を挟み込んできた動き、それ日ごろの訓練の賜物が伺えた。

 流石は総理大臣の警護班に選ばれるだけに優秀なSPであると伺える。


 だが、残念ながらサイファーのファーストアタックの狙いは標的ではなく彼らであった。

 咄嗟の動きに反応して見せた彼らではあったが、自分の身を挺してでも護衛対象を守ろうとする行動。


 サイファーからすればそれは酷く隙だらけであった。


 精密かつ迅速に放たれた四発の銃を抜こうとした黒岩の利き腕の肩、そしてそれ以外の最前列に居た二名の脚を撃ち抜くことに成功した。

 動きから防弾チョッキを着こんでいるのは明白、とはいえならば覆われていない場所を撃ち抜けばいいだけの話でしかない。



「総理を連れて逃げろっ!」



 地面に蹲った黒岩がそう叫んだ。


「こっちに……っ!」


 弾かれたようにスーツ姿の女性が標的の手を取り動き出す。

 同時に銃を取り落とした黒岩が痛みを堪えこちらに掴みかかろうと迫り、脚を撃たれた二名も遅れて銃を取り出そうとする。


 悠然と歩を進めながらサイファーはそれらに冷静に対処する。

 掴みかかろうと迫る黒岩は膝を撃ち抜き、他二名は拳銃を取り出すよりも先に近づき遠慮なしに蹴り飛ばす。

 痛みに呻き声を上げ、零れ落ちた地面に落ちた拳銃を遠くに足で弾くと無力化は終了。


 この間、僅か十数秒。

 残りは標的を含めて四人。


 SPの一名はこちらを目掛けて銃を構え、残り二名は標的と通路を逆走しようと走り出している。

 だが、先手を取られ初動が遅れたが故に曲がり角にまで辿り着くには時間が致命的に足りていない。


 射線を切ることができない一本道の通路。

 だからこそサイファーはここで待ち構えていたのだ。


「くっ、この……っ!」


 向けられる銃口。


 だが、急な事態への動揺。

 そして、サイファーの足元に転がっている同僚の姿。

 内心の逡巡を表すかのようにその狙いは僅かに覚束ない。


 チャキ。

 それを見て取った瞬間、向けられた銃口を無視してサイファーは標的である楠木マリアに向けて狙いを定めた。

 自身の腕ならばこの距離ならば外さないという自負がある。

 真っ直ぐ逃げる標的の頭部を撃ち抜くなど一発で済む、それからこっちを撃とうとしている相手を処理して撤退。


 それで今回の仕事は終わりだ。


 ――業腹だが……あっちは上手く行っているようだ。これ以上、余計なイレギュラーが起きる前に。


 自身を無視して逃げる楠木マリアを狙っていることに気づいたのか、覚悟を決めたように銃を構えたSPが引き金にかけた指に力を入れようとする。

 だが、遅い。



 サイファーはただの作業として自然体のままに引き金を引き――




 瞬間、視界は真っ白に染まり。



「――こっちです!」



 そして、少女の声が響いた。


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