第十三話(2/3):もう一つの逃走劇


「……っち、通じない」


 避難誘導を促す館内アナウンスが鳴り響く中、玲は携帯端末を片手に舌打ちを一つすると苛立ちを抑えながらコールすることを諦めて切る。


 ――飛鳥をキチンと引き留めおくべきだったか……。


 姿も動きも見せない暗殺犯の影を警戒している最中のこの小火騒ぎ。

 関連性を紐づけるには状況証拠として十分過ぎるし、ある意味ではチャンスとも言えた。


 ――少なくとも安全上の理由を考慮して予定を切り上げることにした……という建前が使える。このまま、東京に戻っても問題はないはずだ。


 それが総理の警護班と共有とした認識だった。

 無論、そういう行動を誘発させるための騒ぎの可能性は重々承知ではあるが現状ではどのみち人員が足りない。

 消極的な対応では後手後手に回るだけ、多少思惑に乗っても積極的に動いた方が良いというが玲たちの考えだ。

 故に行動はすぐに移すべきなのだが……。


「繋がらないか?」


 警護班の班長である黒岩が話しかけて来た。

 玲は申し訳なさそうに頭を僅かに下げながら答える。


「すいません、こちらの監督不行き届けで……」


「いや、この混乱だ。火災とやらの詳細も掴めないし、外を回らせていたこちらの部下も戻ってこない。どうにも状況が掴めない……。とはいえ、あまり時間を無駄には出来ん」


「ええ、まずは総理の避難を優先させなくては」


「えっ、でもっ、飛鳥ちゃんが……」


 玲と黒岩の話に割り込むようにしてマリアが声を上げた。

 妹のように可愛がっていたのだから心配なのだろう。


「星弓はああ見えて優秀な奴です。その内に気付いて戻ってくるでしょう」


「危なくないかな」


「アイツ自身も言っていたでしょう? 強いから平気ですよ。殺して死にそうにないやつですから総理避難を……」


「……ふふっ、おかしい。信頼してるのね?」


「困ったやつではありますが」


「わかりました。ここに私が居ると色々な人に迷惑がかかるようですから」


 この状況に不安が無いわけではないだろうに、落ち着いた笑みを浮かべるマリアにやはり風聞というものはあてにならないと玲は改めて思う。

 緊急時には人の本性が見えるというが若いながらも一廉の人物であるのが伺えた。


 ――それにしても飛鳥め。何をしている……?


 一先ず、緊急用にいくつか用意していた施設からの脱出ルート。

 どれを採用するかを黒岩と詰めながら玲は思考を巡らせた。


 マリアは冗談と受け取っただろうが、


 ――「殺しても死にそうにない」


 というのは飛鳥への素直な玲の印象だ。

 別に悪意とかそう言うことではなく、彼女の祝福ギフトを知っているが故。

 私情を一切交えず能力だけを見ての客観的な評価だと自負している。


 光子。

 そう名付けられた彼女が生み出したオーラを操る能力。

 身体を覆えばその身体能力を劇的に向上させ、纏うオーラ自体が飛鳥を害するものから防ぐための鎧となる。

 言ってみればあの状態の飛鳥は鎧をまとった小さな巨人だ。


 力があり、素早く、そして生半可な攻撃じゃ怪我もしない。

 シンプルが故に強力無比な能力。

 完全武装した軍人でも相手にはならない。


 ――だからこそ、解せない。この状況が……。


 玲が少し外を見てくると見回りに出かけようとするのを止めなかったのもその能力の高さからだ。


 ――少し直情的過ぎる性格には難があったが、それが許されるほどに強い。多少のトラブルならば力技で処理できるくらいにな。それに飛鳥は妙に勘が鋭い時があるから……案外、何か見つけてくるかもと単独行動を許したが……。


 帰っても来ない、携帯にも出ないというのは予想外の事態だ。

 遅いとは思っていたが……。


 ――……何かに手間取っているのか? あの飛鳥が? あの総理への懐きっぷりならこんな事態になったら比喩表現無しで飛んで帰ってきそうなものだが……。


 その気配もない。

 玲に不安がよぎった。

 例えば件のサイファーという暗殺者と偶々出くわしたとしても、ただの人間相手に飛鳥が負けるとも思えない。

 苦戦だってあり得ないだろう。



 ただの人間相手ならば。



「……まさか」


 そんな玲の零した言葉を聞いていたわけではないだろうが、タイミングよく手に持っていた端末に着信が入った。

 相手は飛鳥ではなく、東京の特異第六課の本部から。


 そして、その内容は――



「本当なのか? 今さっき、こっちで祝福ギフトの反応が……っ?!」


 何故、と口にしそうになったのを慌てて押し留めて玲は続きを促した。


 ――そもそもそういう話だったじゃないか。


「まさか例の福音事件の……えっ、いやっ、違うのか? 現状のカテゴリーはB。それに反応に前歴が……っち、そうなると……繋がっているのか? 今回の事件と奴らが……」


 確証はない。

 だが、可能性は出てきた。


 ――これはこっちの領分でもあるということ……?


 それだけで玲の中で緊張の度合いが一段階上昇した。

 別に総理の護衛任務を軽く見ていたわけではないが……。


 ――そういうことならもっと装備を整えるべきだった……。こんな軽装では……。いや、この際仕方ないと割り切るしかないか。


 見通しが甘かった自分のミスだ。

 一先ずは今やれることを玲はやりきるしかないのだ。



「では、行きましょうか総理。私の後ろについて来てください」


「ええ、お願いします。皆さん」



 ――出来ればさっさと帰って来いよ飛鳥。ヒーローは遅れてやって来る……とか要らないから。


 そんなことを思いながら一行は一歩通路に出た。


―――――――――――――――――――――――――


https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16818093075102760906


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る