第十三話(1/3):もう一つの逃走劇



 悠那は不意に何か振動を感じた気がして、意識をスタジアムで行われている演目から外し辺りを見渡した。



「ん?」


 尊とちょっと微妙な雰囲気のままに別れた悠那は端末のシリウスに対して少しだけ文句を言うと真面目にミッションをこなすことにした。

 まあ、ミッションとは言っても具体的に何かするわけでもなく楠木マリアの近くに一定の距離を保って居続けることだけ。

 期待されているのは自身の異能であって、それ以外はただの女子高生である悠那に出来ることは少ない。


 事実、楠木マリアの居る最上階の階層フロアに今いるのも彼女の力ではない。

 本来、今回は施設の関係者か親類などの招待客のみが入れるようになっており当然悠那も入れるはずが無かったのだが……。


 そこは安心と信頼の未来型美少女AI。

 入場IDの偽造などはそれこそ当たり前のようにやって見せた。


 ――真面目にこの時代のセキュリティだと無いも同然なんだなぁ……。


 悠那は色々とその凄さを身を以て実感した。

 わりとバレないかと緊張しながら入ったというのにまるで当然のように通過できて安心するより、少し恐ろしくなったぐらいだ。

 とはいえ、頼もしいことには変わりない。

 強いて問題があるとすれば頼もし過ぎたことぐらいだ。


 ――……いや、まあ、わかるよ? 確かに命狙われている人の周囲を知らないやつがウロウロしてたらどう考えてもトラブルになるし、私に気付かれずに見張るとかそういう技術も無いわけで……。階層フロアのセキュリティを支配下に置いて防犯カメラ越しに見てた方が安全だって……。わかるけどさぁ。


 悠那がやっていることと言えば離れたところで情報端末の画面越しに様子を観察していることだけ……。

 いや、それすらも実際のところシリウスが居ればやる必然性の無い行為。

 何もせずにただ待っている行為に耐えかねて頼み込んだ結果でしかない。


 ――ううっ……やることが無い。


 ハッキリと言ってしまえば悠那の役割は「なんか役に立つかもしれないから近くに置いておこう」というレベルの置物。

 その程度でしかない。


 ――いや、わかってたことなんだけどさー。はー、流石にへこむ。ただ何もしないで待ってるだけって……。


 その事実に少々不貞腐れながらも、かと言って悠那に出来ることはない。

 シリウスに話しかけてみようかとも思ったが、単に暇だからと話しかけるのは如何なものかと気が引ける。

 だからこそ手持ち無沙汰に画面に目を落としつつ、ガラス越しに通路から見えるスタジアムの演目を眺めていたちょうどその頃のことだった。



「……今なにか」



 だが、辺りに何か変わった様子はない。

 一般開放されている一階と二階ほどではないがこの階層もそれなりに人で込み合っていた。

 人の行き交う足音に喋り声、会場の様子を放送する大型テレビの音に通路に流れるBGM。


「気のせい?」


 悠那は少し気になったが、


「……まあ、いっか」


 恐らくはそれらのどれかだろうと勘違いしたのだろうと気を取り直した瞬間。


 ジリリリリッ。


 けたたましい非常ベルの音が通路に鳴り響いた。


「へ……?」


 人の意識を強制的に集めるという意味でその役割を十全に果たした警報音。

 次いで速やかなアナウンスの放送が続いた。



「――現在、施設内で小規模な火災が発生。何者かによる悪質な悪戯である推定され、危険性は低いものの万が一の可能性を考慮し、安全上の理由からご来場の皆様には案内用ドローンの誘導に従って避難をお願い致します。落ち着いた行動を心掛け……」



「えっ!? なに火事?」「怖い」「悪戯だって……?」


 ざわざわ。

 不意のアナウンスに緊張と不安が入り混じった声が交差する中、寸胴な形をした案内ドローンが数体現れアナウンスが繰り返される中で誘導を始めた。


「えっ、えっ?」


 当惑する空気が一帯を包んだ。

 悠那もその中の一人だ。

 事態の急な展開に戸惑いを隠せない。



「一体何が――」


『応答。巫城悠那』


「ひゃいっ!?」



 そんな中に不意に声が届いた。

 かけていたメガネ型デバイスからの直接のシリウスの電子音声に悠那は悲鳴を上げそうになるも何とか堪えることに成功した。


「な、なに……!? 今、大変な時で……火事が……」


『説明。それについては問題はない。シリウスが作動させたものであると報告』


「……いや、問題だよ!? えっ、どういうこと?!」


『鎮静。冷静な対応を求める。今は避難誘導をしている最中、無暗に騒がないことを推奨。避難者の不安を煽り、トラブルを誘発する可能性を示唆』


「あっ、えっ、ごめん。ああ、あれ操ってるのもシリウスなんだ……」


 見れば状況がわからないなりに誘導に従った方が良いと人の波が流れ始めている。

 悠那はそれに巻き込まれないように隅の方に寄って話を続ける。


「一体どういうことなの? 先輩は目立つことは避けたいってあれほど」


『緊急。状況が変化したため、やむを得ない措置。少々のトラブルが発生』


「トラブルが発生って……えっ、何があったの?」


『回答。詳細な説明を行えるほど余裕があるわけではない。簡潔に要点だけを巫城悠那に報告するとユーザーは少し動けなくなったため協力を要請』


「っ、先輩になにか……!? さっきの揺れと関係が――」


『接続。巫城悠那に想定以上の動揺。ユーザーからの説明が早いと判断。通信を経由』


 不意に動悸が激しくなった。

 自分でもわかるほどに上ずった声にシリウスは答えず、


『――あん? ちょっと今忙しい……あー、悠那か? あれ、これ聞こえてる?』


 次に聞こえてきたのはそれは尊の声だった。

 どこか少し困ったような声に悠那は少しだけ緊張を解いた。


「せ、先輩ですか?! 悠那です!」


『おおっ、悠那か。ちゃんと繋がっているようで何より――』


「シリウスが先輩がトラブルで動けなくなったって……大丈夫ですか?! さっきの変な揺れもありましたし、怪我とかしてないですよねっ!?」


『ああ、大丈夫だ、大丈夫。というか、その辺りの話は後回しだ』


「で、でも……」


『ちょっと厄介な事態に遭遇してな……。手が離せなくなったんだよ、だからお前に頼みがある』


「……頼み!」


 ――先輩からの頼み!


 気になることがあってそのまま続けようとした言葉はその一言に吹き飛んでしまった。

 別に見えるわけでも無いのに悠那はつい背筋をピンと伸ばして聞く態勢に入ってしまう。


「なんでしょう!」


『……おっ、おう。やる気は十分だな』


「はい!」


『ああ、うん……と、とにかくだ。邪魔が入ったせいで少し動けなくなってしまった。出来るだけ早くにどうにかしたいと思ってるがこの混乱の中じゃ何が起こるかはわからない。俺自身が動けない以上、その間の楠木マリアのこと……頼めるか? 勿論、シリウスに出来る限りのフォローは頼んであるがこうも状況があらかじめの想定から外れるとなるとお前の異能頼りになるしかない』


「…………」


『……出来そうか? 多分、そっちもそっちで危険なことになりそうな予感もある。無理には――』


「出来ます! やらせてください!」


『えっ、あっ、うん』


「なんで元気よく答えたのに不安そうになるんですか?!」


『いや、不安になるだろ。わりと危ないことを頼んでるってわかってる……?』


「わかってますよー! 馬鹿にしないでください! ……でも、私は先輩のお役に立ちたいんです。それに人命救助でもあるわけですし」


『……はー。まっ、怪我をしないように気をつけろよ?』


「はいはい、わかってますよ。先輩も怪我には注意してくださいね? 約束ですよ?」


『あー、わかったわかった。気をつけるよ。それじゃあな』


 ほんの少し間をおいて呆れたような声を最後に通信は切れた。

 結局のところ、何が起こったのか教えて貰えなかったがそんなことは今はどうでもいいと言わんばかりに悠那の心は熱く燃え上がった。



「よし、精一杯頑張る! ……まず、どうすればいいシリウス?」


『回答。楠木マリアはSPに連れられて一般来場者の誘導とは別のルートで移動を開始した模様。ルートを画面に表示、巫城悠那には――』



 つらつらと流れるような説明を聞きながら悠那は心に決めた。


「……私の異能、か。使いこなして見せる」



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https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16818093075102696185


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