第十二話(3/3):逃走劇


「はっはっはっ、なるほど……これは予想外ですね。どうしますか、サイファー」


「馬鹿な……あんな無茶苦茶な」


 唖然。

 サイファーはその光景に驚きと呆れを禁じえなかった。

 双眼鏡越しに映る男女の逃走劇自体は今も変わらずに続いている。


 だが、闇雲に逃げていた男の動きに一定の意思が見えるようになった。

 目的がただの逃走から別の物へと変化したのだ。


 そして、その目的は男が持っている――カラフルな色の液体が入った容器を見れば一目瞭然というもの。


 それが何なのかサイファーは当然のことながら知っている。

 自身が用意した物なのだから。


「まさか、逃げながら爆弾を解除しているのか?」


 とても勝機とは思えないが見ている限り、その行動はそうとしか考えられない。

 サイファーが仕掛けたブラフを交えた七カ所の場所を逃げる最中に寄ったかと思うと、非常に乱雑に隠してあった時限爆弾に手を突っ込んだかと思うと液体の入った容器を引っこ抜いていく……という行為を繰り返していた。


 確かに一番手っ取り早い方法ではある。


 爆薬である部分を取っぱらえってしまえば爆弾としては用を為さないのだから、無効化するというある意味では最適な行動だ。

 特に今回使った二種類の特殊な化学薬液が混合することによって爆液へと変わる。


 だが、単一の薬品では危険度は一気に下がる。

 無論、化学薬品なので迂闊に肌に触れたり目や口に入れば危ないのは確かだが言ってみればその程度の危険度しかなくなる。


 故に片方の薬液だけを無理矢理にでも引き離してしまえば、面倒な解体作業をせずとも無効化出来るというのはそれは確かにそうなのだが……。


「だからと言ってそんなことを本当にやるか?」


 不意の事故の可能性も考慮して、確かに容器もそれなりの耐久度があるとはいえ乱暴に扱っていいほど頑丈な金属製の容器というわけでも無いのだ。


 ――それに混合するためのチューブを無理矢理に引きちぎれば薬液はその場にばら撒かれるはず……。


 と、そこでサイファーは気付いた。


「そうか……あの男の超能力……」


「なるほど、あの透明なバリヤーのような力。それを使えば多少強引に扱っても問題ないでしょう。多少、乱雑に扱って容器に罅が入ろうがチューブから流れ出ようが……容器ごと覆ってしまえば問題はない」


 自由に透明の壁を作れるのなら確かに可能で最適な手段だ。

 後は適当な離れた場所にでも容器ごと捨ててしまえば爆弾の危険性は完全に排除できるというわけだ。


「……実に理不尽なことだな」


「くっくっくっ」


 愉快そうに声を潜めながらも笑う道成寺に苛立ちが募る。


 ――しかし、厄介だぞ。どうするべきだ……。


 祝福ギフトとやらの利便性はサイファーの想定を超えていた。

 折角、手間と準備をかけて用意した爆弾をこれほどあっさりと無力化されるとは考えもしなかった。


 ――そして、何より問題なのは少女の方じゃなくて男の方が私の仕掛けた爆弾を積極的に無力化しているということ。


 立ち位置のハッキリしない男。

 争っている様子を見る限り、味方同士ということはないのだろうが――


「まさか、あの男も標的を守るために動いている……?」


「ふむ、確かにそのように見えますねぇ。ただの部外者で仮に偶々に貴方の仕掛けた物に気付いて、善意で人助けのためにコッソリ動いていたとしても……自身が追われながらもするのは些か」


 ――そうだ。少なくとも明確な意思を持って男の方も動いているのは確かだ。そしてそれが標的を守る事なら……。


「そうなってくると場合によってあの二人……共闘する可能性もありますねぇ」


「…………」


 自身の考えを読んだかのように嘯いた道成寺の言葉にサイファーは僅かに表情を歪ませた。

 不愉快に感じたのは事実。

 だが、それ以上にその推測通りになった場合のことを考えて思わず感情が表に出てしまったのだ。


 理外の超常の力を持った相手。

 それが二人ともなると……。


外れ者アウター外れ者アウターでしか御することはできない。おわかりいただけたでしょう?」


「…………」


 道成寺の言葉は先ほど言った言葉の繰り返し。

 だが、対するサイファーは同じように言葉を返すことは出来なかった。


「如何に貴方と言えども……。祝福を受けなければティーンの子供の行動に右往左往するしかないとは……いやはや」


「何が言いたい」


「ふふっ、怖い眼をしないでくださいよ。いえ、なに、同じ領域ステージに立たなくては……ということですよ」


 道成寺はそう言って懐からある物を取り出した。

 金属製でペンケースぐらいの大きさの箱。

 それをサイファーへと向けて渡してきた。


「……これは?」


 当然のように受け取らず、サイファーは真意を問いただす。


「本来なら仕事が終わった後。報酬と一緒に渡すはずだったのですが……ええ」


 ニタリと道成寺は笑った。




「――貴方は選ばれたのですよ。どうですか? 貴方もこの素晴らしき祝福を分かち合いませんか?」



 サイファーは少しだけ思案した後、手を伸ばし……。



「ええっ、それでは……私はサポートに回りましょう。彼らの相手はこちらで。依頼が達成できるよう、期待していますよサイファー」



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