第十二話(1/3):逃走劇
群衆。
行き交う大勢の人々の群れ。
喧騒に包まれた人の波の中を二つの人影が掻き分けていく。
「待てぇえええっ!」
「誰が待つか!? というか追ってくるなよ! 思いっきり目立ってるじゃないか! 人目を少しは気にしろよ! 機密組織みたいなものじゃないのか!」
「キミが大人しく捕まればいいんだよ! 第一、特異第六課の仕事はキミみたいな
「そうなんだ! 教えてくれてありがとう! でも、それが本来の仕事かもしれないが今は別の任務があるんじゃないのかァ? 俺はそっちに集中した方がいいんじゃないかと個人的に思うんだが!」
「むっ! それは……っていうかなんでキミがそんなことを知ってるんだ! おかしいじゃないか! あっ、思い出したけど僕が警視庁の所属だってあっさり信じたなそう言えば! 大抵の人は言ってもすぐには信じないの……もしかして僕のこと知ってる!?」
「くっ、猪突猛進ゲーミングゴリラガールかと思ったら妙なところで勘のいい……」
「猪なのかゴリラなのかハッキリしろ! ……って、そうじゃなくてやっぱり怪しいやつ! 絶対に捕まえる!」
雑踏の中を突き進む二つの人影は、喧騒に負けない程に喧しく言い合いをしながらも澱みなく走り抜けていく。
どちらも全く速度を落とさずに器用にスルスルと衝突もせずに人ごみを掻き分け、あるいは跳び越えながら逃走劇を続けている。
最初こそ、追い追われている彼らをギョッとした目で見ていたイベントに来ていた客も何かの出し物とでも思ったのか何故か受け入れている様子だ。
「何だ、あれは……?」
ある意味、それは仕方のないこともかもしれない。
その様子を遠目から見ていたサイファーは思った。
何しろ追われている男にしろ、追っている少女にしろ二人が二人とも俄かには信じがたい動きをしているのだ。
――男の方はまだわかる。反応や動きのキレが異様に鋭く、明らかにただ者の動きではないがそれでもまだ純粋な身体能力という意味では理解できる範囲だ。だが、女の方はというと助走もなしに成人した人間を跳び越えたりと異常ともいえる身体能力……。いや、まあ、異常といえば明らかにピカピカと光ってておかしいんだが……。
恐らく、それが少女の力なのだとサイファーは察した。
そうとは知らない道行くイベント客からすれば、何やら発光している少女が信じ難い身体能力で言い合いをしながら男を追いかけているという画は現実に目の前で起こっているというのにどこかフィクション染みていた。
人にぶつからないようにするのはともかくとして。
逃走劇を繰り広げ向かってくる彼らに驚いてよろけた女性を咄嗟に支えたり、その隣でびっくりして持っていたコーンごと手を滑らせたアイスクリームを地面に落ちる前にキャッチして返したり等々……。
本当に真面目に逃走劇をしているのかと疑問に思う行動を取りながらも、双方言い合いを続けながら雰囲気自体は真剣なのだからとてもシュールだ。
何かのショーだと勘違いするのもわかるというもの。
アイスクリームを返された子供の目など、完全にヒーローショーを見るそれだ。
「あれが
歓声が上がった。
曲芸師よろしくの動きをしながら光線が飛び交い、不可視の盾のようなものに防がれたと思ったら薄っすらとしたエフェクトのような光が舞うのだ。
遠目から見てもド派手なのだから近くで見ればさぞや臨場感たっぷりなのだろう。
喝采の一つでも上がろうというもの。
それはいい。
どうでもいいのだ。
「……本当にどういう状況だ?」
困惑。
サイファーの今の気持ちの全てをこの二文字だけで表現できた。
――……あの少女の方はわかる。遠目から観察した時に標的の側にチラリと見えた顔だ。恐らくは彼女が例の特異第六課の超能力者というやつで間違いない。ただの少女が殺し屋に狙われている総理大臣の側にいられるわけがない。それに加えて発光するし光線も出すしで、あからさまなまでに超常パワーを使っている。
道成寺の口ぶりからすれば機密組織のような様子だったが、あれは気のせいだったのかと言いたくなる目立ちっぷり。
それに疑問を覚えないわけではないが一先ず置いてくとして、伝えられた情報や状況から察するに少女の正体、背景については恐らく間違ってはないだろう。
少女こそが昨日になって初めてその存在を知った超常を操る存在。
この仕事を達成させるうえでの最大の障害、
――……で、その最大の障害と対等にやり合っているあの男は誰だ?
そのはずだった。
「この期に及んで第三勢力……。いや、違うのか……?」
読唇術で少女の言葉を読み取ったサイファーは思考を巡らし状況を整理しようと努める。
内容から察するに追っている男の方も超能力者、
どうやら、少女が放った光線を弾いていたのは目の錯覚ではないらしい。
――そうなると特異第六課とやらの職責として確保しようと行動しているのは一応理解できる、か。……とはいえ、男の正体については結局わからないのだが……。
考え込むサイファーに不意に声がかけられた。
「おやおや、些か奇妙なことになっていますね」
「っ、道成寺……何故ここに?」
「なに、依頼が上手く様子をこの眼で拝見したくて……ね?」
相も変わらずの笑みを張りつけた大柄な男。
道成寺竜童が傍にいた。
「……まあ、いい。あれは一体なんだ?」
「あれ、とは?」
「惚けるな。少女の方はお前が言っていた特異第六課とやらの人間で間違いないだろう。だが、もう一人の男の方はなんだ」
「ふーむ、……さあ?」
「ふざけているのか?」
サイファーの視線に剣呑さが走った。
それに慄いたかのように道成寺は両手を上げるポーズを取って口を開いた。
「とんでもない、我々にとっても想定外の事態なんですよ。いったい彼が何者なのか……」
「貴様の仲間ではないのか? 仲間がいるような口ぶりだったが」
「いーえ、全く。同胞がいることについては否定はしませんが……、私の方が教えて欲しいぐらいですよ」
「お前らの仲間ではなく、そして特異第六課とやらの一員でもない。完全な第三勢力ということか? ……意外に世の中には超能力者が蔓延っているのだな。私は思った以上に世間知らずだったのだかと些かショックを隠し切れない」
「まあ、居てもおかしくはないのですが……気に入りませんね」
隠しているつもりなのだろう。
だが、サイファーは道成寺が最後にポツリと漏らした言葉に籠った感情に目敏く気付いた。
ニタニタとした笑みは変わらないものの愉快には思っていないのは確かなようだ。
――となると本当に道成寺も関係ないということか。そうなると男の正体について現時点ではお手上げということになってしまうが……。
「……宜しければお手伝いをしましょうか?」
「なに?」
「如何に名高きサイファーと言えどもこの状況は想定外でしょう?
「――道成寺」
「はい?」
「私の仕事に手を出すなと言ったはずだ」
「…………」
サイファーは道成寺の言葉を遮り、そして切って捨てた。
「確かに想定外の事態であるのは認めよう。正直なところ、少し
結局のところ、サイファーが知っている
超常の力があることは認識はしても、それを純然たる脅威としてキチンと捉えていたかと問われれば甘く見ていたと言うしかない。
どちらも恐ろしい身体能力に動き、反応の速さ。
単純に戦ったところでプロであるサイファーも簡単に勝てる等とは到底言い切れない。
加えて光線だのバリアだのがあるとなれば……認識が甘すぎたというの誹りは黙って受け入れるしかない。
とはいえ、だ。
それはあくまでも真正面から戦った場合の話。
サイファーが請け負った仕事は彼らの暗殺ではない。
楠木マリアの暗殺だ。
「想定外の事態ではあるが、現状はむしろこちらに優位に働いている。標的の側に居た特異第六課の少女、そしてその近くに居て全く情報の無かった不確定要素の男。どちらも脅威だが、その脅威同士が勝手に交戦して互いに拘束し合っているんだ。単純に考えて向こう側の陣営の貴重な戦力が第三者に割かれてこちらに居たではない状態……ここで余計な茶々を入れられて仕切りに直されても困る」
「ぬぅ……」
「あの二人が遊んで時間を潰してくれるならそれに越したことはない。解除できずに玩具が起爆するようなことになればこれだけの人だ。相応の混乱が起こるのは必須。そうなれば混乱に乗じてそ処理もし易くなるというもの。……貴様の上も依頼は達成されることが望みのはずだ。個人的な事情はこちらの仕事が終わってから勝手にして欲しいものだな?」
サイファーがそう締めくくると道成寺は憮然とした顔で鼻を鳴らしたがふと何かに気付いたかのように笑みを浮かべた。
「どうやら、そう簡単にはいかないようですよ? サイファー」
「なに?」
言われるがままに視線を戻すと逃走劇には変化が現れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます