第十一話(2/2):星弓飛鳥
放たれるのは華奢で小さな握り拳。
年頃の女の子特有の大きさで尊のものと比べれば優に一回りは小さく見える。
「こんのォ! 避けるなよォ!! もう!」
「いいや、避ける! そんなの受けてられるか!」
だが、尊は知っている。
一見華奢に見えるその拳から放たれる破壊的までに暴力的なエネルギーを……身を以て体験したばかりだ。
――俺の右腕がちょっと軋むぐらいのパワーってなんだ!? こっちは生身じゃなくてアルケオスの腕なんだぞ!? その装甲を軋ませるって……しかも、体勢が十分じゃなかったとはいえ壁まで吹き飛ばされるし。経験はないけど車か何かにはねられたのかと錯覚したぐらいだ。
恐ろしいのはおそらくそれがあくまで全力ではなかったことだ。
知覚を拡張し運動能力を最大限まで引き上げ、猛然と襲い掛かってきた星弓の徒手空拳を何とか捌いていたら段々とそのスピードが速まってきているのに尊は気づいていた。
「(これがコイツの異能ってやつか……っ! まだ上がありそうだ。前にシリウスが例に挙げていて肉体強化系というやつか……!?)」
『(回答。分析結果から推測。異能の本体は星弓飛鳥の言った通り、あの身に纏っている光のオーラのような現象そのものだと解析。身体機能向上の他、ユーザーの右腕に攻撃をした際も特に変化が見られなかったことから肉体的な強度も向上。いや、もしくはあれ自体が自身に対する反作用を打ち消して……とにかく
「(……つまり、結局どういうこと!?)」
『(要約。攻撃力アップ、機動力アップだけじゃなく防御力アップもしている)』
「(解り易くて実に結構!)」
それならばと防戦一方の状態から尊は意識を集中させ、
「――そこォ!」
「えっ!? うわぁっ!?」
伸びてきた右のストレートを半身になって避け、腕を絡めるように取ると勢いを殺さないようにそのままさっきのお返しとばかりに星弓の身体を放り投げた。
自身の拳の勢いと尊があくまで回避に徹した居たことへの油断も合わさり、あっさりと投げられた彼女は室内に植えられた観葉植物の木々を巻き込むようにして薙ぎ倒して地面に倒れ伏し、
「や、やり過ぎたかな……」
『(回答。いえ、これは……)』
思った以上の勢いで飛んで行って冷や汗を見せる尊。
「こん、のォ……! よくもやったなぁ!!」
そんな尊の様子を尻目にあっさりと復活する星弓。
怒りを表現するかのように纏った光のオーラが元気に明滅する様子を見れば、欠片もダメージを受けていないことがよくわかる。
「えー」
これには尊も少し引いた。
「ふん! 少しはやるようだね! でも、今のは油断しただけだからね! 次はもっと本気で……っ!」
「おい、待て。これ以上に本気で人を殴る気か……。わりと最初の一撃だって骨の一つや二つ平気で折れるような人に向けちゃいけないレベルだろうが」
仮にも高校生男子の体躯が軽々と宙に浮く程度の威力。
目の前の少女はそんなものを気軽に人に向けて放つのかと文句を言いたい。
尊だったから良かったものの。
「……なんとなーく、キミからは普通じゃない気配がして」
――……そういうことを言われると良い勘をしているな、としか。
「それに実際にこんなに避けられるな初めてだし、あまつさえ投げれられるなんて……僕の勘は正しかった。無問題!」
――いや、ただの直情的なバカか。
「とにかく、今の動きでただ者じゃないってことはわかった。如何にも怪しい格好をしているただ者じゃない男……尚更に逃がすわけにはいかなくなった」
「怪しい怪しいと連呼をしやがって……風貌で人を貶めるのはヒーローを名乗る者としてどうかと思うぞ!」
「うっ! いや、別に風貌だけ決めつけてるわけないし状況的に……」
『(同意。それはまあ……そうですね)』
「それに頑なに顔を隠そうとサングラスを取ろうとしないし、外そうとすると必死に避けるってことはやっぱり顔がバレると困るってことじゃない?」
――アレってやっぱり狙ってたのか。このクソガキ。
数分にも満たないながらも濃密なクロスレンジでの応酬。
何が一番大変だったかといえばかけているミラーサングラスを守る事だったりした。
「そんなに顔を隠そうとするってことは――それだけやましいことがあるってことだよね!」
「まあ、待て。確かに俺は必死にこのサングラスを守った。だが、それには別の理由があるのだとしたら……?」
「えっ?」
「このサングラスの下には実は過去の事故で傷ついた人に見せたくない古傷があったとしたら……どうする?」
「そ、そんなっ……」
「そうだとしら頑なに見せようとしなかった理由になるんじゃないか?」
「そうだったのか……っ、僕はなんて誤解を……」
「まあ、嘘なんだが」
「死なない程度に痛めつけるね?」
にっこり。
素敵な笑みを浮かべ物騒な宣言をする星弓。
『(疑問。なんで白状するんですかユーザー。何故かいい感じに騙させていた様子)』
「(いや、適当に言ったら何故か本当にショックを受けた顔をされたから……つい)」
『(結論。最終的にただ挑発しただけになったと分析)』
尊とシリウスが言い合いをしているのを尻目に、星弓はゆっくりと両手を上げて構える。
両手を顔の前で揃え、そして僅かに前傾するように背を丸める。
ボクシングでいうところのピーカブースタイルに近い構え。
「い、っくぞォ!!」
「あれは……やばっ!」
気迫と共に星弓は突っ込んでくる。
その勢いはまるで障害物があればその障害物ごと突き抜けんと言わんばかり。
一瞬で距離を潰したと思えば、次いで放たれるのは拳のラッシュ。
「はやっ……っとォ!」
『(分析。先ほどの動きからも見て取れたがやはり星弓飛鳥は格闘技術をキチンと習得した者の動き)』
「(全くだ。クソっ、やりづらい!)」
スタイルはボクシングを中心とした拳を主として格闘。
高速のジャブのラッシュに織り交ぜるようにフックやストレートが飛んでくる。
しかも、その一発一発が異能によって強化され人の身体を宙に浮かせるほどの威力を秘めているのだからたまったものではない。
――ええい、やってられん。単純なパワーとスピードだけだったら禍に成り果てた火島に近いものがないか!?
厄介なのは獣染みた本能と反射速度で戦っていた火島とは違い、目の前の星弓は対人の戦闘技術を身に着けているということだ。
規格外の力と速度を行使しながら、裏付けされた格闘技術は丁寧。
常に足さばきで間合いを維持し、フェイントを織り交ぜつつ速射砲のように拳打を連射する。
『(分析。威力は高くとも隙が多くなる足技は使わず、異能によって強化され十分な威力のジャブのラッシュで隙を作り、そして仕留める。拳を中心に手数と回転率で隙を見せず圧殺するという非常にシンプルかつ合理的な戦闘スタイル……なるほど)』
「(冷静に分析している場合か!?)」
シリウスにツッコミを入れつつ、尊は必至で星弓の拳を回避する。
一発でも受けて止まってしまえばそのまま乱打の雨に晒され、そして渾身の一撃を決められて鎮められるのは想像には難くない。
「これで……っ! どうだッ!!」
「この……ッ!? ええい、ゲーミングゴリラガールめ! 調子に乗って!」
「誰がゲーミングゴリラガールだ!?」
「お前だ、お前! カラフルにチカチカとバカみたいに発光しやがって! 目が痛いだろうが!」
「ぶっ潰す!!」
おかしい、更に手数が増えて加速してしまった。
単純な身体能力では異能を発動している星弓の方が上。
こちらもギリギリまで限界まで反応を早め、動きを解析し先読みをして何とか食らいついていっているという体たらくだというのに。
「(――仕方ない。シリウス)」
『(了解。この状況が続くのはよろしくないとシリウスも判断。あとなんで挑発するのですか?)』
「(こっちが穏当に済ませようとしているのに……さあ! ポンポン攻撃されたら……いや、それはいいら! とにかく情報を渡すことにはなるが……)」
「隙あり……っ!!」
その瞬間、星弓の右手が一際強く煌めいた。
比喩的な表現ではなく、極めて視覚的に右手を覆っていた光のオーラのようなものが増大し、
一閃。
放たれた拳打の勢いをそのままに。
いや、それ以上の速度で撃ち出されたのは――
紛れもなく
『(――≪
「――我は掲げる。破邪の盾を」
光線と不可視の防護膜が衝突した瞬間、室内に衝撃が迸った。
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