第十一話(1/2):星弓飛鳥


「(おい、どういうことだシリウス……。なんで接近に気付かなかった?)」


『(謝罪。申し訳ないユーザー。演算領域を施設内捜索の方に多く割り振ったことによる弊害として周囲の警戒を疎かに……。それにドアの電子ロックは作動させていたので問題ないと判断していたのが失敗の要因であると反省)』


「(ドジっ娘? ドジっ娘属性?)」


『(発見。シリウスはドジっ娘属性だった……?)』


「(管理サポートAIがドジっ娘属性なのは困るなぁ。まあ、確かにこれは予想外過ぎるけど……)」


 尊はちらりと遠くに転がる見るも無残なドアだった物体の残骸に目をやった。

 そして、次にその惨状を作り出した目の前の赤毛の少女、星弓飛鳥へと意識を向ける。


 ドヤ顔だ。

 指をこちらに突きつけて渾身のドヤ顔を披露している。

 無性にイラッとしたが何とか抑える。


「(おい、Cケィオスの反応があったってのは……)」


『(回答。間違いない。ドアの破壊は何らかの異能の行使によるものと推測)』


「(ということは異能者ってこと……? っかしーな、居たとしてもこの時代に異能者なんてそんなに居ないはずじゃなかったのか? これで三人目だぞ。それにこいつは確か例の特異第六課とやら所属の……そうなるとあの噂は……)」


 特異第六課。

 その存在、活動内容を調べる最中にある噂の話がシリウスの収集した情報の中にあった。

 活動実態がハッキリしないことが原因の都市伝説のような曖昧で根拠もない噂話ではあったが、曰く「彼らは超常的なオカルト事件を専門に扱う秘密部署である」というものだ。

 何も知らなければただの噂話と流してしまいそうになるが、実際に超常的な異能者という存在について知っている尊らからすれば興味が引かれる話ではあった。


 とはいえ、今は色々と忙しく改めて特異第六課とやらについては調べてみようとシリウスとは結論を出した……そんな矢先に。


「(まさか、異能者だとはな……。いや、まあ、年齢的に明らかに所属しているのがおかしかったから何かあるなとは思ってたけど)」


『(提起。構成員である星弓飛鳥が異能者である事実を考慮すると例の噂も真実味が上昇)』


「(超常的な事件に対処するための政府下における秘密部署云々……)」


『(感想。燃える設定)』


「(……確かに! ――って、いや、そうじゃなくて。えっ、この状況どうする? 特異第六課とやらはかなり特殊な部署だけど、それはそれとして紛れもない警察組織の一部であるのは間違いないわけで)」


『(回答。それは間違いありません)』


「(それなのに……)」



「さあ、大人しくしろ! 悪者め! 抵抗するなら痛い目を見ることになるからな! 僕は強いんだぞ!」



「(思いっきり敵視されてるな)」


『(肯定。完全敵対)』


 細かい事情はさておき、尊は現状の危機を正しく認識した。

 目の前の少女が公的機関、それも国家権力に類する組織の関係者であることは間違いない。

 そんな彼女との敵対はそれは即ち国家権力との敵対にも繋がってしまうということになる。


「(それはマズい。非常にまずい)」


『(発言。既に国家権力である警察署への侵入をやった後で今更では?)』


「(あの時点では少なくとも何かあってもシリウスとアルケオスの力があれば何とか出来るという打算込みだったからな……だが、異能者も抱えている組織があるとなると)」


 ――どう考えても厄介なことになる、な。どんなスタンスの組織なのかは不明だが……。


 とりあえず、敵に回さないに越したことはないだろうと尊は口を開いた。



「一体何を誤解しているかはわからないな……。俺ほどの「品行方正」を体現とした男はそうはいない。何かの間違いだ」


「嘘つけぇ! どっちかというと「怪しい」を体現した男だろ!」


「初対面の人間のことを怪しいと決めつけるだなんて……おい、名誉棄損だぞ。いったい俺のどこが怪しいって言うんだ」


「この状況に格好に手に持っている物……諸々を含めて全部だよ!」



 バッと手を横薙ぎに振るい星弓は興奮したように叫んだ。

 尊はその勢いに押されたかのように現状を確認し、再度言い返して見せた。



「――人気のない場所で顔を隠す目的のミラーサングラスをかけ、ナイフを片手に明らかに危険物らしき色の液体が入った容器、コード類が散乱した床の中心に立っているだけの俺のどこが怪しいって言うんだ!」


「だから、その全部だよ!!」



 星弓の声が二人しかない部屋の中に残響した。


『(発言。ユーザー流石に無理があります)』


「(……やっぱり? 勢いで誤魔化してみようと思ったんだけど)」


 ダメだろうな、と思っていたがやっぱり駄目だった。

 そんな尊の様子に確信を持ったのか、星弓の空気が明らかに変わった。

 最初のが警戒態勢ならば今の完全に戦闘態勢と言った所か。



「一応、攻撃する前に言わないとダメらしいから言っておく、僕は警視庁特異第六課所属の星弓飛鳥。この世の悪挫く正義のヒーロー。君が悪人でないというなら任意同行を受けることをお勧めするけど……どうする?」



「(既に攻撃宣言してコレってただの脅迫では?)」


『(回答。危険物を所持した不審者の対応としては当然かと)』


「(クソっ、ぐうの音も出ない正論とはこのことだ。俺は不審者じゃなくて別に頼まれたわけでも無いのに、勝手に暗殺者から魔の手から総理を守っている善意の一般人だというのに……いや、不審者だな)」


『(同意。不審者ですね。で、どうしますか不審者ユーザー?)』


「(今なんか呼び方おかしくなかった? まあ、いい。考えるまでもない、やれることと言えばプランBしかない)」


 プランB。

 つまるところはさっさと逃走。

 それが尊たちにとっての最善の手段。


 相手は未知数の異能者で背後には国家権力の力、更に言えば相手の星弓こそ知らないが現状は両者とも楠木マリアを暗殺から守るという共通の目的を持っている。

 ここで両者が争うことに何のメリットも生まれず、むしろ異能者という超能力者が揃って身動きが出来なくなれば得をするのは暗殺者側だけという状況だ。


 ――さっさと逃げて人混みに紛れる……。相手も警察組織の人間、そうすれば迂闊な真似は出来ないだろうしそれに機密組織に類する部類なら目立つことだって避けるはず。それで何とか振り切って逃げ切る。


 そんなことを考えつつ、尊は僅かに左足の位置を後ろに下げて重心をずらす。

 タイミングを見計らって初動に備えるための然り気無い行動。


「動いたね……?」


 だが、相手もさるもの。

 些細な尊の動きから逃走の意思を察した瞬間、


『(観測。Cケィオスの励起を確認……)』


「ち……っ!」


 シリウスの言葉を聞き終わるより先に尊は動き出していた。

 一先ず、部屋から脱出するための自身を挟んで星弓が入ってきた方とは反対側にあるもう一つの出入り口。

 当然、距離で言えばこちらの方が近い。


 ――何をする気かはわからないが付き合っている暇はない。


 はず、だった。



「――……逃げるってことはやましいことがあるってことでいいんだよね?」



 向かい合っている状態から身体を反転させ加速しようと踏み出した……その矢先。


 まるで瞬間移動をしたかのように目の前に少女は現れ、



『(――≪一次稼働解放状態ザ・ファースト≫に移行)』



 一閃。


「……っ、はやっ!?」


 攻撃に備え拡張された知覚領域。

 まるで閃光のように……、としか認識できない程に迅く鋭い拳が咄嗟に反らした尊の頬を掠めた。


 いや、というより……。


 ――まるで、じゃなくて……っ!


「……シッ!!」


 思わぬ初撃の突きの速さに体勢を崩した尊に目掛け、更に連続して放たれた三発の左のジャブ。

 そのどれもが小柄の少女のものとは思えないほど早く鋭い。


 そして、何より――


「そこだァ!!」


 ダンッ!

 地面を踏む抜くかの勢いの震脚と共に放たれるのは渾身の右のストレート。


 回避は不能。

 咄嗟に右腕でそれをガードしようとし、


 ミシリッ。


 堅牢である高次元マテリアルで出来た腕からはそんな嫌な音が鳴り響き、



 尊は右ストレートに身体ごと吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。



「……っ、痛ってぇなぁ! ゴリラかこのパワーは!」


「ご、ゴリラだとぉ!? お、女の子に向かってなんて失礼な! この優美かつ最高にカッコいい輝きが目に入らないのか!」



 地団太を踏み憤慨しながら星弓は言った。


 自身のその力を誇示するように、

 その身にを見せつけるように、


「コードネーム《殲光者ニクス》! 正義の輝きの前に悪党の居場所は無しと知れィ!」


 全身に光のオーラを纏った少女は宣言すると同時に襲い掛かってきた。



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