第十話(3/3):祭典


 休憩所の中は思った以上に広々としていた。

 芝生の地面に観葉植物の木も植えられ、天井は高く日が差し込めるようにガラス張り、テーブルにベンチが数ヶ所あり、まるで公園の中にいるようだ。

 室内とはとても思えない。


 ただ、それでもどこか空間に物足りなさを感じた。

 シリウスの話だと今回の開幕式の日取りはかなり前から決まっており、それを前提に押したスケジュールで調整したとの話なのでここら辺は未完成なのだろう。

 利用しようとしているスタッフが居ないのがその証拠といってもいい。


 ――ああ、いや。単に式典が始まって忙しくなったってのもあるか。


 既に式典が始まってしばらく経っている。

 今のところトラブルもなく予定通りに進行し演奏や合唱などのオープニングパフォーマンスが始まったところだ。

 それが終わった後、近くに行われる予定の競技大会のデモンストレーションを兼ねた競技の実演等が続き、最後に楠木マリアが登壇してのスピーチとなっている。

 

 ――スタッフや関係者の目が式典に向いてる今の内にさっさと対応しないと……。


『報告。センサーによる周囲の把握を終了。周囲に盗聴器、ならびにカメラなどの存在が仕掛けられている様子は無い』


「そうか、普通に喋れるならそれに越したことはないけど……。まあ、いい。それで? その如何にもな危険物については何か分かったか?」


『回答。容器に入っている液体は依然のものと同様の液状爆薬であると断定。構造はシンプルな時限式の爆弾。こちらに逆に利用されることを恐れたのか可能な限りアナログな作りとなっている』


「むっ、電子制御ならシリウスがハッキングしてしまえば楽だったんだが……。そうなると物理的に無力化するしかないのか? 面倒だな……」


 尊はそう言いながら懐から折り畳みの小さなナイフを取り出した。


「まあ、そこまでアナログなら遠隔での操作の危険性も無いか。さっさと解体してしまおう。指示を頼む」


『了解。あからさまなダミートラップの配線が大量にあるがシリウスには無意味。ユーザーのサポートを実行』


 言われるがままに淡々とナイフを動かし配線を切断しながら尊はシリウスに語り掛けた。


「しっかし、誰にも知られずにこっそりと仕掛けられた爆弾解除に勤しんでるこの状況……俺ってまた主人公っぽいことしてるなー」


『評価。中々にベタな展開。しかし、王道というのは大勢に好まれるからこその王道であるとシリウスは理解。ユーザーのヒーローポイントを加算』


「おう、全然嬉しくないけどありがとう。でも、まあ……展開としてこういうのはラストの近くだよな普通?」


『同意。確かに展開としては早すぎる。これで事件が終わってしまってはストーリーとして興ざめであると主張。……捜索範囲の拡大、ならびに支配下に置くドローンの台数を増やし、更なる効率化を計る』


「頼んだ」


 軽口を叩きながらも尊の思考を受け取ったシリウスは、演算領域のリソースを更に使用することで施設内の確認作業の効率を向上させていく。

 目的はただ一つ、似たような不審物があるかどうかの確認。

 そして、結果はすぐに現れた。


『報告。ユーザー、似たような紙袋に入った不審物が施設内に複数発見』


「くそっ……やっぱりか。いくらなんでもこの一つだけじゃ終わらないよな。いくら何でもちゃち過ぎる。シリウスのハッキング能力を恐れたとはいえ……だ」


 シリウスによる知識や手先の動作などのバックアップがあるとはいえ、無力化するのに三分もいらない程度の爆弾一つ。

 色々と手を変え品を変えこちらに手を出してきた相手が、それだけの手段しか用意していないとは思えない。

 そうなると……。


 ――シリウスの解析が確かなら、それなりの訓練を積んでさえいれば液状爆薬こそ珍しいが爆弾として無効化することは難しくないって話だ。恐らく楠木マリアのSPも普通に解体できるはず。遠隔起爆用の装置も無いんじゃ任意に起爆させることも出来ない。となるとこの爆弾の意味はなんだ……?


「決まっている。これは……いや、これは解除させるために用意されたものってことか?」


『回答。ユーザーの推測にシリウスは一定の理解を示す』


 不審物の中身は想定した通りの危険物ではあった。

 だが、構造自体は至ってシンプルで知識さえあればナイフ一本でも無効化は可能な時限式爆弾。


 ただし、その時限式爆弾が入っていると思しき不審物は別々の箇所で見つかっている。


「ブラフの可能性は勿論ある。だが、本物でないとの根拠もない以上は全部が本物と仮定して……こんなことをしている理由は?」


 仮にこの現状が楠木マリアの陣営に伝わったらどう対応するだろうか。

 爆弾が仕掛けられ、しかも複数となると動き辛いはずだ。

 どこに隠して仕掛けられているかわからない施設の中、逃げようとするのはなかなか難しいものがある。

 見つかった爆弾から離れようとして別の仕掛けられた爆弾の近くに……なんてことも考えられる。


 それに逃げるにしても仕掛けられた爆弾の周囲を避けて施設から脱出しようとすれば脱出ルートは自然とに限られて来る。

 待ち伏せするには絶好とも言える。


 どちらにしろリスクを孕んだ選択。


 ――だが、安全に解除できるならどうだろうか? それならば解体してから……という発想が出てきてもおかしくはない。それに楠木マリアの性格もある。シリウスの調べた経歴からもわかるが大した篤志家で、あの博愛染みた性格は楠木マリアの素だ。そんな彼女が市民は危険な所に残して自分だけは逃げるなんて……。いや、しかし……。


 正直、そこら辺はわからない。

 ただ、


「この状況は面白くないな。この状況……明らかに向こうが主導権を握っている。これはマズいな」


 それだけはわかる。

 仕掛けられた複数の不審物、その存在はどうにも状況を支配するためのものの気がする。


 不審物の存在に気付いてそれに対処するために楠木マリア陣営の人員が少しでも減れば、元から少ない警護体制に付け入る隙も出来るだろう。

 爆弾の一つでも見つかることなく爆発してしまえば、恐らく施設内はパニックになるはずだ。

 大量の人間が無秩序に逃げ惑うことになればいくら優秀な警護体制を取っていたとしても、その混乱の中を万全に守り抜けるかは疑問が付くというもの。


 ――それにマッチポンプだけど、仕掛け側が危険物の存在をアピールしてパニックを人為的に引き起こすことだって……。


「…………」


 思考を深めれば深めるほどに、尊の眉間に皴が寄ってしまう。


 ――最悪は……。


『質問。複数見つかった不審物の対処。どうされますか、ユーザー。楠木マリア陣営らに匿名情報として施設内の状況を送っておくべきか?』


「……いや、やめておこう。変に動かれても困る。爆弾の方は面倒だが俺たちの方で対処しよう」


『考慮。そうなると楠木マリアらの近くに控えることは出来なくなるが……』


「まあ、一応効くかどうかわからん護符として悠那も送ってるしな。それに本職のSPだって居るんだ。それに――」


 尊はそこで一旦口を止めた。

 楠木マリアらの護衛を務めている人間、それらは当然のようにシリウスは調べ上げていた。

 故にその中でも異色の二人の存在には当然のように察知済みだ。


「あの二人についてはいい機会だし情報を得られるチャンスとは思ったけど……まあ仕方ないと諦めるしかない」


 正直、途中で実験とかどうでもよくなりやめようかなと思わないこともなかった。

 ただ、彼女二人の存在を知って今回の事件は尊たちにとって未来改変の実証実験だけの意味ではなくなってしまった。


 彼女らの所属は警視庁特異第六課。

 公式的には存在しているがその詳細は謎の部署。

 そして、


 ――あの火島の身柄を連れ去った部署の名前。それが特異第六課。


 警察署から奪取した機密情報に載っていた。

 火島の一件は全て彼らの管轄になり、情報は回収され、そして彼らの手によって火島は東京へと移された。


 ――火島の一件について調べるつもりだった俺たちにとって、無視できない興味深い存在。それが特異第六課という存在だ。シリウスが調べてもいまいち判然とした情報しか得られず、精々正式な設立が二年前だということぐらい。あとは噂のような話ばかり……だが。


 その噂も何やら尊らにとっては捨て置けないものとなれば……。


「特異第六課……ね。一見無関係な事件に首を突っ込んだら、別の事件に繋がっているとか……」


『回答。流石はユーザー。シリウスはユーザーの見事な主人公力にポイントを加算』


「うるせー」


 出来れば今回の事件でその特異第六課とやらの情報も手に入れたかったが、下手に望み過ぎてもいい結果にはならない。

 尊は割り切ることにした。

 一先ず、今日が終われば落ち着いてそっちを調べることもできるはず。

 とにかく、特異第六課所属の人間の顔と名前もわかったのだ。

 後は身元を割り出してそこから――


「…………」


『ユーザー?』


「いや、何でもない……っと、これで終わりだな」


 喋りながらも精確に作業を続け、最後のコードを切って尊は時限式爆弾を無効化することに成功した。

 そして、改めて行動を開始しようと立ち上がって、


「これで万が一起動することはない。よし、とにかくこのまま――」


 そう言った瞬間のことだ。



『警告』


「は?」


『警告。Cケィオス移相力場の反応の発生を検知。発生場所は――』



 後方でドアが弾け飛んだ。

 

 開いたのではない。

 文字通りに金属製のドアがくの字に折れ曲がって宙を飛び、壁に叩きつけらたのだ。

 そしてドアという存在が無くなった出入り口から一つの人影が現れた。



「そこで何をしている! さてはお前が悪い奴だな! マリアさんを狙う悪党め! 僕が成敗してやる!」



 赤髪の少女はそう啖呵を切りながら現れた。


 その少女は正しく今話題にしていた特異第六課の人間の片割れ。

 星弓飛鳥、その人であった。

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