第十話(2/3):祭典


「……動いたか」


 ごった返すように行き交う群衆の中、紛れるように混ざっていたサイファーはふと呟いた。

 一定のルーチンに従って動いていた案内用のドローンや広域な敷地を整備する管理ドローンの一部が、それから逸脱した動きを始めたの見咎めたからだ。

 そして、それらを統括するスタジアムのシステムはそれを異常だとは認識していない。


 ――間違いない、ヤツだ。


 明らかに何かの目的に沿って行動にサイファーは確信をした。

 どんな人物かあるいは顔も名前も性別も年齢も皆目見当も付かないが、そんな芸当が出来る存在がそう複数居られても困る。

 携帯端末を使いながらスタジアムの防犯システムに干渉し盗み見ていた作業を取りやめると、端末を近くのゴミ箱へと放棄する。


 ――やはり、向こうは動けなかったようだな。まあ、断続的に手を出し続けていた甲斐があったというもの。これで先手は取れたか……。


 が特に滞りもなく実行できたこと時点で察してはいたが、こうして大慌てでドローンらを今更ながらに動かしている様子からしてやはり人員的な余裕がないのは確かなようだ。

 状況的には先手を取ってこちらが有利と言いたいところだが、相手のハッキング能力を考えると電子機器は如何せん信用が出来ない。

 カメラ越しの映像をループさせられたり、偽造されたりする可能性を考えればこうして直接現場に赴く危険性を取るしかなくなった。


 ――加えて超能力者……いや、外れ者アウターか。不確定要素はまだまだある。


 それでもサイファーは失敗する気は欠片もない。

 ただ仕事を完遂させるのみ。


「さて、仕事を始めよう」


 そう呟くと群衆の中に紛れて行った。









 何の変哲もない紙袋だ。

 絵柄も印刷されていない大きめの白い紙袋。


「…………」


 それが尊の目の前にある。

 ただし、何の変哲もないのはあくまでも外見だけ。

 その中身を覗いてみればとても個性的であることがよくわかる。


 アナログな目覚まし時計、毒々しいまでの色をした二種類の液体が入った透明な容器、無数の色とりどりのコード、それらが一体となってその紙袋の中に鎮座していた。

 何というか……。


「うーむ、あからさまな危険物臭……」


『感想。様式美に則っている』


「知識が無くてもわかりやすく危ないものであると象った形……嫌いじゃない」


 などと、くだらない話をシリウスと行いながらこれまでの経緯を思い返した。



 微妙な雰囲気で悠那と分かれて十分も経たない頃のことだ。

 シリウスがその能力を生かして片っ端からハッキングを繰り返し、ドローンや設置型の防犯カメラを駆使しておおよそスタジオ内の捜索をしていると不審な紙袋を発見したのは……。


 場所はスタジアムの内部。

 一般開放されている部分ではなく、関係者以外立ち入り禁止区域。

 その一ヶ所、スタッフや競技選手用に作られたであろう広めの休憩所のベンチの下にそれはあった。


『報告。どうしますか?』


「どうするって言われてもな。予想してなかったわけじゃないが……」


 相手の手段からそう言った手段を取ってくるかもとは尊も予想はしていた。

 出来れば外れて欲しかったが、どうにもあからさまに怪しいブツが見つかってしまったのだ。

 無視するというのは難しい。


「内部の確認とかは……」


『回答。不可能。発見したのはスタジオ内の清掃を任された掃除ドローンの一機。カメラこそ付いているがそれ以上のことは……』


「まあ、そうだよな」


 ここで尊に出てくる選択肢は二つだ。

 この危険物をどうするかという話。


 中身がわからない以上、放っておくというのは難しい。

 タイミングを考えて本当に危険物であった場合、それはやはり楠木マリアを殺そうとしている勢力によるものだろう。


 ――……楠木マリアは厳重にSPが張り付いた上で上層のVIP観覧席。仕掛けられたポイントはそこからはだいぶ離れている。とはいえ、中身がわからない以上は……。何かしらの手段で近くまで誘導してドカンなんてこともあり得るだろう。


 可能性だけならば色々と考えられる。

 今までの行動はあくまで理性的にやって来た相手でも追い詰められれば、手段を選ばず大勢を巻き込むような手段を打ってきてもおかしくはない。

 少なくともそんな手段を取らないだろうというのは、殺し屋の胸三寸に任せた甘えた考えで持つべきではないだろう。


 ――そうなると手段は二つか。一つは俺が確かめて解除する。


 ドローン越しでは判別が出来なくても尊自身が行けば、体内のセンサーに電磁スキャン、シリウスの解析能力があれば紙袋の中の物体についてはすぐにわかるだろう。

 更にホテルの時のように爆発物だったら恐らくその場で無力化も可能だろう。


 ――それに中身について知れれば相手の動きもわかるかもしれん。


 何かしらの動きをしているのは間違いない。

 ならば出来るだけ情報も欲しいというのが本音だ。


 ――とはいえ、そうすると少しの間とはいえ楠木マリアから離れるということになる。


 それがネックではある。

 となればもう一つの手段としてこのことを匿名の情報提供をして、他人に任せるというのもある。


 ――例えば、スカイピアの運営やSPの連中に……。でも、その場合絶対に大事になるよなぁ。


 不審物の発見。

 ここに総理大臣という超VIPが存在する以上、連絡を入れても軽くは扱われないだろうが問題はその対応だ。

 運営がどう判断するかまではわからないが、少なくとも楠木マリア陣営にまで話は行くはずだ。

 そして楠木マリア陣営としてはどう判断するか。

 少なくとも尊なら最悪の場合を考えて逃げようとするだろう。


 ――だが、そうなると今度は敵の行動が読めなくなる。これが敵にとって不足な事態だった場合、どんな手段を取るか……。


 見つかったのこれ一つだけしかないというのは現時点では早計な考えだろう。

 ブラフを含めて複数用意していてもおかしくはない。

 人の混雑や単純な広さもあって全部を捜索しきったわけではないのだ。


 ――そうなると……やはり。


『要請。どうされますかユーザー、回答を求む』


 気づけばシリウスの顔が目の前にあり、尊はそこで自身がいつの間にか電子空間に引きずり込まれていたことに気付いた。


「おおぅっ、いつの間に」


『回答。思考を纏めるに必要かと推察して実行』


「まあ、助かったけど。お前からはどうした方がいいってのはないんだな?」


『返答。シリウスは管理サポートAIであるので基本的にユーザーの判断を尊重する。ユーザーに問われれば判断の材料については提供する』


「なるほど……」


『主張。それに既に今回の案件で最も確実に結果を残せる方法について、シリウスは既に提案を実行。しかし、ユーザーが却下した』


「お前、拗ねてる?」


『否定。AIは拗ねない』


「いや、拗ねてるって。ただのAIなら拗ねないかもだけど、未来から来たスーパー美少女AIなら拗ねられるんじゃないか?」


『否定。シリウスはスーパー美少女AIではあるが拗ねていない』


 主張するシリウスはいつも通りの無表情。

 だが、何処となく不機嫌そうにも見える。



「いや、でも無理だって……色々な意味で――「いっそのこと総理拉致って五月五日越えるまで誰も知らないところに監禁してしまえばいい」とかキミね」



『主張。確実な成功』


「そりゃ確実だけど、ちょっとした実証実験のためにそれ以上のとんでもない問題作ってどうする」


『回答。睡眠薬を入手し眠って過ごして貰えば、返却する際の情報漏洩リスクは最低』


「そういうことじゃねーよ!? 総理大臣拉致ってのも嫌だけど、単純に婦女誘拐ってのも嫌だ! 大体火島のせいだけど色々と器物破損したし、不法侵入も民間会社の敷地や警察署にだってした! 機密情報抜き取りとかどれぐらいの法を犯しているかもわからん! けど……婦女誘拐は嫌だ! 人として……男として嫌だ! カッコ悪い!」


『思量。……カッコ悪い。それは確かに重要な要素。しかし、狙われているヒロインを助け出して連れ去るのもヒーロー的な救出劇のタイプの一つでもある』


「それに当て嵌めるなら完全に足抜け出来ずに、楠木マリアの裏のドロドロに巻き込まれるやつじゃないか。嫌だ、嫌だ、これ以上俺は厄介事を背負い込みたくないんだ。何も解決していないのに増やしてたまるか!?」


『納得。下手に関係性が深くなると使命の方にも影響が出る可能性……。それはシリウスとしても看過は出来ない問題である』


「納得してくれてありがとう。これで「美人アイドル総理大臣拉致って眠らせて監禁しよう作戦」はもう言わないでくれると助かる……で? 何の話だっけ?」



『要請。どうされますかユーザー、回答を求む』


「あっ、思い出した……。っていうかリピートするのか」



 結局、危険物らしき紙袋を見つけたはいいがどうするかっていう話だった。

 くだらない話の言い合いで忘れるところだった。

 どちらの方法もメリットデメリットはあるのだろうが、それらを考慮しつつ尊は選択し、


「(頼んだぞ、相棒マイ・バディ)」


『(返答。任せてください相棒ユーザー。センサー起動、スキャニング開始――構造解析)』


 そして現在へと至る。


―――――――――――――――――――――――――


https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16818093074819721740


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る