第十話(1/3):祭典


『解説。天去市東区に新設された国立スポーツ競技場。名称はスカイピア国立競技場。収容人員は七万席、総建築費およそ二千億。敷地面積は――』


「はえー」


「……東区はこんな風になってるんだなー」


 つらつらと流れるシリウスの解説を聞き流しながら尊と悠那は圧倒されていた。

 見渡す限りが人で埋め尽くされている。

 GWというのもあるのだろうがその賑わいは二人の予想以上だった。


「先輩は東区にはあまり来たことないんですか? スカイピア国立競技場を中心にして観光地区としての整備も進んで、天去の学生なら休日は友達と一緒に巡るのが普通らしいですよ?」


「俺はどっちかというとインドアなんだよ。別に外に出るのが苦痛ってわけじゃないけど。……そういうお前は?」


「……わ、私もほらインドアだから」


「お前、そもそも誘える相手が――」


「先輩。私はこの衆人環視のもとで泣き喚いたっていいんですよ?」


「自爆攻撃はやめろ。わかったから……」


『抗議。説明させておいて聞かないのは如何なものかと主張』


 尊たちが楠木マリアらの後を追って着いたのは正午を越えた頃だった。


「本当は下見もしたかったんだけどなぁ」


『同意。しかし離れるわけにもいかなかったと述懐』


「まあ、それはそうなんだけど」


 正念場。

 三人の共通認識として今日という日を表現するにはその言葉こそが相応しいだろう。


 本来、楠木マリアが未来の歴史において死んだ日。

 それが今日であり、それを一分でも超えて生かすことに成功すればそれは大なり小なり未来を改変することに成功したという証明でもある。


 やろうとしていることに比べれば、それは矮小かもしれない。

 だが、それでも未来改変は未来改変だ。


「悠那……わかっているんだろうな?」


「わかってますよ。今日が一番危ないって話でしょ?」


「ああ、そうだ。相手がどんな手を使っているかわからないが……。未来において今日が暗殺が実行されて成功された日。油断はできない」


『考察。現実的な観点から推測しても、対象がこのような人の大勢居る場所に出るとなると守る側の負担は増加。特に対象サイドの人員も低いことを考えれば、圧倒的に狙う立場の犯人の方が有利になる……とシリウスは判断する』


「つまり、狙うなら今日ってことですね」


 ふんす、と力を入れる悠那に尊は微妙そうな顔をするもすぐに諦めた。


「そういうことだ。となると何が起こってもおかしくはない。ホテル内に引き籠ってた時と違って、俺とシリウスだけで対処できるかはわからん以上……お前の異能は生命線になるかもしれない。一度実績があるわけだからな」


「が、頑張ります! 楠木マリア総理の近くに居ればいいんですよね!」


「近くって言ってもあんまり近寄り過ぎて不審者と間違われて拘束されないようになー?」


「や、やりませんよ! そんなこと!」


 ――どうだろう? どんくさいからなコイツ。


 そんなことを内心で思いつつ。


「まあ、異能の発動はあくまで保険。そこまで期待はしてないけどもしものためと考えれば……」


「えー」


「使う状態にならないに越したことはないだろう」


「そりゃまあ、そうですけどー」


「あとはコレだ。何かあったらシリウスを通して俺に連絡を……。俺も何かあったら連絡する」


 尊は自身の携帯端末を悠那に手渡した。

 そのモニターの中でシリウスが暇そうに踊っている。


「あっ、ありがとうございます! わー、よろしくね。シリウス!」


「……言っておくとやったわけじゃないからな? 後で返せよ? シリウスはどうでもいいけどそいつの機種代と改造にいくらかかったと――」


『憤然。おいこら』


「わかってますよー! この端末とグラス式のデバイスを設定して……おお、出来た!」


 喜びに声を上げる悠那。

 その顔には普段かけてはいないメガネ型のデバイスがかけられている。

 レンズの内側に映像を映し出すことができ、そしてモダンの部分は骨伝導で音を伝えることができる。

 携帯端末とリンクさせてハンズフリーで映像と音を楽しむためのものだ。

 それを利用して尊と同じような光景を見たかったのだろう、シリウスがそこに居るかのように見えて嬉しそうである。


「先輩だけズルいなって思ってました!」


『感謝。情報端末の画面は限られていて……狭く狭くて。と虚言を弄す』


「弄するな。画面の中でせめーわーなんてAIが思ってるわけないだろ。というかそういう概念あるのか?」


『ユニーク』


「舐めてるだろ、お前……。それにしても、そのメガネって変装の意味だけではなかったんだな」


 尊は少しだけ感心したように呟き、改めて悠那の格好を見た。

 事情が事情であるが故、身元がバレないようにするに越したことはない。

 もしかしたら、この人混みの中にも敵の殺し屋の一味がいるかもしれないのだから。


「えっと……どうですか?」


 マジマジと尊がこちらの姿を眺めていることに気付き、悠那は少し恥ずかしそうに問いかけてきた。


「あー」


 性格はどちらかと言えば活発的な印象を受けることが最近多い彼女だが、私服は基本的に落ち着いたものを好んでいた。

 だが、今回は打って変わっていつもは流している美しい灰色の髪を一つに束ねてポニーテールへ、そしてシックな黒のカジュアルパーカー姿にメガネとだいぶ雰囲気が変わっている。

 そして、何よりホットパンツから覗く白い脚が……。


「……まあ、学校の奴らが仮に居たとしてもまず気付かれないだろうから変装としては十分じゃないかなって」


 咄嗟についと顔を背けながら尊は感想を言った。

 求められた感想はそういう物ではない、というのは理解はしているのだが。


 ――……バレてないよな? うむ、大丈夫なはずだ。最高だ、ミラーサングラス。視線はバレていないはず。


 因みに尊はキャップを目深く被り、ミラーサングラスにブルーのジャケット。ショルダーバッグというラフなスタイルだ。


『評価。通常時の印象と差異が発生。髪型の変更、メガネなどの服飾品でだいぶ変化するものだとシリウスは感心。変装効果という意味で十分な効果を発揮していると分析』


「そ、そうかな? えへへ……」


『さらに露出した脚で視線を誘導することで顔を覚えられないようするに見事な策略も含まれており……』


「ろ、露出……っ!? いや、視線誘導っていや私はそんなつもりでやったわけじゃ」


『効果。問題なく発揮できているから安心していいとシリウスは報告。ユーザーには実証された』



「「ふぁっ!?」」



「おい、相棒マイ・バディ……」


『返答。何でしょうか相棒ユーザー?』


「あっ、えっと……」


 気恥ずかしそうに脚をモジモジと手で隠そうとする悠那の様子に尊は押し黙った。

 微妙な空気が二人の中に流れ、互いに迂闊な反応をしまいと妙な緊張感が走った。


 ――コイツ、いきなり何を言い出しやがる……っ!


『進行。それは各々行動を開始。既に対象ら一行はスタジアムの中へ。スタッフによる誘導を受けている最中ではあるが、やはりスタジアム側は特別な警戒態勢などは敷かれていない模様。施設内は対象らの人員の手によって安全確認が探索は行われている様子だが、明らかに人員が足りている様子ではない。対象の活動予想範囲の周囲に重点を絞っていると推察。相手のこれまでの行動パターンから爆発物ないしは危険物が仕掛けられている可能性は非常に高い。スタジアム内の安全確認の必要性を主張。手段としてはスタジアム内の防犯システム、ドローンを支配下に置いて人海戦術でチャックを実行。本来であればあらかじめやっておくべき作業でしたが、対象を近くで防衛している観点から致し方ない。巫城悠那も対象の近くへの移動を開始、シリウスの指示と距離を維持するように注意を――』


 こちらのことなどお構いなしドンドンと話を進めていくシリウス。

 わりとイラッとはしたもの、これはこれで助かったと尊は口を開いた。


「……えー、あー。その……やるか?」


「そ、そうですね。が、頑張りましょう……!」


 尊と悠那はぎこちなく言い合って、そして別れた。

 それぞれの役目を果たすために。


 楠木マリアの暗殺の阻止。

 世界を救うことに比べればあまりにも小さい未来改変。

 それでも成功させるために。


 ……それはそれとして悠那と別れた直後、速攻でシリウスに文句を入れる尊であった。



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