第九話(3/3):暗躍する影


「…………」


 道成寺の台詞にサイファーは押し黙った。

 まともな感性を持っていれば突如として何を言い出すのかと訝しむような内容だが……。


「おや? ふざけているのか……とでも怒鳴られるかと覚悟はしていたのですがね」


「……現状で標的たちが無傷で脱出できた手段について皆目見当もついていない。そして、私もそれなりに耳は広い方だ。最近の妙な事件については知っている」


「ほう。それはそれは……」


 超能力にESP、普通ならば一笑に付すような単語。

 だが、裏社会に精通しているサイファーはここ数年で起きるようになった奇妙な事件や噂については知っていた。

 界隈では根も葉もない都市伝説やオカルト染みた話が回るのは珍しい話ではないが、実際に少々異常な事件が何件も起こったのは事実らしいということまでは掴んでいた。

 そして、その関連として警視庁に特殊な課が新設されたこともだ。


 ――確かその課の名前は……。


「警視庁特異第六課。外れ者アウター犯罪を取り締まるために創設された部署ですよ」


外れ者アウター……?」


「ええ、酷い名前でしょう? 祝福ギフトを得た選ばれた存在を「外れた者」「外側の者」等と……まあ、上位者という意味では確かに外れてはいるのでしょうがね」


 くっくっくっと何が面白いのか小刻みに震えるように笑い、道成寺はテーブルに置かれたビニール袋からビール缶を取り出した。

 先ほど外に出ていた帰りにコンビニにでも寄って買ってきたのだろう。

 一緒の袋の中にはつまみのピーナッツやジャーキーの姿もあった。


「話しぶりからすれば貴様もその選ばれた存在とやらか? 随分と安いな」


「へっへっへ、いやぁね。どうにも性分ってのは直ぐには変わらないというか。安酒は安酒でいいものですよ。うだつが上がらなかった頃を思い出せる」


 そんな軽口を叩きながら道成寺がプルタブを開けると、缶の中身の液体が飲み口から湧き上がり重力の影響など微塵も感じさせず浮かび上がった。

 そしてまるでのたうつ蛇のように宙を泳ぎ、


「んぐっ、んぐっ……ぷはぁっ」


「……たいした大道芸だ」


 道成寺の開けた口の中へと吸い込まれて行った。


 それは明らかに異様な光景だ。

 手も触れず、物体が宙に浮き動き回る。


 ――なるほどとしては申し分ない。いささか品は無いが……。


 とてもわかりやすい異常さだ。

 これほどの近距離であれば奇術の類ではないことぐらいは見抜ける。

 今までの常識からかけ離れた現象ではあるが、サイファーにとっては目の前の光景こそが全てだ。


 だからこそ、あっさりと超常という存在を受け入れ道成寺に続きを促した。


「それで……?」


「ぐっふっふっ、驚かせがいが無い……。まあ、話が早いのは面倒がなくて助かる」


祝福ギフトなる詳細は一先ず置いておくとして。超能力のようなものが存在するなら……なるほど、走行中の車内から助け出すなんてこともあり得るかもしれない。いや、そんなものでもない限り不可能か」


「そして、政府において外れ者アウターを保有戦力は特異第六課しか存在はしない。そうなると話は簡単だ」


「……余計な干渉は妨害できる、との話だったが?」


「あそこは色々と特殊でな。それにあいつらはあくまで外れ者アウター犯罪専門の部署だ。畑違いなのは間違いないし、名分が立たない以上は問題ないと踏んでいたんだが……どうやって察知したのかわからないが」


「なるほど……」


 外れ者アウター祝福ギフト……。

 そのどれもが知らない単語であり、興味がそそられないと言えばウソになる。

 だが、まず重要視するべきなのは、


「ふむ、つまるところ簡潔に現状説明するなら標的を守る側に超能力者が存在するということ」


「ええ、少なくともその六課の人間がねじ込まれているのは確かです。およそ二名」


「…………」


 その事実。

 サイファーはそれを考慮して脳内で計画を修正し組み上げていく。


 ――超能力。不確定要素ではあるが……。


 それでも存在を知っている状態とそれすら知らない状態では雲泥の差だ。

 そして、それがどれだけ常識に外れた力であっても使うのが人間であれば隙も出来るというもの。ならば、これまでサイファーがやってきたことと大きく変わるわけではない。


 虚を突き、隙を作り、手法を凝らして標的を殺す。

 つまりはいつものことだ。


「お手伝いしましょうか?」


「……なに?」


「いえ、なに……外れ者アウターには外れ者アウターを、祝福ギフトには祝福ギフトを。こちらとしても今回の事態は想定外、これでも私はそれなりに使える男でしてね。くっくっく……今後のことを考えて協力して事に当たるというのも」


「今後……ね。だが、結構だ」


「……ほう? しかし、よろしいのですか? 政府の犬とはいえ外れ者アウターの力は――」


「くどい」


 サイファーは最後まで言わせずにぴしゃりと切り捨てた。


「済まないが敵に不確定要素が居るにもかかわらず、更に不確定要素を抱えたくないのでね」


「……そうですか。それはお手並み拝見ということで」


 どこか憤然とした雰囲気で道成寺はそう言い捨てた。

 そして、チラリッと床の上で無残な姿を晒しているノートパソコンの残骸に目を向けると再度ヘラヘラとした笑みを張りつけ、


「まあ、その様子だと大変そうですがねぇ?」


 そう言った。

 下品で嫌味な男だと心底にサイファーは思った。


「別に構いはしない。どのみち、最初から本命は明日だ」


 強がりではない。

 事実として今までの行為はあくまで情報収集を主眼としたちょっかいでしかなかった。成功するに越したことはないがしなくても問題はない。予定外に何も得られなかったのは確かではあるが、最初の計画が失敗してから準備をしていた計画の方については順調そのものだ。


「五月五日。明日の式典に標的が出席することは決まっている」


「大型の国立スポーツ競技場の開幕式……でしたか。二年後のスポーツの祭典を視野に新設されたスタジアムとなれば色々と国としては絡んでいるのでしょうな。少なくとも理由もなくキャンセルというのはまず不可能」


「つまりは会場に現れるのは確実だ。予定がわかっているのやりようはいくらでもある」


 依頼人側の働きによるものか、相手側が動員できる人員も少ないともなれば更にだ。


 ――相手の中に超能力者が居たとしても……な。それにこんな男を信用できるものか。おおよそ、裏があるのには察しがついたが……。


 サイファーは改めて釘を刺すことにした。


「だから、余計な介入は控えて頂く」


「……ええ、わかりましたよ」


 言葉とは裏腹に不機嫌そうな道成寺に不安を抱きつつも明日のための最後の準備に取り掛かった。



 ――敵は超能力者。特異第六課か……。今後のことを考えると是非とも祝福ギフトとやらの確認もしておきたいものだ。






 同時刻。

 新都オリエンタルホテル、プラチナムエリアのスイートルームの一室。

 勝手に占拠していたとある人影は盛大なくしゃみをした。


「風邪ですか先輩?」


『否定。体調に問題はない』


「いや、精神的な疲れはあるんだけど。くそっ、何だよ……手を変え品を変えてちょっかいばかりいい加減にキレるぞ俺は! わりと寝不足だ!」


「と、とりあえず、明日が終われば一息はつけると思いますし……」


「GWをなんでこんなことで過ごしてるんだろうな」


「ホテルのスイートルームにお泊りは特別っぽいですよ!」


「やってること不法侵入だけどなー。しかし、さっきのくしゃみは……」


『推測。明日のイベントフラグ』


「やめろ。未来からやって来た美少女AIがそんなこと言うと洒落にならん」


「まあ、明日で終わりだーって明らかに何かが起こるフラグでは」


「だからやめろって。予知能力者がそんなこと言うと更に洒落にならん」


『反論。死んで蘇って変身ヒーローになったユーザーが殊更に気にすることこそフラグなのではと主張』


「確かに先輩って属性の塊ですよね。何ならシリウスと一心同体なので二乗くらいのフラグ成立率をしてそう……」


「いや、もう……フラグにならない行動と言動ってどうなんだよ」



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